11)「ダンジョンマスターの営業時間:傾向と対策」

「水の絶望迷宮」には「世捨て人ハーミットさん」以外にも奇妙な人物が常駐しています。


 その名も人呼んでダンジョンマスター。


 第九階層のどこかにある玄室に住むとその人物は、適当な時間に訪ねても会えないと言われています。と、言うのもその玄室前の壁には「営業時間9:00-15:00」と書かれた看板がぶら下がっているのだとか。


 ここでまず初心者冒険者たちは疑問を抱かないといけません。


 ダンジョンマスターを名乗る人物は「破壊不可能な迷宮の壁」に看板をぶら下げる、つまり何らかの方法で釘穴のようなものを通したということなのですから。


 第七位階の黒魔術最強呪文「核撃」を持ってしてもびくともしない迷宮の壁に、どうやって穴を開けたのか。もしかすると、とんでもない人物なのではないか。そこから冒険者たちはその人物のことを「ダンジョンマスター」と呼ぶようになったのだとか。


 そこで迷宮ウォーカー編集部は、件の人物に突撃取材を試みました。



 ◆◆◆◆◆◆◆



 営業時間に合わせて玄室を訪れた取材班が出会ったのは、妙齢の御婦人でした。

 とは言え老女ではなく出で立ちは熟練冒険者のそれで、玄室の中は探索用アドベンチャーギアで埋め尽くされていました。


 ───はじめまして。迷宮ウォーカー編集部に雇われた一級冒険者のドンジョバンです。


「ん。あぁ……。開店時間に飛び込んでくるなんざ、何年ぶりの迷惑客だろうかね」


 ───迷惑でしたか?


「客なら問題ないさね。ただし、ここで金は使えない。あたしが提供するものと等価交換で、食い物や地上の品を出して貰うよ」


 ───てか、ここはラスボスの部屋?


「なんのことだい」


 ───あなた、ダンジョンマスターでは?


「バカ言っちゃあいけないよ。そもそもどうしてダンジョンマスターが営業時間の書いた看板を掲げるのさ。ここは物々交換の万屋だよ、まったく」


 ───やば……。迷宮に穴開けて看板ぶら下げてるから、そんな技術があるのはダンジョンマスターしかいないって噂に……


「簡単なことさね。いくら傷つけても迷宮の壁は一瞬で自己修復するようにがかけられてるからね。その一瞬の間に杭を打てばご覧の通りさ」


 ───いや、普通できませんって……。


「それにしても、男の冒険者とは珍しいねぇ。あんた男身一つでこんなところにまできたのかい」


 ───え? 冒険者の男なんて普通ですけど?


「はぁ……そうなのかい。時代も変わるもんだねぇ。あたしらが現役だった頃は、男は闘気オーラも使えない、ひ弱で守られるべき存在だったんだがね」


 ※編集部注)

 初心者冒険者は初めて聞く言葉かもしれないので少し長い注釈を加えます。


 闘気オーラとは自分の生命力を実用的な「技」にまで昇華させた戦闘技術です。

 前衛職はある程度ランクが上がると、各職業のマスターが当人の適性を見て技を教えます。(素行が悪いと伝授されないとの噂もありますが)

 職業毎に様々な闘気技があり、それらを習熟できた一部の者だけが「マスター」と呼ばれます。


 余談ですが、闘気は素肌から放たれるものなので、肌露出の多い冒険者は闘気を使える強者であることが殆どです。薄着だからと熟練者を格下に見た結果、返り討ちに合う初心者が後を絶たないので、どうか読者諸氏はご注意ください。


 特に女性の闘気使いは露出が多い傾向にあり、ほとんどが下着のような姿で冒険しています。その姿にムラムラして襲いかかる男性冒険者は、どいつもこいつも返ちょんぎられているのでご注意ください。


 ───男がひ弱? やばい、マジですか?


「そうさね。男ってのは女の家を守って、女に種付けして、女の生んだ子どもを育てるのが役目さ。あたしらの時代の男は今のあんたみたいに筋肉がつかないヒョロヒョロで、薪の束も持ち上げられやしなかったからねぇ。だから女は黙って肉体労働して男を養うってのがあたしらの時代の常識だったのさね」


 ※編集部注)

 古文書を紐解くと、大昔の男性は力も弱く持久力もないひ弱な生き物で、戦闘や探索などの冒険者稼業にはまるで向いていなかった、そうです(王都の学者様調べ)


 現在は異世界からやってきた「渡来人」の優秀な遺伝子を受け継いできたおかげで、男性と女性に体力的性差はありません。

(男性は力が強く、女性は素早い、という特性傾向が見られますが、大きな差ではありません)


 ───それって何百年前の話です?


「正確には覚えちゃいないが、かれこれ五百年くらいは経ったんじゃないのかい? そもそも今は聖王歴で何年なのかも知らないんでねぇ」


 ※編集部注)

 聖王歴とは現在のアルエス王国が建国されるより約六百二十年前に存在したとされる「ステイン聖王国」で使われていたこよみですが、殆どの歴史書は王都王城で保管されているため、我々編集部では正しく確認することは出来ませんでした。


 ───あのぉ、ダンジョンマスターさんはいったい何歳なんですか? もしかして不老不死ですか?


「馬鹿言っちゃいけない! 誰がダンジョンマスターだい! そもそもあたしは不老じゃないって見ればわかるだろ! あんなうら若く瑞々しかった戦乙女のあたしが、こんなヨボヨボになっちまって」


 ───え、あ、はい。


「あたしはね、ここに囚われてからというもの、死ぬことも出来ずにただ老いていくばかりの哀れな使いさね」


 ───魔法使い!?


 ※編集部注)

 後衛職、特に魔術職は闘気が使えませんが、その代わりに魔力を用いた「黒魔術」「白魔術」「精霊魔術」などを駆使します。

 そして常識的なことではありますが、は全く別物です。


 魔術とは詠唱する呪文、声色、声量などが事細かく決められており、それによって魔力を繰る者であれば誰でも同一的効果を発揮できるという「体系化されたもの」です。

 魔法は古の技術や神の御業など、現在では、もしくは人類では再現できない「奇跡」であり、おとぎ話の中でしか見ることが出来ないものです。


「今じゃ魔術師って言うのかい? まったく。人とおんなじ術を使って何が楽しいんだか。魔法を習得しなきゃ、かぼちゃを馬車にしたりネズミを馬にすることだって、できゃしない」


 ───そんなことできるんですか。魔法やばい。


「まぁ、事面倒くさい手順やらなんやらあるから、大衆向けの技術ではなかったからねぇ。廃れちまっても仕方ないさね」


 ───ところで「誰がダンジョンマスターだい」って言われていましたけど、あなたは本当にダンジョンマスターではないのですか


「違うに決まってるだろ。ここのダンジョンマスターは下にいるよ。そいつに呪われた結果、あたしはここで未来永劫、生恥を晒しているわけだからね」


 ───誰も踏破したことがない十階層にいるんでしょうか


「さぁねぇ。あたしはここが何階層だったのかも覚えちゃいないよ」


 ───どうして呪われたんでしょうか


「話せば長いが……」


 ※編集部注)

 御本人の許可を得て、要約致します。


 ・太古の昔に存在したステイン聖王国。その国を統治されていたのがステイン十三世聖王。

 ・とある悪しき魔法使いは、そのステイン聖王が大事にしているアミュレットを盗み出した。

 ・悪しき魔法使いはアミュレットに封じられていた神の力を使って、クシカル湖の畔に地下迷宮を作り上げ、その最奥地に引きこもった。その目的は不明。

 ・悪しき魔法使いは迷宮内を魔素で満たし、モンスターを召喚して侵入者を防いだ。

 ・ステイン十三世聖王に命じられた討伐隊は、幾度も迷宮に挑み、そのほとんどが壊滅。できたのは階層を繋げるテレポーター(エレベーターと思われる)を設置できたことくらい。

 ・第四次討伐隊に参加したこの老婆は、仲間が全滅しながらも、あと一歩というところまで魔法使いに迫った。

 ・しかし撃ち漏らしたばかりか不死と束縛の魔法をかけられ、第九階層から離れられなくなった。

 ・悪しき魔法使いは老婆との闘いで深手を負ったのか、更に迷宮を下に伸ばして奥へと引きこもった。どこまで下に行ったのかはこの老婆も知らない。


 ───貴重なお話ありがとうございました。ところで貴女のお名前は?


「あたしかい? あたしの名はン・ビナさ」


 ※編集部注)

 ン・ビナとは善なる魔法使いとして、数々の絵本で主人公を救うキャラクターです。

 迷宮ウォーカー編集部も実在しているとは思ってもいませんでしたが、今後は取材交渉を続け、ン・ビナ女史による歴史解明を掲載して、まるで自分が見てきたかのように過去の歴史を語ってきた王都の学者様たちの鼻を明かしたいと考えております。乞うご期待。

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