3、あなたの決意を聞きたいわけではありません
「なんだと?」
「お断りしますと、申し上げました」
「なぜだ? 国の役に立てるのだぞ?」
長い付き合いです。
アレキサンデル様の考えは、ある程度わかるつもりです。
数ヶ月前に出会った男爵令嬢が、どんなに魅力的でも、王妃が勤まるわけはありません。
しかもナタリア様は、元々は庶子。
平民として長年暮らしていたそうです。
そんなナタリア様の苦労の多い生い立ちに同情されたのかもしれませんが、いまだに所作に貴族らしさが感じられないのも事実です。
今から勉強するとしても、どれほどの時間がかかるのか。
そこで、アレキサンデル様は、面倒くさい実務をわたくしに押し付けて、ご自分はナタリア様と睦まじく、暮らすおつもりなのでしょう。
偽聖女の汚名を着せられたわたくしは、反抗も出来ず、一生飼い殺しにされるわけですわね。
アレキサンデル様だけの考えとは思えません。
おそらく、公爵家の威信を潰したいどこかの貴族が、神殿と手を組んで、アレキサンデル様をそそのかしたのでしょう。
ナタリア様も、無関係ではないでしょうね。
ただの男女の関係だと見過ごしていたのは、わたくしのミスです。
ですが、どんな注進も、聞いていただけなかったのです。
なんでも自分の思い通りにならなければ気が済まないのだな、と見当違いの叱責を受けるばかりで、いつしか、わたくしは、アレキサンデル様に何かお話することを諦めたのです。
アレキサンデル様とナタリア様が、宮廷の庭園で、接吻を交わしているのを見たときも、ナタリア様が生真面目なわたくしの真似をして、影で笑っているのを聞いてしまったときも、悪気はないのだからと、我慢してしまいました。
国のためには、わたくしこそが、王妃にふさわしいと自負しておりましたから。
結婚式さえ挙げれば、なんとかなるの思ってしまったのです。
それに、聖女認定が、ありました。
聖女になることは、わたくしの人生の目標でした。
ですから、それを励みに、『乙女の百合』を育てていたのです。
花が咲いたときは、本当に嬉しくて、真っ先にアレキサンデル様にお見せしました。
そして神殿に。
アレキサンデル様は、花が咲いたのを他の誰かに見せたか、とお聞きになってましたね。
もしかして、あのときから、計画していたのでしょうか。
ナタリア様を側妃にされるのは、仕方ないと思ってました。
けれど、王妃の立場と聖女の資格まで、取り上げるとは。
偽聖女の汚名を着たわたくしが、どんな気持ちで毎日を過ごすか、考えなかったのでしょうか?
いい気味だと思っていらっしゃるのでしょうか?
わたくしは、いつの間に、そこまで嫌われてしまったのでしょうか?
考えても答えの出ないことを、ついつい考えそうになり、わたくしは、精一杯、胸を張りました。
こうなった以上、最善を尽くさなくてはなりません。
わたくしがここにいては、家族にも迷惑がかかるでしょう。
「聖女でもなく、婚約も破棄されたわたくしは、ここにとどまっている理由がありません。国外に出ようと思います」
驚いたことに、アレキサンデル様は、身を乗り出して聞きました。
「どこに?」
「申し上げる必要がございますか?」
「言え!」
わたくしは、少し考えてから、頭を下げました。
「ご容赦ください。偽聖女として、攻撃されるかもしれない身の上です。安全を確保するために」
と、そこにお父様の声が響きました。
「そもそも、エルヴィラが聖女でないとはどういうことだ! 異議を申し立てる!」
大神官様が、それを聞いて慌てたように、アレキサンデル様に耳打ちしました。
アレキサンデル様は、わたくしを上から下までじっと見つめて、やがて言いました。
「……わかった。エルヴィラの国外移住を認めよう」
「ありがとうございます」
わたくしは完璧な礼で、それに応えました。
「それでは失礼いたします。ああ、ナタリア様」
わたくしは、最後にナタリア様に、向かって言いました。
ナタリア様は、傷付いた小動物のような目をしてわたくしを見上げます。
周りから見れば、わたくしが威圧しているようにしか、見えないでしょうね。
「聖女として、王妃として、この国を、しっかり守ってくださいませ」
「はぁい。ナタリアは精一杯——」
返事は聞かずに、背を向けました。
ナタリア様の決意を聞きたいわけではございませんので。
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