10、偽聖女の汚名を着せられた公爵令嬢など、どんな娘かと思うでしょう
ルードルフ様がわたくしに用意してくださったのは、とても美しい離宮でした。
何もかも揃っており、侍女やメイドまで付けてくれています。
「まずは体を休めてください」
ルードルフ様の気遣いを嬉しく思いながらも、わたくしはルードルフ様にお願いしたいことがありました。
「ルードルフ様」
「なんですか?」
「皇帝陛下と皇后陛下に、謁見をお願いしたいのですが」
ルードルフ様は意外そうに仰いました。
「もっと落ち着いてからでもいいんですよ」
いいえ、とわたくしは首を振ります。
「婚約破棄されて、偽聖女の汚名を着せられた公爵令嬢など、どんな娘かと思うでしょう。こちらからご挨拶に伺いたいのです」
ルードルフ様は、しばらく何か考えていましたが、やがて頷いてくださいました。
そうして、数日後。
まずは皇后陛下の宮殿で、ルードルフ様とわたくしの三人でお茶をいただくことになりました。
皇帝陛下は、南部に視察中でした。
挨拶いたしますと、意外なことに、皇后陛下は親しげに話しかけてくださりました。
「ルストロ公爵様には、何度かお会いしておりますの。どうぞ気楽になさって」
「恐れ入ります」
皇后様は、威厳を持ちつつも、華やかなお方で、ルードルフ様に目元がよく似ております。
「ですから、基本的に反対はしないのだけど」
「父上と母上が何を言っても、私はエルヴィラと結婚しますよ」
「ルードルフ様」
わたくしは思わず口を挟みましたが、ルードルフ様は、熱く続けます。
「あのどうしようもないアレキサンデル王子と婚約しているときから、慕っていたのです。正直、神が私に与えてくださったチャンスだと思いました」
驚いたことに皇后様も、頷きました。
「ああ、まあ、ねえ。私も陛下も、一度はエルヴィラさんを候補にあげていたくらいだものね」
初耳でした。
「そうなのですか?」
皇后様は見事な茶器を手に、そうなのよ、と仰います。
「そしたら、あの王子と婚約してしまって。すごく残念だったのを覚えてるわ」
ルードルフ様もため息をつきます。
「ええ、私も覚えています。あのときは残念でした」
「ルードルフがそれ以来、やれ、留学したいから、外遊したいから、婚約はあとで、と先伸ばししていたのはそういうことだったのね」
皇后様は、ふふふ、と笑いました。
「まあ、帝国内の貴族たちが、それぞれ牽制しあって、どこを選んでもバランスを崩すから、私たちも先伸ばしにしていたのだけど」
「どちらかというと、その牽制を、うまく利用してたでしょう。」
「なんのことかしら」
皇后様はほがらかに仰ってから、じっと、茶器の中を見つめました。
「そうか、トゥルク王国のルストロ公爵様のね……どうしようかな」
何か考えているご様子でしたが、わたくしが先に申し上げました。
「あの、皇后様、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「ルードルフ様のお気持ちは大変ありがたいのですが、やはり、このままのわたくしを皆様に受け入れていただくのは難しいと思います」
皇后様が、あら、と言うように眉を上げました。
「そのままのエルヴィラでいいに決まっている。なんの瑕疵もない」
ルードルフ様の言葉を、皇后様は無視します。
「何か考えがあるのかしら?」
「この国に、『乙女の百合』の球根はございますか?」
わたくしの問いに、お二人が顔を見合わせます。
「もしあれば、わたくし、もう一度『乙女の百合』を育てたく存じます。わたくしが本当に聖女なら、再び、輝くような白い花弁と青い花粉の百合が咲くのではないでしょうか」
「わざわざそんなことをしなくても、エルヴィラは聖女だ」
いいえ、とわたくしはルードルフ様を見つめました。
「国民の信頼を勝ち取るには、必要なことだと思います」
なにより、ルードルフ様のためなのです、とわたくしは胸のうちで言い添えました。
わたくしを選んでくださったルードルフ様のお気持ちに報いるためにも、やり遂げたい。
「悪くないわね」
皇后様が呟きました。
「母上?」
皇后様は、わたくしに仰います。
「咲かなかったら、どうするの?」
わたくしは完璧な微笑みを浮かべて、お答えしました。
「そのときは、偽聖女が皇太子を騙そうとしたと、処罰してくださいませ」
「エルヴィラ!」
皇后様は、頷きました。
「わかったわ。じゃあ、それでいきましょう。神殿には伝えておくから」
「ありがとうございます!」
「そんなことをしなくても、君は聖女じゃないか」
「そうだわ」
皇后様が、楽しそうに仰いました。
「せっかくだから、期限を決めましょう。その方がエルヴィラさんもやる気が出るでしょう」
「母上! 余計なことを」
わたくしはすぐに応じました。
「承知いたしました。いつまででしょうか?」
「来月に、『乙女の百合祭り』があるじゃない? そのお祭りで、国民にお披露目したいわ。『乙女の百合祭り』までに咲かせてちょうだい」
かしこまりました、とわたくしは申し上げました。
「陛下、大変です!」
トゥルク王国の執務室に、今日もヤツェクが駆け込んできた。
このところ、毎日こうだ。
アレキサンデルは、うんざりしながら聞く。
「ヤツェク、今日はどうした」
『聖なる頂き』が崩れて以来、国のあちこちで自然災害が起こるようになってきた。
川の氾濫、湖の枯渇。
正直、もうなにも聞きたくなかったが、そういわけにもいかない。
ヤツェクは真っ青な顔で言った。
「港で船が沈みました。大損害です!」
これにはアレキサンデルも驚いた。
思わず立ち上がって、叫ぶ。
「船が?! どうしてだ? 嵐でもないのに!」
「わかりません。見ていたものの話によると、船同士、勝手に動き出して、ぶつかり合って沈んだそうです。民が各自、救出に当たっておりますが、騎士団を派遣の許可を!」
「……どれくらい沈んだんだ?」
一隻でも被害は大きい。
できれば少なくあってくれと思ったアレキサンデルに、ヤツェクは悲痛な叫びで返した。
「全部です!!」
「全部?!」
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