17、ガッカリだな、貴族のことしか考えていないのか
ルードルフ様は、颯爽とした足取りでこちらに向かい、屈託なく笑います。
わたくしは立ち上がってご挨拶しました。
ルードルフ様の微笑みがさらに広がります。
「ああ、これは見事ですね。咲くのが待ち遠しい!」
いくつもの百合が、つぼみをつけて揺れています。わたくしの隣に並んだルードルフ様は、それらを見渡しました。
「なかなか伺えなくてすみません。何か不自由なことはありませんか?」
わたくしは手伝ってくれている方たちの顔を浮かべながら、答えます。
「いいえ、こちらは大丈夫ですわ。皆さんとてもよくしてくださってます」
ルードルフ様は、一瞬、目を丸くしました。
「どうされました?」
「いえ……そんな顔もされるのだと見惚れてました」
「え?」
わたくしは思わず横を向いてしまいました。
「嫌ですわ、どんな顔をしていたのでしょう?」
顔が赤くなるのを感じます。ルードルフ様が、慌てたように仰いました。
「あ、いえ、いつもの素敵なエルヴィラですよ。ただ、トゥルク王国でお見かけするときは、もっと硬い表情が多かった気がしましたので、その、さっきは、溌剌とした表情が新鮮でした」
「確かに……」
わたくしは再び、ルードルフ様と向き合いました。
「あの頃のわたくしは、表情も感情も動かさないようにしていたかもしれません」
それも、必要以上に。
そのことが余計にわたくしとアレキサンデル様の間の溝を深めていたことはわかっておりましたが、もう、それくらいしか、わたくしは自分を守る術を持てませんでした。
ルードルフ様は、短く言い切りました。
「馬鹿王め」
「バ……?」
耳を疑ったわたくしに、失礼、と言い添えます。
「あいつらを思い出すだけで、腹が立つので、つい。百合だけしか聞いていないということで、お許しください」
百合は変わらずに揺れております。
ルードルフ様は、明るい声を出しました。
「エリックと相談していたのですが、百合が咲いたらすぐにでも『乙女の百合祭り』を行いたいのですが、よろしいですか?」
「そんなことができるのですか?」
「『乙女の百合』と聖女様が
主役なんですよ? それに日程を合わせるのは当然です」
「……トゥルク王国では、神殿が一度決めたことを変更するのは大変でした」
聖女候補でないときからわたくしは、民のために祈りたいので神殿でそのような場を設けていただけないかとお願い申し上げていたのですが、何かにつけて、決まりだから、と聞いてはいただけませんでした。仕方がないので、ただの公爵令嬢として、各地の神殿に赴き、祈りを捧げていたのです。
ルードルフ様は、少し難しい顔になりました。
「権威主義というより、立ち入られたくないことでもありそうですね。そちらの国の神殿の内情を、一度調べてみたいものです」
立ち入られたくないこと?
わたくしが考えておりますと、ルードルフ様が言いにくそうに付け足します。
「それで、『乙女の百合祭り』が終わってから、その……そろそろ結婚式を行ってもよろしいでしょうか。準備はこちらですべて整えておきます」
「あ……はい。ありがとうございます」
結婚式。
わかっていたのに、改めてお聞きすると、なぜか緊張いたしました。
ルードルフ様も、心なしか早口で続けます。
「キエヌ公国にいらっしゃる、ルストロ公爵と公爵夫人も結婚式に参加してくださいます。おそらくリシャルド様も」
「お父様、お母様、お兄様も?!」
思わず、声が弾みました。
「皆さん、お元気そうです。エルヴィラに会えるのを楽しみにしていました」
「ありがとうございます、ルードルフ様」
「お礼を言われるようなことはしてませんよ」
そんなことはないでしょう。わたくしは、微笑みました。
「ああ、そうだ」
思い出したように、ルードルフ様は付け足しました。
「これはお伝えしようかどうしようか、迷ったのですが」
「なんですの?」
「ナタリア様が聖女として、民にお披露目をしたそうです。結婚式ももうすぐだそうで」
予想していたので、わたしは驚きませんでしたが。
「思ったより遅いのですね」
わたくしを追い出したときの勢いから、すぐにでも結婚されると思ってましたので、少しだけ意外でした。
「どうも自然災害が多くて止まってたみたいです」
「自然災害?」
わたくしは、思わずルードルフ様に近付きました。
「詳しく教えていただけませんか?」
一方。
ナタリアのお披露目が終わったトゥルク王国は、その話題で持ちきりだった。
「見た?」
「ああ、見たよ」
「いいなあ。私はチラッとしか見えなかったわ。でもドレス、綺麗だった。燃えるような赤ってあんな色のことね」
「宝石も凄かったよ。あんなに遠かったのに、ネックレスはバッチリ見えた。実物はどれほど大きいんだろうね。高いだろうな」
女も、男も、顔を合わせれてばその話だ。
しかし、不満を持つものも多かった。
「見たか?」
「見えねーよ、お前は?」
「俺も」
「なんだって、聖女様はあんなに遠くでお披露目したんだ?」
聖女に限らず、民に何かをお披露目をする場合、宮殿のバルコニーでしっかりと顔を見せてから、広場や、王都の中をきらびやかな馬車で移動し、神殿、または宮殿に戻る、というコースが今までだった。
なのに今回は、宮殿の外れの塔の上から、聖女ナタリアが手を振るだけだった。
「神殿がこういうことを変更するのは珍しいよな」
「以前の聖女様は、ちゃんと顔を見せてくれたそうだぜ。百合の花粉まで見たって、ばあちゃんが言っていたって」
「貴族たちには神殿でしっかりお披露目したんだろ?」
「ガッカリだな、貴族のことしか考えてないのか」
「エルヴィラ様なら、そんなことなかったのに。なんでエルヴィラ様が聖女じゃなかったんだろう」
「だって、あれだろ? 偽物を用意したんだろ? エルヴィラ様が」
「信じられないな」
そこに、一人の男が会話に入った。
「誰か『乙女の百合』をちゃんと見たものはいるか?」
ユゼフだった。話しかけられた男たちは、思い出すように首をひねる。
「手に持っていたあれがそうなんだろうけど、何しろ遠かったからなあ」
「だけど、太陽の光を浴びて、花弁がキラキラしていたのはわかった。やっぱり、普通の百合じゃなかったな」
「近くで見たものはいないんだな」
「いないんじゃないか」
そうか、とユゼフは考え込んだ。
そして。
「もう一つ、聞いていいかい? 王都で腕のいい細工職人と言えば誰だろう? 仕事を頼みたいんだが」
「どんな細工だい?」
「繊細な細工だ。宝飾職人やガラス職人、細工師なんかで腕のいい奴はいないかい?」
男たちは顔を見合わせていたが、やがて一人が言った。
「それならノヴィの店のアドリアン爺さんだな。王都の外れにあるよ」
「ありがとう」
ユゼフは礼を言って、ノヴィの店に向かった。
そして、その頃、ゾマー帝国で。
「エルヴィラ様! エルヴィラ様! 早くこちらへ!」
「おめでとうございます!!」
エルヴィラの育てた『乙女の百合』のつぼみが、初めて開いた。
庭師のベンヤミンが叫ぶ。
「輝くような白い花弁に、青い花粉! 紛れもない『乙女の百合』です!」
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