第30話:全部神のものだ! 呪うぞ、クソが!

 とりあえずエルサレムに着いた。

 俺にとってはサタンに飛ばされてやってきたとき以来か。

 そのときの神殿の前に俺たちは立っているわけだ。俺と弟子たちだ。


 田舎では目立った俺たちだが、エルサレム神殿の前では小集団だ。

 まあ、弟子も中心メンバーだけになっているからだろう。

 

「でかい神殿ですぜ…… イエス先生」

「ああ、そうだな。キョロキョロするなペドロ」

「あ、すいやせん」


 しかし、元漁師のペドロがキョロキョロするのも分かる。

 陽光の下で白く輝く石造りの神殿。

 太い柱が等間隔でびっちりと並んでいる。

 荘厳という言葉をそのまま、建物にしたら、こんな感じっていう存在だ。


 それに、ユダヤ中から人が集まっているんじゃないかという感じなのだ。

 凄まじい人の数だ。

 この人間たちは全て神殿に向かっているのだ。

 己の救いのためにだ。まやかしの救いだ。


「すげぇ、人混みだぜ…… 見たことねェ」

「ここにモーゼの契約の箱ってのがあるんだろ」

「確かそうだな…… 奥の方にあると聞いたが」

「すげぇよ。こんなデカイ建物初めて見た……」

「ピカピカに光っているぜ。すげぇなぁ」

「ハラ減った。お兄ちゃん」


 弟子たちが田舎者丸出しの会話している。

 神殿は確かに荘厳だ。

 よく考えてみたら、一度来たことがあるといっても神殿の屋上でサタンとバトルしただけだった。

 そういえば、最近アイツも出てこない。どーしてんだろ?


 なんだかんだいっても、エルサレム二度目の俺は落ちついている。他には……

 マリアちゃんとユダが平然としているくらいだった。


 まあ、元大工として「建造物」神殿のことを技術的に言わせてもらえれば……

 こんなの造る仕事とか「大変だなぁ」とか「人工(にんく)がどれくらいかかったのかなぁ」とか「この仕事受けたらいくらかなぁ」とかそんな感じ。

 大工と言っても底辺の単純作業専門だったわけだけど。


 神殿の階段では、供物を売る業者や、両替商人が出店している。

 祈りをささげるにも、金がかかるのである。アホウな話だ。

 

「おら、オマエら、ここで先生が説法するぞぉ! 場所作れ! 屑どもをどかせ!」


 ペドロの声で、俺の弟子たちが神殿にやってきた人たちを押し退け、空間を造り上げる。

 参拝客にローキックを叩きこむ弟子もいた。中々鋭い蹴りだが、俺程じゃない。


 ザワザワと人ごみの中から声が上がる。


「なんだ? このチンピラゴロツキどもは?」

「イエス? なんだそいつ?」

「ああ、聞いたことあるぜ、なんでも悪魔と対決して勝ったらしいぜ」

「そうだ! 知ってる。ローマ人に殺された子どもを生き返らせたって話を聞いたぞ」

「ウソだろ? ペテン師か?」

「そうとも言えないらしい…… どうも、本物じゃないかって話もあるが……」

「メシアか? まさか……」

「分からんが、しかし、なんちゅーか、貧乏くさい感じの奴らだ」


 勝手に俺たちのことを話す。

 中には俺の奇蹟のことを知っている者もいるようだった。


 しかし、俺の真の伝説――

 人類救済計画は、ここエルサレムで本格稼働するのである。マジで、こいつらも救わねばらぬのだ。

 あまり気が進まないのだが。


「おどりゃぁぁぁ!!! 聞かんかい!! 俺の説法を聞くんだぁぁぁ! オマエラ全員、救われなくていいいのかぁぁ!! 救われたいものは聞くはずだぁぁあ!」


 ビリビリと響く俺の絶叫。群衆のざわめきがピタッと止まる。まるで時間までその動きを止めたかのような感じ。さすが俺だ。


「オマエら、悔い改めてるか? いいかぁ! もうな、審判の日は近いんだぁ! 神の国がやってくるぅぅぅぅ!! 来るぞ! 来るぞ! 来るぞ! 焼かれるぞぉぉぉ! 行くか? 行くか? 行くか? 神の国ぃぃぃ! 救う! 救う! 救う! 俺は救うぞ! 俺はイエスだぁぁ! 救われたいなら、聞け、俺の話を聞くんだぁぁぁ!」


 そして俺は説法をシャウトするのだった。

 神殿に向かう人の波が止まり、そこに俺の救いのための言葉が響くのであった。


        ◇◇◇◇◇◇


 俺のエルサレムでの活動が始まった。

 説法は好調だ。いや、絶好調と言っていい。

 俺の名は聖地・エルサレムでも広く知られつつある。

 俺の説法を聞きにくる常連も増えてきた。


 ただ、予想通りというか、パリサイ派の律法学者がいちゃもんをつけてくる。

 これは、まあ今まで通り。だいたい、俺の鋭い説法のシャウトで逃げていくのだ。ザマァなのだ。

 既存の知識にしがみ付き、神ではなく、己が無謬性だけをかたくなに信じるスノッブなど俺の敵ではない。


 でもってだ、サドカイ派の司祭連中も、いちゃもんをつけ始めてきた。

 ここはコイツらの本拠地だから数も多い。

 神殿に巣食い、ユダヤの民を食い物にし、ローマに媚びへつらう屑どもだ。

 こいつらに比べれば、まだパリサイ派の中にはマシな奴がいる。


「イエス! オマエは悪魔つきだろう! この邪悪な存在が!」

「アホウか! 俺はサタンをぶっ倒してんだよ。ローキック連発で! お前にもサタンを葬った神罰の連撃を食らわしたろか!!」

「じゃあ、オマエは何者なんだよ! え? ガラリアの田舎者が!」

「うるせぇ! 俺が何者かは、オマエに聞かれる筋合いじゃねぇんだよ。審判の日には焼かれるぞ永遠に! マジで呪うぞ!」


 そして、今も何派なんだか、よく分からん奴が俺に絡んでくる。

 多分、サドカイ派だと思う。


 こういう糞は本当に今すぐにでも神罰を喰らわせたい。呪いたい。

 俺が呪うと、死ぬよ? いいの。マジで。

 イチジクだって、枯れるんだぜ。


「こいつは、悪魔だ! 救世主(メシア)なわけがない! ガリラヤから救世主は出ない! ベツレヘムに生まれるんだ!」


 ああ、そんな預言を残した奴もいたなぁと俺は思った。

 ダビデの子孫でベツレヘムから来るってやつかい?

 しらねーよ。実際に俺は俺で、ガリラヤの寒村、ナザレ出身なんだからな。

 だから、どーしたって感じだ。


「俺は俺なんだよ。じゃあ、テメェはなんだ? え? 司祭のスパイかい?」

「そんなことを言う必要はない……」

「自分が何者かも知らねェやつが、他人が何者か分かる訳ねーだろうが、アホウが! 死ね! 呪われろ。マジで。クソが!」


 そして、言葉に詰まって逃げていくアホウ。

 自然と群衆から「メシア・コール」がまき起きる。


「まあ、いいか…… 今日はここで終わりに――」


 俺が帰ろうとしたときだった。

 群衆をかき分け、スッと前にでてきた男たちがいた。

 なんだコイツらと、俺は背中越しに視線を送る。その視線を平然と受け止める。

 何者なのか、ちょっと判然としない。


 そして、男のひとりが口を開いた。


「#先生__ラビ__#―― お尋ねしたいことがございます」


 丁寧な言葉であるが、逆にそれが#慇懃__いんぎん__#な感じをかもしだす。


 パターン青。

 敵だ――

 素早く、目の前の連中を敵と認定する俺。

 俺の研ぎ澄まされた感性は、それを可能としていた。


「なんだい? 何を聞きたい?」


 俺は振り向いて言った。弟子たちが俺の緊張を察したのか、すっと距離を詰める。

 下手すりゃ刺客の可能性もあるのだ。ここで、ブスリとやられてもおかしくない。


「税です。人頭税のことです――」


 男が俺に促され、言葉を続けた。相変わらず、丁寧な言葉だ。


「税」

「そうです。人頭税です」


 人頭税――

 つまりユダヤの民が、ローマに納める税だ。

 ユダヤはローマに支配されている。税も搾り取られている。

 

「ん? なんだ? 節税対策か? それなら、俺じゃなくて税理士のとこで聞け」

「違います。そもそも、自分を神と称するローマ皇帝に人頭税を払うことは、ユダヤ人としてどうかと言う話なのです」

「ああん? なにが言いたい」


 そもそも、俺は貧乏すぎて、税金を払った記憶がなねーよ。

 俺の生まれたナザレみたいな貧民窟では、税金を払ってそうな奴がいそうになかった。

 つまり、住民票すらないド貧民だ。

 

「律法ですよ。神でもないものに、税を納めるのは、律法違反ではないですか? 払っていいのですか、悪いのですか? どちらですか」


 すっと俺の耳元にユダが口をよせた。

 なんだコイツ! やっぱ、アレなのか? あっちの趣味か!


「先生、罠です…… 払うなといえば、ローマへの反逆。払えと言えば律法違反と―― ここは無視して……」


 ユダの吐息が耳元にかかる。気持ち悪い。


「アホウかぁぁぁ!! てめぇ!! クソ! 死ね! 呪うぞ!」


 俺の絶叫に、質問してきた男が後ずさる。


「ど…… どっちななのですか? 先生なら、真実だけを口にする先生なら――」


 俺に下らねェ質問に答えろという男。クソだ。パリサイ派かサドカイ派か分からんがクソだ。

 

「下らねェこと聞きやがって、皇帝が税が欲しいってなら、皇帝にやりゃいいだろ。銭見せてみろ! おらぁ!」


 男は、恐る恐るデナリ硬貨を取り出す。それはローマ製だ。ローマ人のものだろ?


「これ誰だよ?」


 高価を手にして俺は言った。


「ローマ皇帝ですが…… それが……」


 くそが、ここまで言って分からぬのか?


「ローマ人の皇帝が造ったものなど、叩きかえせ! こっちは神だ! 神がいるんだよ。いいか、それを内包し全ての物は神のモノだろうがぁ! アホウが! その世界でユダヤの民は神と契約した。それだけだ!」


 ローマ人の皇帝だろうがなんだろうが、所詮は人なのだ。

 その中でなにが税がどうとか細かいことぬかしやがって。

 こっちは、そんなもんすら払ったことねェド貧民だったんだよ。


「全ては神だ。全部神。この世界は神の創りしモノなのだろうがぁぁ!! 神のものは神のものなんだよ。じゃあなにが神のものなのか、オマエラ考えろよ! ここまで言えば分かるだろ、アホウがぁぁ!」


 俺の渾身のシャウトで、男たちが黙る。石造のように固まってしまった。

 そして、動き出すとゆっくりと顔を見合わせ、トボトボと帰っていく。

 なんだいったい? 下らねェ。


「イエス先生…… アナタはいったい――」


 ユダが俺を見てつぶやくように言った。

 俺にはその趣味は無い。つーか、それは戒律違反だ。ユダヤ的にも。俺的にも。

 俺はユダを見ながら思った。

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