15、陛下が才覚を発揮したからでしょう?

枯れた百合は、王族だけが知っている隠し部屋のひとつに入れられた。 

ナタリアの使っている部屋と、その隣の部屋の壁の中に、外からはわからない部屋があるのだ。


アレキサンデルは、ナタリアに言った。


「メイドたちには、百合はしかるべきところに移動させた、とでも言っておこう。詳しく説明する必要はない」


ナタリアは頷いた。





そしてその夜、ヤツェクはアレキサンデルに呼ばれた。

呼び出された場所がナタリアの部屋である時点で、ヤツェクの気持ちは暗かった。


「陛下、お呼びでしょうか」


ソファーに座ったアレキサンデルは、ナタリアの肩に手を回し、葡萄酒を飲んでいた。

だらしない体勢のまま、ヤツェクに言う。


「ヤツェク、お前、言っていたな? 王都の外れの宝飾屋に、腕のいい職人がいると」

「はい」


きょとんとして、ヤツェクは答える。


「ノヴィの店のアドリアン爺さんのことですね。変わり者だが、腕は王都一だとの噂です」


ヤツェクは自分の家に出入りする宝石商からそれを聞いたのだ。


「家族はいるのか?」


アレキサンデルは、酔いで目の縁を赤くしながら、続けた。


「爺さんですか? さあ、変わり者だとのことなので、いないのではないでしょうか」

「酒は飲むか?」

「申し訳ありません。そこまでは」


アレキサンデルは、さらりと言った。


「酒を飲むなら、酔わせて、うまい話があると言って連れてこい。こちらの身分は知らせずにだ」


ヤツェクは、嫌な汗をかいた。

職人を呼ぶのに、なぜ、酒に酔わせなければならない?

まさか。

必死で言葉を探した。


「ア、アドリアン爺さんは気分が乗らなければ仕事をしないとのことです。こちらの身分を言わなければ、断るかもしれません」


アレキサンデルの表情は変わらなかった。


「だったら家族を脅してでも、連れてこい。家族がいなければ本人を痛め付けろ。作業に差し支えない程度でな」

「陛下……」


ヤツェクは、握る手に力を込めて聞いた。


「何を、なさるおつもりですか?」


アレキサンデルは、グラスをぐい、と傾けた。

代わりにナタリアが口を開いた。


「ヤツェク……お願い」


ナタリアはポロポロと大粒の涙をこぼし、ヤツェクを見上げる。


「あなたしか頼れる人はいないの」


ナタリアの美貌が、今日はなんだか突き刺すように見えた。


「ですが、そんな、まさか」


恐れるヤツェクに、アレキサンデルは、ボソッと言った。


「そろそろ、お前を宰相にしよう」


ヤツェクは目を見開いた。


ヤツェクが存在感を発揮してきたとはいえ、この国の宰相は、前国王陛下のときのまま、我が父だ。

それを突然、自分に?


アレキサンデルは、淡々と告げる。


「お前の父親には退いてもらう。年齢からすると大抜擢だか、お前ならいけるだろう」


ヤツェクは震える声で答えた。


「あ、ありがとうございます……」


胸の奥の底に、暗い喜びが沸き上がるのを感じた。

怒鳴ってばかりの父を、ついに追い越せるのだ。


アレキサンデルは、付け足した。


「しかし、それもナタリアと私が結婚してからの話になる。そのためには、どうしてもその男を極秘で連れてこなくてはならない」


ヤツェクは、さっ、と膝を折った。

宝飾職人がなぜ王の結婚に関係するのか、そんなことは踏み込まなくていい。


「お任せください。すぐにでもアドリアンの奴を連れてきましょう」


自分は、なすべきことをすればいい。


「頼りにしてるぞ」


アレキサンデルがグラスを揺らした。









一方。

ゾマー帝国の宮殿では、予定を早めて視察から戻った皇帝を、皇后がいたわっていた。


「ご無事で何よりです」


皇帝は、満足そうに頷いた。

二人きりであることを確認してから、皇帝は、皇后に言った。


「なぜ視察がこんなに早く終わったと思う?」


干ばつがひどい南の地方に視察に行った皇帝は、本来ならまだまだ帰るはずではなかった。

それが早まったと言うことは。


皇后は、微笑んだ。


「陛下が才覚を発揮したからでしょう?」


皇帝は、自慢の顎髭をさわりながら笑った。


「それが、私はなにもしてないんだ」


皇后が、意外そうな顔をした。


「と言いますと?」

「そのままだよ。なにもしてないのに、干ばつが解消した」

「そんなことがありますか?」


皇帝は窓の外に目を向けた。


「それがあるんだ」


気持ちのいい青空が広がっている。


「私が到着した途端、干からびた湖に水が戻り、新しい泉が出来たんだ」


皇后は驚いた顔をした。皇帝は、おもしろそうにその顔を覗き込んだ。


「民は泣いてお礼を言っていたが、さて、これは私の手腕なのだろうか?」

「陛下、それはもしかして……」


皇后がなにか言う前に、皇帝は頷いた。


「天が歓迎してるのだろう、我が帝国に来てくださった聖女様を」


青空は、どこまでも広がっていた。



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