12、まあ、そんな王だから、偽者を立てたりするんでしょうね

皇后様とお茶会をした次の日、ルードルフ様はわたくしに、まだ若い神官様を紹介してくださいました。


「初めまして、エリック・アッヘンバッハと申します」

「エルヴィラ・ヴォダ・ルストロと申します」


以前、ルードルフ様が信頼できると仰っていた方です。

お二人とも、同じ学校で学ばれたのだとか。


エリック様は、赤毛に、濃い茶色の瞳で、とても人懐こい印象を受けました。わたくしはそれが少し意外でした。

トゥルク王国の神官様は、どなたも皆、人を寄せ付けない厳しい方ばかりだったので。


「よかったら、後で修道院の中も案内しますよ」

「ありがとうございます」


エリック様は、にこにことそう仰ってくださいます。


「エリックは、まだ若いのに、次の大神官との噂があるんだ」

「まあ、そんな優秀な方にお会いできるなんて」

「否定はしないが、まだ確定ではないよ、でも私以外は無理でしょうね」

「肯定してるじゃないか」


仲が良いことがわかるお二人の空気に、わたくしも緊張を解きました。

そこで、あらためてお礼を申し上げます。


「この度は、無理なお願いを聞いてくださって、ありがとうございます」

「全然無理じゃないですよ。『乙女の百合』の球根ですよね。外にあります。こちらへどうぞ」


案内してくださったのは、風通しのいい倉庫でした。倉庫の向こうには、広々とした畑や、畜舎らしきものも見えます。


「もしかして、これ、全部そうですの?」


中に入ると、『乙女の百合』の球根が、等間隔に綺麗に並べられていました。

エリック様は、そのひとつを手に取ります。


「来月の『乙女の百合祭り』のためにちょうど準備してたんですよ」


エリック様は、うっとりと球根を見つめます。


「ご存知の通り、我がゾマー帝国では、聖女は現れません。この球根も、黄色い花弁をつけるだけです。それでも『乙女の百合祭り』では、この百合が主役なんです。神殿に、これでもか、というくらい飾ります」


振り返って、わたくしを見ると、嬉しくてたまらないというように仰いました。


「今年は本当の『乙女の百合』の花が見られるんだなあ。すごいなあ。盛り上がってきましたね!」

「まだ何も盛り上がっていないし、エルヴィラに近付くな」

「いえ、あの、大丈夫です」


『乙女の百合祭り』は、その名の通り、聖女を祝う、ゾマー帝国のお祭りです。


「確か、こちらでは、子供たちが白い服を着て、紙で作った百合を持って行列するのだとか」

「さすが! よくご存知で!」

「知識だけなのですが」

「それはもったいない! ぜひ一緒に楽しみましょう」


エリック様がさらに前のめりになりました。ルードルフ様が顔をしかめます。


「その日は音楽隊もでますし、屋台も並びますし、みんな一日大騒ぎです」


球根を、そっと元の位置に戻し、頷きます。


「ゾマー帝国の聖女様は恥ずかしがりやなので、姿を表さないけれど、いつも見守ってくださるのです。でも、この日だけは、聖女様も地上に降りて、こっそりお祭りに混ざっているのです」


わたくしも思わず微笑みました。


「みんなが聖女様の格好をしてるから、わからないのですね」

「そうです! 次の日に、もしかしてあの方がそうだったんじゃないか、いやいや、あれは違う、などと話すのが、楽しいんですよ」

「素敵ですわ。ゾマー帝国の皆様の心の中には、確かに聖女様がいらっしゃるのですね……」


わたくしは、正直、羨ましく思いました。ですが、顔には出さないようにします。この辺りは、王妃教育の賜物ですね。


ルードルフ様が不思議そうに仰いました。


「トゥルク王国では、『乙女の百合祭り』のようなものはありませんよね。あっても良さそうなのに、不思議だな」


エリック様が、仕方ないなあ、とルードルフ様に仰いました。


「神学の講義をよくサボるから、そんなことを言うんだ。何回でも説明してやるから、よく聞け」

「いや、お前よりエルヴィラから聞きたい」

「その昔……地上は、どこもかしこも荒れた土地しかなかった」

「話すんだな」

「民が必死で祈りを捧げ、哀れんだ天が地を豊かにした」

「そこまでは知ってる」

「ところが長い時間が過ぎると、人々は祈りを忘れてしまった」

「それも知ってる」

「怒った天は、もう一度地を荒れさせた。人々は泣いて謝って祈ったが許してもらえなかった」

「だが、最終的には、許してくれたんだよな?」

「先を言うな。ただひとり、清らかな乙女が20日間飲まず食わずで祈ったら、天はその命と引き換えに地を豊かにした」

「その乙女が聖女だ!」

「そうだ。さらに天は、乙女の魂を慰めるために、白い花弁と青い花粉の花を咲かせる百合を与えた」

「それが乙女の百合」

「先を言うなってば。百合は球根で増えたが、その後、誰が育てても、白い花弁と青い花粉は付けなかった。ここまでは、ゾマー帝国もトゥルク王国も共通した神話だ」

「ここで分岐したのか」

「そうだ。なぜなら、トゥルク王国では、ごくたまにとはいえ、『乙女の百合』が咲き、ゾマー帝国では咲かなかった。その違いだ」

「ですが、百合が咲かなくても、ゾマー帝国の皆様は、聖女様への信仰を持ち続けましたわ。わたくし、それが大変素晴らしいと思います」


思わず口を挟んでしまったわたくしに、エリック様が満面の笑みを見せます。


「そうです! 姿を見せなくても、いつでも見守ってくれている。民はそう信じています」


一方で、とエリック様は続けます。


「トゥルク王国では、そう簡単に聖女信仰が根づいたわけではなかった」

「どうしてだ? 『乙女の百合』が咲くのに」

「毎年咲くわけじゃないんだ」


はい、とわたくしは頷きます。


「白い花弁と青い花粉の百合は、60年に一度咲くかどうかと言われています」

「それで、トゥルク王国では毎年、18歳になった女性から聖女候補者を募って、百合を育てさせた」

「それが『聖女の儀』か。ちゃんと知らずに出席していたよ、恥ずかしい」

「外国の方は、あまり参加することありませんもの」


エリック様が頷きます。


「私も参加したかったですよ。生身の聖女様が顕現されるトゥルク王国は、本当に特別なのですよ。自らその栄光を手放すなんて、馬鹿な奴らです」


わたくしは呟きました。


「家のために、偽物を用意する娘たちも多く出たと聞いております。それもあって、アレキサンデル様は、すべてをただの伝説だと思ってらっしゃるのでしょう」


人々が祈りを忘れると天が怒ると聞いて、わたくしは小さい頃からずっと祈ってきました。

ですが、アレキサンデル様は、そんなことをしなくても、トゥルク王国は栄えているんだから無駄だ、とよく仰っていました。


民の中にはまだ素朴な聖女信仰が生きていたのが、救いでした。お父様にお願いして、地方の聖堂でお祈りさせてもらったときは、そんな信心深い皆様とつかの間の交流を楽しんだものです。


エリック様が、やれやれというように首を振りました。


「まあ、そんな王だから、平気で偽者を立てたりするんでしょうね。恐ろしい。『乙女の百合』まで咲かせた本物の聖女をないがしろにして、天がどう出るか、見ものです」


ルードルフ様も呟きます。


「神殿も、問題だな。目に見えてご利益のある存在が現れると、自分たちの権威が失われると思ったんだろう。どんな後ろ暗いことをしているんだか」


ルードルフ様は、どこか冷たさを含んだ笑みを浮かべました。


「その辺りのことは、私に全てお任せください。あなたの名誉を傷つけたこと、死ぬほど後悔させてやります」


な、何をされるつもりなんでしょう?

わたくしが止めようか迷っていますと、


「でもさ」


エリック様がのんびりと仰いました。


「話を聞く分には、そいつらが馬鹿だったから、ルードルフが婚約できたんだろ? よかったんじゃない?」

「その通りかもしれないが、エルヴィラを傷つけたやつを許すわけにはいかない」


わたくしは大丈夫です、と言おうとしましたら、ルードルフ様は突然わたくしの手を握りました。


「今回のことがなくても、エルヴィラが幸せでないと聞いたら、私はきっと飛んでいってお役に立とうとしたでしょう。ですから、いつでも頼りにしてください」

「ル……!」


いきなりそんなことを仰るものですから、わたくしは真っ赤になってしまいました。


「俗っぽい話はやめてよ」


エリック様が面白くなさそうに呟きます。






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