6、差し出がましいようですが、よろしいですか?


ルードルフ様のおかげでわたくしは、一旦自分の屋敷に戻る冷静さを取り戻せました。

あのままだと、お父様とお母様に迷惑をかけるのを恐れるあまり、手持ちの荷物だけで、修道院に駆け込んでいたでしょう。

顔には出しませんでしたが、やはり、ショックが大きかったのです。


お父様が用意してくださった馬車に乗り、わたくしたちは別邸に向かいました。


「屋敷だと、王の使いが来ているかもしれないからな」


あれほど、わたくしの行き先を知りたがったアレキサンデル様のことです。

使いを寄越してまで、聞き出そうとするのはあり得ます。

今は、アレキサンデル様の片鱗にも触れたくないわたくしは、お父様の言葉に頷きました。





別邸に到着したわたくしたちは、まずはサロンでくつろぎました。

侍女が淹れるお茶の香りに、ようやく気持ちが落ち着きます。

カップを優雅に傾けながら、ルードルフ様が仰いました。


「あの王と王妃では、この国は危ういね」


ルードルフ様は、わたくしをじっと見つめて仰いました。


「エルヴィラ様の、この素晴らしさがわからない若き王と、礼儀も知らない王妃。よそ者ながら、心配ですよ」


お父様が、厳しい口調で仰います。


「賢くない王と王妃のほうが、都合のいい奴らがおるんでしょう」


そしてため息をつきました。


「エルヴィラはそいつらの謀略に巻き込まれた。腹立たしいが、今まで見抜けなかった私の責任だ。エルヴィラ、すまない。お前をこんな目に合わせて」

「そんな! お父様が謝ることではありませんわ! わたくしが至らなかったから……」


本当に、わたくしさえ、もっとしっかりしていればと、そればかり悔やまれます。

男性なら私よりナタリア様に惹かれるのが当然だろうと、いろんなことを見過ごしておりました。

もっと注意深くあるべきでした。

ですが、まさか、アレキサンデル様が、わたくしの百合を偽物だと決めつけるなんて、思ってなかったのです。


辛い気持ちを思い出しそうになり、わたくしはカップをそっと戻しました。


ルードルフ様は、お父様に問いかけます。


「ルストロ公爵、王をそそのかした人物に心当たりは?」

「確信はありませんが、何人かは思い浮かんでます」

「その人物たちが、エルヴィラ様をこのまま放っておくと思いますか? 宮廷で飼い殺しにできなかった、聡明で美しい、王妃教育を施された公爵令嬢ですよ? 例えば、第二王子だった、今の王弟殿下であるパトリック様と婚約させて、パトリック様に王位を継承させようという動きも出てくるのでは」

「でも、パトリック様はまだ10歳ですわ。それにもう婚約されております」


わたくしは思わず、口を挟んでしまいました。

わたくしとパトリック様が婚約?

そんな可能性があるなんて。


ですが、お父様もルードルフ様も、難しい顔をしています。

わたくしは、ゾッとしました。


「そんな……嫌ですわ、もう」


宮廷の争いに巻き込まれるのは、たくさんです。

お母様が、わたくしの手をそっと握ってくださいました。


「わたくしは残りの人生を、祈って暮らせたら十分なのです。地位も名誉も望みません。お父様、お母様、わたくしを修道院に送ってくださいませ」


婚約を破棄されたときから、そればかり考えておりました。

ですが。


「ならぬ!」

「エルヴィラ、ダメよ!」


お父様もお母様も反対しました。

けれど、わたくしも、引けません。

このままでは、お父様とお母様に迷惑がかかるのは目に見えています。


「偽聖女呼ばわりされて、婚約破棄された娘など、この家にとって不名誉でしかありません。留学中のリシャルドお兄様にも、影響があるでしょうし……」


リシャルドお兄様は、お母様の母国であるキエヌ公国に留学しております。

お母様はそこの公女でした。

現在、お兄様はそこで学びながら、お母様の遠縁にあたるオルガ様と婚約しております。


「オルガ様にもご迷惑をおかけするでしょう。かといって、このままパトリック様と婚約するようなことは受け入れられません」


パトリック様の婚約者のアンナ様は、まだ12歳。

天使のような小さな婚約者たちを、わたくしは微笑ましく見守っていたのです。

その二人を引き裂くような役目は、死んでもしたくありません。


「でも、エルヴィラ、修道院だなんて」

「そうだよ、まだ若いお前をそんなところに閉じ込めるのは反対だ」

「ですが……」


わたくしが、どうやってお父様たちを説得しようか考えていたそのとき。


「差し出がましいようですが、よろしいですか?」


ルードルフ様が仰いました。


「私も、まだ若いエルヴィラ様が修道院に入るのは反対です」

「そうですわ、ルードルフ様」

「やはりそうなんだよ、エルヴィラ」

「そこで提案なのですが」


ルードルフ様はわたくしを、とても優しい瞳で見つめて仰いました。


「エルヴィラ様を、わたくしの婚約者として、ゾマー帝国に迎えるのはどうでしょうか」


わたくしもお父様も、びっくりして、何も言えませんでした。

ところが。


「ルードルフ様、そのお話、詳しくお聞かせいただけますか?」


お母様だけが、冷静にルードルフ様に質問なさるので、さらに驚きました。

ルードルフ様は、説明します。


「ここにいたら、エルヴィラ様が利用される可能性は高いでしょう。それに、アレキサンデル様自体も、エルヴィラ様に未練があるご様子。なにをしでかすかわかりません」

「未練だなんて、そんなことはありませんわ」


わたくしは思わずそう言ってしまいましたが、ルードルフ様は優しく首を振ります。


「あの新しい王妃に飽きるのはすぐですよ。いえ、もはや、すでに後悔してるでしょう」


まさか、と思いましたが、ルードルフ様のお話は続きます。


「そして、これは、一番考えたくない可能性ですが、アレキサンデル様を傀儡にしたい人たちにとって、飼い殺しにできなかったエルヴィラ様は、脅威です」

「それは……確かに」

「そいつらは、エルヴィラ様の命だって狙うでしょう。まだ10歳でも、エルヴィラ様と婚約したパトリック王子の方が、王にふさわしいのですから。それほどエルヴィラ様の価値は高い」


買い被りすぎだと思いましたが、お母様もお父様も熱心に頷いております。


「確かに。このままだとエルヴィラの命が危ないな。なんとかせねば」

「ということは、ルードルフ様はエルヴィラを助けるつもりで、婚約を?」

「それももちろんありますが」


ルードルフ様は、そこで突然立ち上がり、床に片膝をついて、わたくしに告げました。


「エルヴィラ・ヴォダ・ルストロ様、どうぞ、ルードルフ・リュディガー・エーベルバインと結婚していただけないでしょうか。以前からずっとお慕いしておりました」


ルードルフ様の突然の求婚に、わたくしは、息が止まりそうなほど驚きました。

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