7、ふつつかものですが、よろしくお願いします
わたくしが何も言えずにおりましたら、お母様が先にルードルフ様に伺います。
「ルードルフ様。ご無礼を承知でお聞きしますが、お許しください。その求婚は、婚約破棄されたエルヴィラに対する同情でしょうか? それともこの国の脅威となりうるエルヴィラを手中に納めたいという、政治的野心?」
「どちらでもありません」
ルードルフ様は立ち上がって、キッパリと仰いました。
「わたくしは、本当にずっと昔から、エルヴィラ様に惹かれていたのです」
そして、ほんの少し、悲しそうに目を細めます。
「ですが、出会ったとき、あなたはすでに婚約されていた」
ルードルフ様がわたくしを?
まさか、そんな。
頭の中が整理できず、わたくしはずっと驚いた顔のままでした。
ルードルフ様は、そんなわたくしの顔を覗き込みます。
わたくしは、自分の顔が赤くなるのを止められませんでした。
「それでも、いろんなあなたを見てきたつもりです」
どのようなときに、と聞きたくても、ルードルフ様が近すぎて、口も開けません。
お父様が咳払いをして、ようやくルードルフ様は離れてくれました。
けれど、視線はわたくしをとらえています。
「聖女になるために努力しているエルヴィラ様、王妃教育を懸命にこなすエルヴィラ様。あなたは、いつも精一杯で、前向きだった。そんなあなたの隣を歩むのが私ならと思ったことは、一度や二度ではありません」
お父様が、低い声で仰いました。
「本気なのですね?」
「はい」
お母様とお父様が、目で語り合ったのがわかります。
二人とも立ち上がって、ルードルフ様に頭を下げました。
「ルードルフ様、娘をよろしくお願いします」
「お父様、お母様!」
思わず席を立ったものの、どうしていいかわかりません。
ルードルフ様は、微笑みを浮かべております。
「安心してください、エルヴィラ様。あなたの気持ちが固まるまで、あなたには指一本、触れないことをお約束します」
「え?」
それはどういうことでしょう。
お父様もお母様も、意外そうです。
「あなたは今日、長い間婚約していた相手とお別れしたばかりではないですか。本当なら、もう少し時間をかけて、私の気持ちをわかってもらいたいところでした。ただ、今は悠長なことを言ってられない」
わたくしはゆっくり呟きました。
「わたくしの身に、危険が迫っているのですよね……」
認めたくありませんが、おそらくそうでしょう。
ルードルフ様も力強く、同意します。
「間違いなく、このままではあなたは命を狙われる。私の妻としてゾマー帝国に来てくだされば、修道院以上の安全を保証できます」
だから、とルードルフ様はまっすぐわたくしを見て、仰いました。
「あなたの気持ちが私に傾くまで、あなたには、触れないことをお約束します」
ルードルフ様のその真摯な態度に、わたくしは少なからず胸を打たれました。
お母様が質問します。
「もしもエルヴィラが一生、ルードルフ様に気持ちを傾けなかったら、どうなりますか?」
「一生、触れません」
お父様が安心したように、頷いております。
お母様は、わたくしに仰いました。
「エルヴィラ、ルードルフ様の仰るようにいたしましょう。私もお父様も、あなたの幸せと安全を一番に考えたいの」
「ですが……」
わたくしがためらっていますと、ルードルフ様が仰いました。
「わざわざ気持ちを伝えたのは、あなたが私のそばにいるだけで、私は十分幸せだということを知っていただきたかったからです」
「ルードルフ様……」
「あなたが近くにいる。そのお礼として、私にあなたを守らせてください」
そんなに思っていただけることが信じられません。
ですが、確かに今は、ルードルフ様に甘えさせていただくのが最善です。
せめてゾマー帝国で、わたくしがお役に立てることがあればいいのですが、それはのちほど考えることですわね。
今は一刻も早く、決断しなくては。
わたくしは完璧なお辞儀をして、ルードルフ様に申し上げました。
「ふつつかものですが、よろしくお願い致します」
「ああ! ありがとう、エルヴィラ!」
お礼を申し上げるのはわたくしのほうなのに、ルードルフ様はそんなふうに仰いました。
一方。
「話が違うじゃないか! エルヴィラに王妃の仕事をさせるというから、ナタリアと婚約したのに」
人払いをした部屋で、アレキサンデル王が大神官を怒鳴りつけていた。
大神官は殊勝な態度で言う。
「申し訳ございません。私もエルヴィラ様が断るとは思っていませんでした……余程、ナタリア様が気に入らなかったのでは?」
「そんなわけはない! 今までナタリアが何をしても、おとなしく後始末していたエルヴィラだぞ!」
「今までは、不満があっても、表に出さなかったのでしょう」
「つまらん女だな。ナタリアのように、見てすぐわかる方がいい」
「おっしゃる通りです」
追従しながらも、大神官は、内心で若い王を嘲笑った。
冷静沈着なのは、王妃として武器だろうに、それをけなすとは。
まあ、そんな王だからこそ、扱いやすいのだが。
「それより、あれは大丈夫なのか」
アレキサンデルが、少し心配そうに聞いた。
「あれとは」
「聖女だ。万一、国に被害が出るようなことあれば許さんぞ」
大神官は笑った。
「ご安心ください。聖女など、ただの飾りです。誰が祈っても同じですよ。なにより騎士達が、国を守るため頑張っております。飾りだけの聖女とは違い、彼らは体を張ってます」
アレキサンデルは、ほっとしたように言った。
「では、明日にでも、エルヴィラのところに行って、もう一度王妃の補佐になるように説得しろ。嫌がるなら、無理やり連れてこい。腕の立つものを何人か連れて行って、公爵や公爵夫人を盾に取れば、おとなしく来るだろう。ナタリアだけでは実務に差し障る」
「はい」
大神官は承諾した。
「エルヴィラ も、一晩経てば自分がしたことを反省するだろう」
「そうですよ。そして今まで以上に、陛下に尽くすことでしょう。すべては神が起こした必然です」
「ああ」
アレキサンデル王は、満足げに頷いた。
しかし、そのとき。
誰も足を踏み入れないような山奥で。
不穏な気配がした。
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