第22話:宴じゃ!! 徴税人の家で宴

 朝。まどろみの中で俺は、マリアの乱れた金髪を撫でていた。


「ハ・オラム・ハブ・バ。オ・オラム・ハズ・ゼ――」

 

 彼女の声だった。マグダラのマリアだ。


「え? 孕む? 孕んだの? マジ」


 聞き返す俺。寝ぼけた頭が冷めた。マジで。えーいくら何でもは早くね?

 計算しようとしたが、俺はそんな計算できないのに気付いた。


「なにいってんの? ハ・オラム・ハブ・バ。オ・オラム・ハズ・ゼ―― 『来たるべき世界と、今の世界』って言ったのよ」


「なんだぁ……」


 ホッとする俺。


「ヘブライ語よ」

「俺、アラム語しかわかんねーからね」


 マリアは夜伽の技だけではなく、一般的な教養まで身に着けている。

 ギリシャ語も話すことができるようだ。なんというか、インテリ?

 そんなインテリ女を自由にできる俺は、やっぱすごいなと帰結するのである。

 

「でも、なんでそんなこと言うの?」


「特に意味はないけど―― アナタが、どんな世界を創るのかと思って」


「俺が?」


「そう。アナタが」


 碧い瞳が俺を見つめる。金糸のような髪はまだ乱れ、頬にかかっている。

 よく分からん。

 つーか「神の国」が来るんであって、俺が世界をどうこうして変えるわけではないのだ。

 それは主がやるのであって、俺は主のなに? 手駒? 手下? 下僕? そんな感じなんだけど。


 でも、その主とは最近通信ができていない。

 電波状態が悪いのか、先方が忙しいのかよく分からんのだが。


「メシア――」


「飯は? お腹すいたの?」


「メシア、救世主、キリストよ! どんな耳してるのよ!」


「あー、メシアにキリストね。救世主ね。まあ、俺がそうだっていうなら、そうかもしれん」


「きっとそうよ」


 マリアちゃんの機嫌が直る。俺にすっと身を寄せてくる。

 かわいいし美人で、おっぱい大きいので嬉しい。


 しかし、マリアちゃんを怒らせるのは今の俺にとって一番避けたいことだ。

 マグダラのマリアは、今やもう俺にとっては欠かせぬ存在なのだ。


 俺の肉の一部であり、俺の愛人ちゅーか、嫁にすべき存在。

 なんだろうなぁ。ただ、もう彼女無しでは生きていけない。

 もし彼女を失ったら、割礼された俺の友が悲しんで天に召されてしまうだろう。マジで。


「あなたは、世界を救うんでしょ」

「うん、救う。バンバン救おうと思う。頑張って」


 そうなのだ。

 俺は、人民を悔い改めさせて、神の国に入れるようにしてあげないといかんのである。

 裁きの日は来るのだ。多分来る。


 そのときは、死人も復活して裁かれるのである。

 神の国に行けないアホウどもは、永遠の炎で焼かれ続ける。

 永遠に焼かれる。強火で。ウェルダンになっても死なない。

 

 炎の中で永遠に苦しむのである。ひひひひひひ。楽しいなぁ。


 で、神の国の人々日はそれを見ながら暮らすという素晴らしい世界だ。


 焼かれる罪人の絶叫で彩られた楽園―― 来たるべき神の国のおおよそのイメージだ。


 この世の中、焼かれて裁かれるアホウどもばかりである。

 しかし、悔い改めれば、救われる可能性がないではない。

 

 たとえ、その可能性が1%であろうとも、それにかけるのが、救いを求める者の正しい道であろう。

 それを、啓蒙してやるのが、俺の使命なのである。とにかく悔い改めろと。

 それこそが主の進める『人類救済計画』の根幹であろうと思う。


「よしっしゃ! 今日も、バンバンやるぜ! 俺の説法でしこたま悔い改めさせたるわい!」


 俺は立ち上がって叫ぶのであった。


        ◇◇◇◇◇◇


 俺は弟子たちをつれて、街を練り歩く。堂々とだ。

 すれ違う人が道を空ける。まるで、モーゼか? 俺は。ははは、愉快。

 今や、人気絶頂の預言者なので、仕方ないのである。


 あれ?


「なんか焦げ臭くね?」


 俺の言葉に、弟子のペドロが頷く。


「あー、火事があったみたいっすね。先生。ヤバいっすよ。火つけじゃねーですか。最近物騒ですからね」

 シモンぽく「ファイヤー、ファイヤー」とか言い出すかと思ったが、さすがにマイナーすぎるので無かった。


「ローマの支配に対する不満を持つ者は多いですから」


 ユダが思案気に言った。


「そりゃそうだろうよ」


 ガリラヤは豊かなのだ。本来であればだ。しかし、ローマの支配がこの地を歪めているのだ。

 多くの富がローマに税として流れ込む。でもって、保身を図るユダヤの祭司階級はそれにすり寄り甘い汁を吸う。

 クソのように理屈っぽくなって、現実を見ないのが律法学者だ。


「借金の形に土地を奪われ、浮浪民となる者も多くなっていますから」


「そんなこと、言わんでもわかるわ。俺の弟子はそんなのばっかじゃねーか。乞食の群れだぞ、マジで」


 俺の弟子は貧乏人が多い。でもいい。つーかだな、社会的構造の歪みゆえに貧困に落ちていくものは救わねばならんのではないか?

 それが、俺にとっての「人類救済計画」ではないかと思ったりしている。

 つーか、ムカつく。金持ちや、司祭、権力階級がムカつくのだ。呪いたい。


「一部は、山賊の類になって、火つけ盗賊のなどもしますから。物騒になってきました。まさに、預言成就の日は近いのではないかと――」


「ああ? ユダ、おめぇ、いつから預言者になったの? なにそれ? 俺よりエラそうなんだけど」


 ユダは使える。頭もいい。インテリだ。

 しかし、俺より目だったり、俺より賢そうなことを言ってはいけない。弟子だから。


「生意気なこと言っている弟子は、破門すればいいわ」


「そーだねぇ、マリアちゃん。ちょっとインテリだからって、偉そうなこと言っちゃだめだよねぇ。マジで」


 マリアはちょっと離れて歩いている。

 本当は、近づいて歩きたい。しかし、古代ユダヤ社会では女性の地位が低いのでそうはいかないのである。


 ユダは苦笑いしている。

 怒る様子はない。なんとも、よー分からんやつだ。


 で、歩いていくと、丸焼けの建物があった。

 夜中に焼けたのか? くそ、もっと近くなら見物したのに……

 古代ユダヤ社会でも、他人の火事を見たりするのは、意外に楽しい娯楽なのである。


 で、その前にアホウのように呆然と男が座りこんでいた。

 普段からあんな顔であれば、間違いなくアホウあろう。

 そうではなく、火事のショックで呆けているように見えた。俺は善意を持って解釈してあげた。


「なんだ、徴税人のマタイじゃねーか」


 弟子のペドロが言った。税金を徴収する役人だ。

 まあ、嫌われ者の職業といっていいだろう。


 焼けたのは徴税役場。

 見物人が集まっていた。

 焼けちまった役場をクスクスと笑いながら見ている者が多い。

 

「よう、税金どうするんだ? ローマ様に納める金はどうなんだい? ぎゃははは」


 火事場見物をしていた男のひとりが言った。


「人から金を奪ってよぉぉ、天罰だぜ」

「あーあ、こりゃ、ヤバいだろ? ローマも黙ってませんなぁ」


 マタイは焼け焦げた廃材の上に座りこんだ。

 でもって、下を向いて、ひとり〇×を始めた。

 もはや、現実逃避の世界に入っていたのだった。


「死ねバーカ!」

「徴税役人なんか屑なんだよ!」

「どんな気分? ねえ、今どんな気分?」

「気の毒すぎてぇぇぇ、とても笑えないんだけどぉぉwwww」

「大変だねw マジでwww 本当に大変だぁぁ」

「いい加減氏ねよゴミクズ、いっしょに燃えればよっかったんじゃね?」

「徴税役人は燃えないゴミだろw」


 群衆の嘲笑というか罵倒だ。

 俺は頭に来たのである。つーか、こう衆愚がよってたかってひとりをいたぶるのが許せん。

 徴税職人? 関係ねーよ。マジで。こいう数を頼みにした屑どもは呪いたい。

 

「なんか、ムカつきますね、先生」


 気性は荒いが、一本気なとこのあるペドロが言った。

 さすが、俺の弟子である。


「おら、どかんかい!」


 俺は群衆をかき分け前に出た。

 ひとり〇×をしていたマタイが顔を上げた。

 虚ろな顔だ。


「マタイさんよ」

「はぁ……」

「俺は、ナザレのイエスっていう預言者だけどな。知ってるか? 有名だぜ」

「ああ、名前は…… 聞いたことあります」

「よっしゃ、その有名な俺がだ。オマエの家で飯を食ってやる。弟子も一緒だ」

「え!」


 どんよりしていたマタイの顔色が変わった。

 これは、なぜかというとだ。

 俺のようにエライ人間を自宅に招いて食事をさせるというのは、それは立派な行いであるからだ。

 徴税人のように「汚らわしい」と言われる職業の者には縁のない話しである。


 しかし、俺は行くのだ。このマタイの家で飯を食うのだ。

 それもたくさん食べてやろうと思う。


「宴会開いて、食べ放題だ。いいか、今すぐにだ」


「は、はい!」


 ナザレのイエスを家に招いて食事が出来るという喜びで、火事のショックから立ち直るマタイ。

 

「よっしゃぁ!! 宴じゃぁぁ! 今から宴じゃぁぁぁ!」


 俺の叫びに、悪態をついていた群衆どもは黙りこむのであった。


 というわけで、俺たちは徴税人・マタイの家で宴をするのである。

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