03)「世捨て人さんに認められる喜び」

「水の絶望迷宮」に来たということは、あなたが腕試しやお宝探索をする酔狂な冒険者でもない限りは、ちゃんとギルドで依頼を受けてきたのではないでしょうか? ですが、まず依頼のことは忘れてこの迷宮のを受けなければなりません。


 冒険者がこの「水の絶望迷宮」で行うべきことは、第一階層の中心地にいる「世捨て人ハーミットさん」に会い、探索許可を得ることなのです。




世捨て人ハーミットさん?】

 本当の名前はどんな熟練冒険者も知りません。


 真っ赤な魔導士服を着てフードを目深に被っています。フードから溢れる長髪まではわかりますが、玄室が薄暗いせいで性別はわかりません。

(編集部注:以下便宜上「世捨て人ハーミットさん」を「彼」と表記いたしますことをご了承ください)


 彼の声をまともに聞いた冒険者は誰一人いません。また、近づいて顔を確認することも叶わず、長年謎のままです。


 いくら薄暗いと言っても、狭い玄室の中で相手の性別すら確認できないのか? と不思議に思われる冒険者もいらっしゃるのではないでしょうか。

 実は彼が魔導書を読みふけっているこの玄室に立ち入ると、問答無用で罠が発動して冒険者たちはクシカル湖の湖底に叩き出されてしまうのです! その一瞬で彼の正体を判別するのはまず不可能です。




【予期しない湖底散歩もまた一興】

 一体どういう仕掛けになっているのかわかりませんが、世捨て人ハーミットさんの玄室に入ると問答無用で罠が発動します。初めてここを訪れる冒険者は必ず引っかかると言ってもいいでしょう。


 水が張られて指先一つ引っ掛けることの出来ないツルツルした丸い穴の中を転がり落ちていき、気がついたら湖底の水の中に飛び出した時の恐怖、絶望。それこそがこの迷宮を「水の絶望」と呼ぶ所以なのです。


 しかし落ち着いて。


 水の中で恐いかも知れませんが目を開けてください。先輩冒険者達がわざわざ浮きブイを浮かべてロープを垂らしてくれています。暗い湖底でも光っているそのロープに捕まると、なんと自動的に湖面に運んでくれる仕掛けがあるスグレモノです。余程の間抜けでもない限り、プレートメイルを着込んでいたとしても溺れ死ぬことはないでしょう。


 何度もこの罠に引っかかり続けて慣れてくると、湖底のあちこちに「水面はあちら」とか「ようこそ濡れ鼠!」などの先人たちの残した看板を目にできるので、楽しめますよ。




【書面化初!世捨て人ハーミットさん攻略情報!】

 さて、玄室に入っただけでなんて酷いことをするのだと憤慨する初心者も多いのですが、「世捨て人ハーミットさん」の玄室に無断で立ち入るあなたが悪いのですし、それがこの迷宮の流儀です。

 なんせ彼の許可を取ることを知らなかったり失念していると、迷宮の至る所に設置された罠が「許可を得ていない者」だけに反応して、同じ湖底に落とされてしまうのですから。


 理不尽? 横暴? いいえ、それが迷宮というものです。


 ではどうやって許可を得るか。


 まずは「世捨て人ハーミットさん」の玄室前で、じっと観察してください。時間がもったいない? いえいえ、冒険者は持つことも仕事ですからね。ボスモンスターのリポップタイム待ちなんて数週間にも及ぶことだってありますから。


 じっと待っているとたまに熟練のソロ冒険者がやってきます。きっとあなたにも気付いているでしょう。そして、わざとあなたにわかりやすいように彼の玄室をノックしてくれるはずです。そのノックのタイミング、回数、それらが「世捨て人ハーミットさん」の玄室に安全に入るための合図です。(注1)


 運良く安全に玄室に入れたとしても、まだ許可は得られていません。


 許可を得るには「世捨て人ハーミットさん」に貢物が必要です。それはなんでも構いません。お手持ちのポーションでも薬草でも構いませんし、捨てる予定のガラクタでも……。


 但し、それらには「エピソード」がなければなりません。


 どういう経緯で手に入れたのか、どういう思い入れがあるのかなどを伝えないと貢いだことにはならないのです。


 彼は終始無言ですが、あなたとその品にまつわるエピソードを語ってください。おそらく彼は物を欲しているのではなく、そのエピソードを聞くことに重きを置いているのですから。


 ちなみに、「なんであんなのに金品を出さなきゃいけないのよ!」と豪語した女冒険者は、何度も湖底を泳がされたことに腹を立てつつも、意地でも金品を出さずに済む方法として「胸を触らせる」という方法を思いついたそうですが、それが対価になったのかどうかは次のインタビューにて!




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 注1

世捨て人ハーミットさん」の玄室に入る合図につきましては、冒険の楽しみを奪う行為と考え、掲載を見送りましたことをご了承ください。

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