4、婚約破棄された公爵令嬢など、放っておいていただくのが、一番の親切です

わたくしが神殿の出口に向かって歩いてますと、お父様とお母様が駆け寄ってくださいました。


「エルヴィラ!」

「何があっても、あなたは私たちの娘よ、安心して」


その言葉に、緊張の糸が緩みそうになりました。

けれど、アレキサンデル様に少しでも涙をお見せしたくなかったので、必死にこらえました。


「お父様、お母様、ご心配おかけして申し訳ありません」

「いいのよ、さあ、帰りましょう」

「それなのですが」


わたくしは、もう、家に戻るつもりはありませんでした。お父様とお母様に、そのことをお伝えしようとしたそのとき。


「ま、待て、エルヴィラ!」


なぜか、アレキサンデル様が、わたくしを呼び止めました。

当然のことながら、周りの貴族たちは、しんとして、わたくしたちの会話を見守っております。


「なんでしょうか」

「護衛をつけよう。そなたが行こうとしている場所まで。もちろん、行き先は国民には伏せるから安全だ」


そこまでして、わたくしがどこに身を寄せるのか、知りたいのでしょうか。


わたくしの行動を把握して、ナタリア様に危害を及ばさないか見張るため?

そうだとしたら、見くびられたものです。

復讐など、わたくしはいたしません。

わたくしは、感情を表に出さず、お答えしました。


「どうぞ、構わないでくださいませ。婚約破棄された公爵令嬢など、放っておいていただくのが、一番の親切です」

「しかし」

「陛下、失礼ながら申し上げます」


お父様が、わたくしとアレキサンデル様の間に立って、口を挟みます。


「こればかりは娘の言う通りに、お願い致します」


ところが、アレキサンデル様は、怒り出しました。


「なんだ、その態度は! 本当なら今すぐ偽聖女として、牢獄に入れてもいいのだぞ! それを許すばかりでなく、今までの功績から、宮廷に残しておいてやろうと言うのに、それも断り、最後に護衛まで断る! 何様のつもりだ! 今すぐ捕まえてやろか」


お父様も引きません。


「牢獄に入れるのでしたら、陛下、ちゃんとした裁判にかけていただけるのですな? そこで、今回の聖女の儀の異議をを申し立てるのも、公爵家としては悪くありません。中立性のある判断を望むためには、外国の神殿に聖女認定を頼んでもいいのではないでしょうか。しかし、そうなると、騒ぎが大きくなります。これ以上事を荒立てたくないのは、陛下も同じなのでは? そちらの新しい聖女様もいろいろと調べられることになると思いますが?」


お父様は、わたくしの百合が『乙女の百合』だと信じていてくださるのだと、思いました。

だけど、陛下がナタリア様を正妃にしたいあまりにこのような暴挙に出たのだ思っているのでしょう。

神殿が我が公爵家と反目する貴族と手を組んでいることまで、お見通しに違いありません。


「うるさい! 王は私だ! 私の言う通りにしろ!」

「娘は、その王妃になるために、今まで頑張ってきたのです! 少しの温情もないと仰るのですか!」

「だから、護衛を付けると言ってるのだ!」


お父様とアレキサンデル様が怒鳴り合うのを、どうやって止めようかわたくしが考えていたそのとき。


「失礼ですが、エルヴィラ様の護衛なら、私にお任せください」


見学の貴族たちに紛れていたのでしょう。

端正で凛々しい顔立ちに、癖のない黒髪。

ルードルフ様がわたくしの目の前に来て、そう仰いました。

貴婦人たちがひそひそと言い合います。


「あの黒髪、まさか、ゾマー帝国の皇太子様?」

「まあ、噂通りの美しさ」

「神秘的な魅力ですわ」


アレキサンデル様に向かって、ルードルフ様が仰います。


「ルードルフ・リュディガー・エーベルバインと申します。聖女認定の儀式を見学させていただくつもりで、この国に滞在しておりました」

「招待したのは私です」


お父様が付け足します。

ルードルフ様は、ゾマー帝国の皇太子様で、我が公爵家ともつながりがあります。

わたくしも何度かお会いしたことがありました。

聖女の儀でまたお会いできると聞いて、喜んでいたのですが、まさかこんな場面をお見せするなんて。


申し訳なく思ったわたくしの手を、ルードルフ様は優しく取りました。


「わたくしに、エルヴィラ様の望むところにお送りする権利をいただけないでしょうか?」


そして、昔みたいに、いたずらっぽく笑いました。

わたくしは、初めて、ほんの少し心がほぐれました。

お父様のお顔を見上げますと、お父様も頷いております。ハンカチで涙を拭っていたお母様も、同じように頷いておりました。

わたくしは、元々、国境にある修道院に入るつもりでいました。

偽聖女と言われても、祈りから離れるつもりはなかったのです。

ルードルフ様にそこまで護衛していただけるなら、安心でしょう。

アレキサンデル様も、ゾマー帝国の意に逆らうことはなさりませんよね。

わたくしは、ルードルフ様のご厚意に甘えようと思いました。

ところが。


「初めまして、ルードルフ様。ナタリアと申します」


いつの間に近づいたのでしょう。

ナタリア様が、ルードルフ様の前まで来て、ご挨拶申し上げているではありませんか。


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