第31話:姦淫女に石を投げるなら、三種類以上の球種に140キロ以上欲しい

 エルサレムでも俺の評判は日に日に高くなっていくわけだ。

 俺の説法を聞いて心酔している奴も多い。

 しかし、それは本当に俺の本質を知ってのことかい? って思いもあるわけだよ。


 腐ったユダヤ社会に対する怒りがある。

 既得権益にしがみつき、ローマ帝国と癒着し、民を苦しめるアホウ司祭ども。

 テメェ勝手の小理屈で律法を理解し、己の権威を維持することに汲々としている律法学者。

 こういった、サドカイ派の司祭精力とパリサイ派の律法学者が裏で動き始めている。


「とうとう役人が来ましたぜ。先生(ラビ)」

「あ~あッ まあ、いきなり刺客がこねぇだけマシだろうぜ」


 俺は言った。弟子たちにはすでに剣を買わせてあるのだ。

 丸腰で説法するのは危険なレベルになっているってことだった。


 最悪、血をみないとどうしようもないとこまでいくかもしれん。

 まあ、そうなっても俺には神の奇蹟の力があるので何とかなるだろうと思う。

 十数人の見るからに木端役人のような奴らがやってきた。

 

「イエースッ!! ナザレのイエス! お縄だ! 大人しくお縄につけ! この偽メシアがぁぁ!」

「あぁん、なんじゃぁぁ!! 俺らの先生に向かって、どんな口きいとんじゃぁぁ! ぶち殺すぞ!」


 ペドロが買ったばかりの剣を見せつけながら言った。

 

「群衆を惑わす、悪魔使いが! オマエらまとめてお縄だ! この野郎ぉぉ!」

 

 木っ端役人が俺たちを取り囲んだ。

 俺は、この低能どもを見やった。

 よー考えてみると、こいつらも無知でアホウすぎて、司祭派に使われてるのだろうなぁと思った。

 しかし、黙っているわけにはいかない。


 呪うか――

 

 俺は一瞬思った。

 しかしだ。それでコイツら、死ぬとよけい面倒なことになりそうだった。

 イチジクの樹木を一瞬で枯らすことのできる俺の呪い。

 まだ、人に向けたことはない。 


 しかし、得意のローキックという手段もとることはできない。

 相手は剣を持っているからだ。


「どうでもいいけどなぁ~ オメエらに俺を捕まえることはできねーから。そもそも、俺を見つけることもできねーよ」

「はぁ? 見つけてんだろ。目の前にいるだろうが!」

「マジか? それはマジで言ってるの? 心が俺を見ていないんだよ。真剣に生きていなんだよぉぉ!!」


 ビシッと俺は言った。

 木っ端役人たちが「なんだとぉぉぉッ!」と後ずさった。

 もうこなれば、俺のペースである。

 

「俺は俺を遣わせた方とともにあるんだ(最近は音信普通だが)。だから、真剣じゃないものに、俺の本質を見つけることはできない!」

「なんだと…… な、何を言っているんだ? コイツ――」

「放浪ギリシア人の中に紛れ込むのか? 国外逃亡?」


 ひとりの木っ端役人が見当違いなことを言った。


「そんな、問題じゃねーんだよ! オマエラは絶対に俺のいるとこには来れない」


 つまり、オマエラは救われないと決定したのだ。

 神の国に入る資格はないという宣告だ。


「なんか、よー分からんが、偉そうだな……」

「うん、偉そうだなぁ~」

「マジで、メシアだったら、ヤバいんじゃね?」

「う~ん…… マジいなそれは……」


 木っ端役人たちが、混乱してきている。ざまあである。

 ここはダメ押しだ。

 

「いったい、なんの罪状で俺を捕まえるんだよ? そもそもの話」

「ん? いや…… 群衆を扇動した罪? だよな――」


 木っ端役人たちがウンウンと頷く。

 まったく、どうにもならんアホウどもである。


「煽動してねーよ。説法しているだけじゃねーか! 説法しちゃいけねーと律法にあるのかぁ? んん~?」

「いや…… どうだっけ?」

「俺、しらねーし。上司が言うからさぁ」

「まずいんじゃね。マジでメシアだったら、俺ら不味いんじゃね?」


 木っ端役人の間に動揺が走った。

 俺の紡ぎ出す言葉のパワーは神のモノなのである。神の言葉といっていい。

 よって、俺と言い合って勝てるものは、この地上にはいない。

 俺に挑んできた律法学者は全て論破されているのである。

 

「帰れ! 帰って、伝えろやぁ、司祭の連中にぃッ! 俺が何をしているかよく伝えるんだ! これ以上下らねェ事するんじゃねェと言え!」


 気が付くと、木っ端役人たちを群衆が囲んでいるのだった。

 その雰囲気はどう見ても、奴らに対し好意的なものじゃない。

 要するに、この群衆は、俺の信者といってもいいだろう。もはや。


「まあ…… 今回は帰るか……」


 リーダーらしき木っ端役人が呟くとトボトボと帰っていった。

 群衆をかき分けその背中が消えていく。


「あれは、司祭たちに絞られるでしょうね――」


 ポツリとユダが言った。

 何気ない言葉だ。

 ただ、ユダが司祭どもをよく知っているような感じがした。


        ◇◇◇◇◇◇


「よぉぉぉ! 先生ぇぇ! イエス先生! 姦淫だぁぁ! 姦淫の罪をおかした、女だあぁぁッ! ひゃッはぁーッ!!」


 その日も朝早く俺は神殿に出かけたのだった。

 そしたら、いきなりこれだよ。

 朝から、姦淫とかなに? 


 パリサイ派の律法学者だ。

 こいつらも、俺を貶めようと陰湿な罠をしかけてくるのだ。

 ひとりの女をひっぱって、俺の前に連れてきたのだ。


「なんだ? 爽やかな朝から、姦淫とかアホウかオマエら!」


 朝までベタベタしていたマグダラのマリアちゃんは、ちょっと遠巻きに俺を見ている。

 ユダヤ社会は、完全に男性上位の社会なので、女の地位は低いのだ。

 よって、俺の最愛のマリアちゃんでも、人の多いところでは俺にベタベタすることができない。

 その分、ふたりきりになると燃えるので、その落差も悪くないと俺は思っている。


 ちなみに、婚前交渉は戒律違反ではない。

 やりまくっても、ちゃんと相手を嫁さんにすれば問題なしなのだ。

 そもそも、俺とマリアちゃんがやっているのは「産めよ増やせよ世に満ちよ」のための行為なのである。

 全然、主の教えに反してないのだ。ただ、後始末はキレイにしないと、主は怒るのだ。

 どうも主は「汁系」のものが大嫌いならしい。


「イエス先生、この女は、姦淫の罪を犯しているところを捕まりました」

「え~え、んで、どーすんの? 俺、これから説法したいんだけどぉぉ」


 耳をほじって、指についた耳クソをふっと吹き飛ばして俺は言った。

 だいたい「姦淫」といっても俺の母親よりすげぇのはいねーだろ?

 弟妹の父親は多分全部違うし、ナザレ村の男たちの多くは母親の穴兄弟のような感じだから、告発すらできねぇ。

 しかも上がってからも、孕むという恐るべき女だ。


 まあ、主に孕まされて、俺を生んだのは本当なのかもしれんが……

 俺たちユダヤの神は、基準がブレるし、自分にアマアマなので、これは仕方ないのだ。

 それが、俺たちの神なのだ。


「さあ、イエス先生、石を投げましょう! この女は姦淫したので、石投げの刑ですよ。戒律にも書いてありますよ!」

 

 そう言って、いやらしい声を出す男が、俺に石をさし出した。

 石をさし出されたのは2回目だ。

 以前、サタンにパンだと思って、石を食えと言われたことを思い出した。

 クソ、ムカつく。死ねと思った。


「うるせぇぇ!! なげねぇよ! バーカ」

「なんですか! なぜです! 戒律違反の姦淫ですよ」


 オマエな、この女が何をしたかしらねーが、俺の母親に比べたら屁みたいなもんだろ?

 この女に石をぶつけるなら、まず俺の母親にガンガン石をぶつけるわ! マジで。


「お前らがやりゃいいだろ! オマエラがぁぁ!」

「ほう―― では私が投げましょうか…… 私の投げる石は140キロを超えますけどね」

「ふーん……」

「まあ、石を投げるなら、最低でも3種類の球種と、制球力(ロケーション)。140キロ以上の球威(ベロシティ)は欲しいですからなぁ。先生は自信がないんでしょうなぁ!」


 ドヤ顔で男が言った。アホウか。


 石を持った男が大きく振りかぶった、すっと脚をあげる。

 軸足がぶれない体幹が鍛えられた投球フォームだ。

 石投げのプロなんじゃないかと俺は思った。


「オマエがなんの罪を犯してないなら、投げろよ。絶対に罪がないと信じられるなら、女にぶつけてみろや」


 俺は言った。男が途中で投球モーションを止めた。


「ボークだぁ! ボーク! ボーク!」


 群衆から声が上がる。

 男はガックリと肩を落とす。もう、140キロオーバーの石を投げる気がなくなったようだった。


「ほら、どうしたんだい? 投げろよ。いいんだぜ、罪がないと思う奴は投げろ。カーブでもスライダでもスプリットでもなんでもいい――」

 

 俺は言った。

 しかし、誰も石を投げなかった。


「いや、ちょっと最近、肘に違和感が……」

「内転筋を痛めているんで……」

「肩の調子があまりよくないんで……」


 女を連れてきた奴らが、いい訳をブツブツとほざくのだった。

 で、結局石を投げる奴はいなかった。

 ぞろぞろと、帰って行った。


 女は身を固くして神殿の階段でうずくまっていた。

 頭を抱え、身を守っているのだろうか。


「おい、女―― 行け。もう、誰もお前に石を投げねぇよ」


 俺の言葉に、うずくまっていた女が顔をあげた。

 ゆっくりと顔をあげ、周囲を見やった。

 誰も女に石を投げようとはしてない。


「は、はい…… いったい……」

 

 顔は涙でグズグズだ。

 なぜか、ナザレに残した母親と面影が重なる。クソだ――


「姦淫したのか?」

「……はい。でも、子どもがいて、食べる者が……」

「やるな。姦淫はよぉ。子どものことを思ってやるんじゃねぇ。絶対にだ――」


 俺は女に言った。俺の言葉に女はその場に泣き崩れたのだった。

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