11、だいたいなんだって、あんなことが起こるんです?
港に出向いたアレキサンデルは、目を疑った。
昨日までは、誇らしげに並んでいたはずの船が、見るも無残な姿で、あちこちに浮いている。
あたりは混乱した人々で、いっぱいだ。
倉庫は、慌てて引き上げた荷で溢れていた。
「王様だ!」
「陛下がいらっしゃったぞ!」
人々はアレキサンデルを見つけて、駆け寄ってきた。口々に、窮状を訴える。
「陛下、どうぞ助けてください!」
「これではなんも出来ません」
「わしらにとって、なにより大事なのは船なんです」
揺れてから沈むまでの間に時間がかかったので、死者は出なかった。
しかし、船がなくては明日の生活に困る者たちばかりだ。
助けてください、なんとかしてくれ、とどんどんアレキサンデルに詰め寄っていく。
「貴様ら、気軽に陛下に近寄るな!」
さっと前に出たのは、騎士隊長の息子、ユリウス・マエンバーだ。
部下たちに目で合図して、アレキサンデルと人々との間に距離を作った。
だが、人々も引かない。
「近づかなきゃ話を聞いてもらえないでしょう?!」
「こっちは本当に困っているんだ!」
「だいたいなんだって、あんなことが起こるんです?」
おそれながら、と立場のありそうな、がっしりした体格の商人が出てきて言った。
「ユゼフと申します。このあたりを仕切らせていただいています」
港に卸した商品の流通を管理するギルドの長だった。まわりが静になり、アレキサンデルも話を聞かざるをえなくなった。
「このところ、北の地方や南の地方でも、災害が起きていると聞いています。もしかして、聖女様に何かあったのでしょうか?」
「貴様、聖女様を侮辱しているのか?!」
ナタリアが聖女だと信じているユリウスは、それを疑うようなユゼフの言葉を許せなかった。
「めっそうもございません、お許しを。ですが、昨日のあれは異常でした。そこに何かの意思を感じずにはいられないのです」
ユゼフは、ユリウスではなく、アレキサンデルに向かって言った。
「聖女様が守ってくれているからこそ、我が国は平穏でした。それ破られた今、聖女様になにかあったのかと思うのは当然かと」
周りは、大きい声でざわめき出した。
「それもそうだ」
「聖女様の加護が切れたのか」
「まさか。そんなことあるわけ」
「だが確かに、風がないのに、船が動き出した……俺はこの目で見たんだ」
俺も見た、俺も、という目撃者の証言が次々に上がる。
ユゼフは続けた。
「聞けば、聖女様は、有力候補だったエルヴィラ様ではなかったとのこと。そのことになにか関係あるのでしょうか」
「うるさい! 黙れ」
「陛下、どうぞお言葉を!」
そう言われても、正直、なぜこんなことが起こるのか、アレキサンデルにもわからなかった。
わざわざ視察に来たのも、この損害がどれほど国庫に影響を及ぼすか確かめておきたかっただけだった。
まあいい、とアレキサンデルは思う。
聖女の加護とやらが、おとぎ話でなかったのかは、後で神殿と相談すればいい。
今は、人々の気持ちを目の前の不安からそらすが大事だ。
「皆の不安はもっともだ」
エルヴィラが本物の聖女だったとしたならなおさら、とアレキサンデルは思う。
——悪いのは、逃げ出したエルヴィラだ。
そう思うアレキサンデルは、なんのためらいもなく人々に告げた。
「その男が言う通り、もっとも聖女に近いと言われているエルヴィラ公爵令嬢は、聖女ではなかった」
周りがどよめいた。
知っていた者も知らなかった者も、王が言うことには重みがあった。
「一連の災害は、エルヴィラ公爵令嬢が偽聖女を名乗ったことに対する天の怒りなのであろう」
人々は騒ぎだした。
「なんてことだ! 嘘つき令嬢め!」
「聖女を騙るとは恥知らずな」
人々の不安がエルヴィラに向かったことに気をよくしたアレキサンデルは、慈愛に満ちた表情で告げた。
「安心しろ。すでに、新聖女様がいらっしゃる。天に許しを請う意味でも、新聖女お披露目の儀を早急に執り行おう」
「新聖女様! よかった」
「新聖女様、万歳!」
「いつですか?」
最後まで、疑うように聞いてきたのは、ユゼフだった。
「近々だ」
そう言って立ち去るアレキサンデルを、人々はほっとした顔で見送った。
ユゼフ以外。
人々の話題は、新聖女の御披露目のことでもちきりになった。
これで、大丈夫。
これで、安心だ。
そういうふうに。
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