13、動きやすいように、余計な飾りがないものがいいですね

「またいつでもいらしてくださいね」

「ぜひ、伺わせてください」


修道院を後にしたわたくしたちは、エリック様に分けていただいた『乙女の百合』の球根を、すぐに離宮の温室に運びました。


「エルヴィラ様、土と鉢はご用意しております」


庭師のベンヤミンがそう言います。


「ありがとうございます」

「そのほかに必要なものはございますか?」


わたくしの侍女として付いていてくださる、クラッセン伯爵夫人も聞いてくださいます。


「そうですね、それでは」


わたくしは遠慮なく申し上げます。


「汚れてもいい服を何着かお願いできますか?」

「汚れてもいい服、ですか?」

「はい。動きやすいように、余計な飾りがないものがいいですね」

「ぐっ……なるほど」


隣で聞いていたルードルフ様が、声に笑いを含ませました。


「頼むぞ?」


クラッセン伯爵夫人は、お辞儀をしました。


「かしこまりました。後でエルマに持ってこさせます」

「ああ」

「ルードルフ様」


わたくしはルードルフ様に感謝の気持ちを込めて申し上げました。


「本当にいろいろとありがとうございます」

「いや……」

「何かあれば報告いたしますので、ルードルフ様はどうぞお仕事にお戻りください」

「え」

「わたくしのために随分お時間を取らせてしまいました。申し訳ございません」

「いや、そんな謝ることは」


ルードルフ様は、しかしまだ、でももう少し、などと呟いておりましたが、諦めたようにご自分の南宮にお戻りになりました。


「しばらくは温室にこもりきりになると思います」


やる気がみなぎるのを感じながら、わたくしはそう告げました。


「なんなりとお申し付けください」


クラッセン伯爵夫人が微笑みます。他の方たちも頷いてくれました。

けれど。




「エ、エルヴィラ様! エルヴィラ様! どうぞご容赦ください! わたくしは虫だけは苦手でして!」

「虫ではなくミミズですが、無理することはありませんよ」


その後の温室では、皆の叫び声が響くことになりました。


「下がってなさい。エルマは?」

「申し訳ありません!! エルマも虫はダメなんです!」

「わかりました。下がりなさい」


結局、わたくしと、庭師のベンヤミンで植え付けを行いました。

トゥルク王国のときも、同じような状況でしたから、慣れております。





「エルヴィラ様は怖くないのですか?」


余程意外だったのでしょうか。

植え付けが終わり、湯あみを手伝ってもらっているときに、エルマがそう聞いてきました。

薔薇の花弁が浮いたお湯を揺らしながら、わたくしは答えます。


「全くです。ミミズも役割があって生きていると思うと、むしろ一生懸命に見えてくるくらいです」

「さすがですね……」


素直に感心するエルマが、とても可愛らしく思えました。


「エルマこそ大丈夫ですか? 本当に無理はしなくていいのですよ」


そう言うと、


「もちろんです! 当たり前です! すみません! エルマ明日も頑張ります!」


大声が返ってきました。


「エルマ、もう少し、静かな声で」


クラッセン伯爵夫人がたしなめます。




翌日も、わたくしは百合の世話をしました。

エルマもクラッセン伯爵夫人も、びくびくしながらも、土に触れろうとしますが、


「ドレスが汚れますし、下がっていていいのですよ」


わたくしはそう声をかけます。わたくしは昨日用意してくださった、なにも飾りもない、お仕着せのような服を着ています。


「とても動きやすいですわ、エルマ、ありがとう」

「いいえ!! 何を着ても美しいです!!」

「エルマ、静かな声で」


クラッセン伯爵夫人が言います。


「さて」


一通り植え付けが終わると、わたくしはクリストフに言いました。


「わたくしは今日から、ほとんどの時間、ここで過ごします。わたくしと百合の安全をお願いできますか?」

「もちろんです。ご安心ください」


侍女たちにも言います。


「わたくしがここにいることを悟られずに、離宮で過ごしてくたさい。あなたたちにしかお願いできません」

「かしこまりました」


トゥルク王国のときも、いろんな貴族が邪魔をしようとしました。

どれほど用心しても安心はできません。


「ありがとうございます。皆のおかげでわたくしは百合を育てることに専念できます」


感謝の気持ちを込めて、わたくしはそう申し上げました。




「ベンヤミン、もう少し、通気性のいい土をこの鉢にお願いできますか?」

「はい」


そこから、温室に入り浸りになりました。

百合の声が聞こえるようになるまで、百合に寄り添うのです。

百合の声と言っても、直接聞こえるわけではありません。

植物の声なき声に耳を傾けて、球根、一つ一つ、欲するものを与えるといったほうが、わかりやすいでしょうか。


「ああ、こちらは、もう少し栄養が必要ですね」


少しでも、意識を離すと欲するものはわからなくなります。集中力と根気が必要なのです。

ですが、


「エルヴィラ様、芽が出てきました!」


反応があれば、やはり嬉しいものです。

美しい緑の芽が土から出ました。


「聖女様、ありがとうございます」


わたくしは、この国にいらっしゃる恥ずかしがり屋の聖女様に向かって、お礼を申し上げました。





そこからは順調でした。

気のせいか、トゥルク王国よりもこちらの百合の方が成長がはやく、一つ、また一つ、とつぼみをつけていきました。


「おめでとうございます!」


エルマたちがわたくしにそう言ってくれます。


「まだ喜ぶのは早いでしょう」

「いいえ、ここまでくればあとは咲くだけですよ」

「だとしたら、みんなのおかげですね。ありがとう」

「そのお礼こそ、まだ早いですよ」


わたくしたちは、微笑みあって、和やかな時間を過ごしました。







「そうか、つぼみが」


書類から顔を上げて、ルードルフはそう言った。

腹心の部下である、フリッツ・ギーセンの報告は続く。


「クリストフからですが」


ルードルフは眉だけ上げて先を促す。


「温室を破ろうとした賊を2名、それを命令した小悪党を3名捕まえたとのことです。現在、背後を調べています」

「よくやった、と伝えてくれ」

「はい」

「どうせ、自分の家から皇太子妃を出したいと思っている貴族のどれかだろう」

「おそらく」


それくらいは想定内だった。

どこからか、エルヴィラの存在を嗅ぎつけて邪魔をしようとしているのだ。


「警戒を怠るな。絶対にエルヴィラに危害が加わることのないようにしろ」

「はっ」


ルードルフはフリッツにそう命じた。








それと同時刻、別の場所で。






トゥルク王国で、悲鳴が上がった。


「た、大変です! 陛下! 大変です!」


ヤツェクの声に、アレキサンデルが顔をしかませる。ただでさえ忙しいのに、新聖女お披露目の儀の準備が加わって不機嫌なのだ。


「今度はなんだ……山崩れか? 川の氾濫か? 家畜の暴走か?」

「そのどれよりも大変です」

「なんだと?」


ヤツェクは息を整えて、ようやく言った。


「ナタリア様がお世話していた『乙女の百合』が枯れました!」





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