5、そもそも話しかける許可を与えておりませんが?

まるでルードルフ様の昔からの友人のような馴れ馴れしさで、ナタリア様は言いました。


「ルードルフ様、ナタリアに、いい考えがあるのです」


わたくしも含めて、誰もが言葉を失っておりました。

今のこの状態で、ナタリア様に何が提案できるというのでしょうか。

何より、帝国の皇太子様に向かって、あまりにも失礼な態度ではないでしょうか。


ですが、わたくしは心の底で、わかっておりました。

それくらいのことを気にするナタリア様ではないということを。


わたくしにも、何度となく、馴れ馴れしくすり寄って来ていましたもの。

わたくしはその度、仲良くするつもりがないことを、それとなく伝えたのですが、通じておりませんでした。

案の定、ナタリア様は場違いなことを言い出します。


「ルードルフ様、今からナタリアと一緒にお茶はいかがですか?」


は?

お茶?

今から?


お父様もお母様も、その他の貴族たちも、固まっております。

ルードルフ様だけが、感情を出さずに、ナタリア様を見つめ返しました。


帝国の耀きと言われる美しさの、ルードルフ様です。

端正で凛々しい横顔。

ミステリアスな黒の長髪。

見目麗しい殿方を周りに置くのが好きなナタリア様は、この機会にお近づきになりたかったのかもしれません。

それにしても。


「なぜ、お茶を?」


ルードルフ様が、この場の誰もが抱いてる疑問を口にしました。


ナタリア様はいつも、こうなのです。

周囲の目を気にせず発言し、その後始末は、わたくしがしておりました。

アレキサンデル様が、そう命ずるからです。

未来の王妃なら、それくらいして当然だ、ナタリアも国民のひとりなのだから、と。


あら。

ということは、わたくしは、もうナタリア様の発言にハラハラしなくていいのですね。

婚約破棄されて、よかったと初めて思いました。


ですが、今この場では、ルードルフ様への失礼が気になります。


わたくしは何か口を挟もうとしましたが、その前に、ナタリア様が、ルードルフ様に答えました。


「ルードルフ様がナタリアと一緒にお茶を飲めば、その間、アレキサンデル様が、エルヴィラ様をお送りすることができますわ。エルヴィラ様は安全に行きたい場所にいけますし、ルードルフ様は疲れを癒せますし、アレキサンデル様はエルヴィラ様に温情を示せますし、いいことばかりです」


お父様もお母様も、目が点になっておりました。

お母様が本当に微かな声で呟きます。


「こんな子をなぜ……?」


それはわたくしがずっと考えていたことでもありましたので、胸の内で頷いてしまいました。


けれど、ナタリア様のこの天真爛漫な態度が、身分の高い男性に、新鮮な印象を与えることを、わたくしは経験からわかっております。

アレキサンデル様だけでなく、宰相様のご子息や、騎士団長様のご子息など、宮廷はナタリア様の取り巻きでいっぱいでした。


ですから、ルードルフ様が、ナタリア様とのお茶を選んでも、仕方ないとわたくしは諦めかけておりました。

男性は、皆、ナタリア様のような方が好きなのでしょう。

わたくしのような可愛げのない女よりも。


わたくしが、ルードルフ様に、どうぞ遠慮なく、と言おうとしましたら。


「そんな馬鹿げたことを、真面目に言っているのですか?」


びっくりするくらい冷たい声で、ルードルフ様が仰いました。


「え」


ナタリア様は、かなり驚いた様子です。

わたくしも、少し意外でした。


「あなたとお茶をして癒されると思いませんが」

「でも、あの、お疲れでしょう?」

「疲れていたとしていても」


ルードルフ様は、薄く笑って言いました。


「あなたは自分のお茶の時間に、価値を置きすぎですね」

「そんな……ひどい」


ナタリア様は目に涙を浮かべましたが、ルードルフ様は、威圧感を増して仰います。


「そもそも、私はあなたに名前で呼ぶことを許可していません。今すぐ謝罪してください」


周りがざわめきました。

非があるのはナタリア様の方です。

すぐに謝るべきです。


「え……でも」


なのに、ナタリア様はまだ、持論を譲らないおつもりです。


「ナタリアはちゃんと自己紹介しました」

「勝手にあなたが喋り出しただけです。そもそも私はあなたに話しかける許可も与えていません。この国はいつから、男爵令嬢が皇太子にベラベラ話しかけるようになったんでしょう。それとも、もしかして」


ルードルフ様は、少し離れたところにいる、アレキサンデル様を見据えて仰いました。


「陛下、これは帝国に対する無礼だと受け取ってよろしいですか?」


アレキサンデル様は、慌てて仰いました。


「そのようなつもりはございません……ナタリアのもてなしの心が暴走したようで……ナタリア、早くお詫び申し上げろ」

「は、はい……申し訳ございません」


ナタリア様は、怪我をした子リスのように震え、目を潤ませて、ルードルフ様に謝罪しました。


「以後、わたくしに話しかけないでいただきたい」


ルードルフ様は、ぴしゃりと、仰いました。

そして、一転した笑顔で、わたくしを見つめてくださいました。


「なんだか邪魔が入りましたね」

「申し訳ございません」

「あなたが謝ることではありませんよ」

「ルードルフ様」


お父様が、ルードルフ様に言います。


「娘を、お願いできますか?」

「光栄です」

「それでは、陛下、失礼します」


わたくしたちは、神殿から出ていきます。アレキサンデル様は、まだ何か仰りたいようでしたが、ナタリア様に腕を掴まれており、動けない様子でした。

ナタリア様は、とても悲しそうに、涙を流しております。


ああ、この光景も、もう見なくてすむのだと思えば、故郷を離れる寂しさが、少し紛れました。


と、不意に。 

ルードルフ様が、ナタリア様とアレキサンデル様に向かって、最後に仰いました。


「いい忘れておりましたが、新聖女様誕生と、ご婚約、おめでとうございます。とてもお似合いのお二人ですね」


アレキサンデル様は、ぽかんと口を開け、ご自分の腕にしがみついてるナタリア様を見つめました。

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