2、わたくしはわたくしにできる事を精一杯していたつもりでした
アレキサンデル様は、拍子抜けした顔をしました。
「いいのか?」
「仰せのままに」
「ということは、自分のしたことを認めるのだな?」
アレキサンデル様は、わたくしに翻意を促すような言い方をしました。
おかしな方ですね。
わたくしはまっすぐに、アレキサンデル様を見て答えました。
「わたくしが何を言っても、陛下はお気持ちを決められたご様子」
わたくしがいつも通りなので、アレクサンデル様は、がっかりしたお顔です。
泣いてほしかったのでしょうか?
まさか、ですわね。
泣いてすがって何かが変わるなら、そうしますが。
こういうところが、お前はかわいくないとアレキサンデル様に責められる所以なんでしょう。
わたくしは、アレキサンデル様ではなく、お父様と、お母様に聞こえるように言いました。
「けれど、これだけは申し上げます。わたくしの育てた百合が『乙女の百合』です」
「見苦しいぞ!」
アレキサンデル様が叫びます。
「申し訳ありません。しかし、事実です」
あんな、温度管理や、肥料の配合に気を使う百合を、ナタリア様が育てられたとは思っていません。
ですが、証拠のないこと。
ここは、潔く引きましょう。
それがわたくしのせめてもの矜持です。
「ご存じの通り、『乙女の百合』は、聖女以外が育てたら、黄色い花弁をつけます。しかし、聖女が育てますと、真っ白に輝く花弁と、青い花粉を持つ、この世に二つとない花になります」
「聖女の儀」が近づくと、聖女候補たちはその苗を神殿から預かって育てるのです。
「わたくしは、先日、ついに、そのつぼみを開かせることに成功しました。そして、それをアレキサンデル様と神殿にも、ご確認いただいておりました」
「そう、だから私たち、神官も初めはエルヴィラ様を聖女だと思っておりました。ところが、よく調べたところ、エルヴィラ様の百合は、普通の白百合に色をつけたものでした。恥を知りなさい!」
大神官様は、わたくしに向かって怒鳴ります。さらにアレキサンデル様も。
「そうだ、偽聖女め! よくも私を騙そうとしたな!」
「そんなつもりは」
「うるさい! お前が聖女に一番近いと思っていたからこそ、婚約していたのだ。偽聖女に用はない!」
わたくしが何を言おうとしても、アレキサンデル様は聞きません。
ついにこう叫びました。
「エルヴィラとの婚約を破棄し、正統な聖女である、ナタリアと婚約することを、ここに宣言する!」
わたくしは、小さなため息をつきました。
最初から、そのつもりでしたのでしょう。
アレキサンデル様も、神殿も。
聖女候補として、また公爵令嬢として、未来の王妃になるために。
13の歳から、厳しい修行と勉強に、明け暮れておりました。
確かに、アレキサンデル様との間に、愛情はありませんが、わたくしは、わたくしに出来ることを精一杯しているつもりでした。
「アレキサンデル様……! ナタリアは感動してます……」
わたくしは、となりで、目を潤ませているナタリアを一瞥します。
ふわふわのストロベリーブロンドに、豊満な肉体。少し舌足らずな喋り方。大きな瞳。
ストレートのプラチナブロンドで、理知的な瞳と言われるわたくしと、正反対です。
男爵令嬢であるナタリア様と、アレキサンデル様が、数ヶ月間前に、場末の仮面舞踏会で知り合って、男女の関係になっていることは、わたくしの耳にも入っておりました。
ですが、陛下が崩御し、戴冠式を控えたアレキサンデル様の、はめを外した遊びだと思おうとしていたのです。
聖女と王妃になるのはわたくしなのだから、側妃の一人くらいは当たり前だと。
小さいことを気にしてはいけない、と。
自分に言い聞かせておりました。
そうして、アレキサンデル様の戴冠式が無事に終わった今、わたくしの聖女認定を待って、後は結婚式を挙げるだけでしたのに。
まさかこうなるとは。
せめて、背筋を伸ばして、前を見て、去ることにしましょう。
わたくしが、そう思っておりましたら。
「ただ、エルヴィラが今まで国のために尽くしてきたことは事実だ」
アレキサンデル様は、そんなことを言い出しました。
なんだが不穏な予感がします。
「そのため、エルヴィラは、引き続き王宮に住むことを認める」
そして、さも愛しそうにナタリア様を見つめて言いました。
「聖女ナタリアの補佐となり、一国民として国に尽くす——」
「お断りします」
冗談じゃありません。
少し、食い気味に言ってしまったのは、ご容赦いただけるかしら。
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