第21話:帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 律法学者はすぐ帰れ!
「神の国は己の肉の内にあるのかもしれんなぁ~」
昨日とは変わった俺。
すごいね、人体だ。
人の身体があのような感覚を生み出すなど、30年間考えもしなかった。
生まれ変わったような気分だ。
クソのような世界が素晴らしく見えるような気がする。
目に見える全ての物が、神からのメッセージを含んでいるように見える。
今なら己の敵ですら、隣人のように愛せそうな気分。ルンルンって感じ。
「んん~ イエス…… 素敵……」
俺の隣で寝ているマリアが言った。寝言だ。
彼女は、寝返りをうった。乱れた金色の髪が白い肌にかかっている。
透き通るような肌。
俺はその温度も手触りも柔らかさも知っている。
さすが俺だった。神の子だった。
30年間保持した童貞と言う呪縛。
よって、俺は、この手のことには、不安があった。
「プッ、下手ね」とか「もう? 早すぎじゃない」とか言われたら再起不能かもしれないという恐れはあった。
しかし、そんなことは無かった。最高だった。
やはり俺には癒しのパワーがあるせいだろうか?
人々を神の国に連れていく使命があるためだろうか?
マリアを何度も神の国に昇天させた。俺もだけど。
とにかく、マリアが俺にぞっこんになってしまったに違いない。絶対にだ。
もはや、マグダラのマリアは俺無しでは生きていけない魂と肉体を持ったに違いない。
俺は、金色のマリアの髪の毛を撫でて立ち上がった。
彼女は疲れているだろうから、寝かしてあげようと思った。
いや、思いあがってはいけないのではないか。
童貞の俺が素晴らしい体験をできたのは、彼女のおかげなのかもしれない。
この、金持ちにあらゆる夜伽の技を叩きこまれた美少女。
その存在は、もはや聖なる存在といっていいのではないか? 聖女である。マジで。
(あれは、男と女の聖なる契約ではないのか――)
そんなことを考えながら俺は、昨夜のことを脳裏で反芻するのであった。
もう絶対に、マリアを手放さないし、手放せないと思った。
「さぁ、今日もどんどん説法して、どんどん治癒させるぞぉぉぉ!」
俺は気持ちを切り替え、気合いを入れた。
俺はやる。このガリラヤだけではなく、全てを救う。
神の「人類救済計画」の詳細はよく分からんが、今のところ、神の予告通りに物事は進んでいるように思う。
ということは、これからも、俺の思うままに行動することが、神の意志に従うことになるのではなかろうか。
俺は、そんな風に思うわけだ。もはや、俺のテンションは最高潮だ。
◇◇◇◇◇◇
俺は弟子たちをつれ、街宣活動を行うべくゾロゾロ歩く。
元漁師とかチンピラとかゴロツキのような輩もいる。
でも俺の弟子なのである。
で、場所を決めたら説法開始だ。
「おおおーー!! オマエら救われたいかぁ!」
「おお!!」
「神の国に行きたいかぁぁ!!」
「おお!!」
「どんなことをしても、神の国へ行きたいかぁぁ!!」
「おお!!」
「最後の審判は怖くないかーぁぁッ!!!」
「おお!!」
「いいかぁ! 神の国に行くには、知力も体力も時の運も関係ねーんだよぉぉ! とにかく、悔い改めろ! いいか、神との対話である祈りを欠かすな! 貧乏? 上等じゃねぇか! 金なんか神の国には持っていけねーよ! アホウだっていいんだよ。アホウでダメなやつほど神は救いたいんだ。いいか? 愛だよ! 愛だぁぁ! もうなぁ、俺は愛が一番だと思うんだよ。マジで。いいよ、愛は。気もちいいし。だから、神の国は人の肉の内にあって、こう、ドピュドピュ出てくるかもしれない。分からない。でも、来そうだなぁって、がまんしていると、すごく気持ちいし、知っている? だから、神の国も『来るかなぁ』、『あああ、来る」『来るぅぅ』って思っているとこで、我慢するといいかもしれない。そして、人の穢れとか原罪とか浄化されるんじゃないかなと思う。マジで。本当に、すごいね、人体。あああ、裁きの時よ、神の国よそれは、来るんだぁぁぁ! イエーイ!!」
俺が説法すると、人だかりである。
群衆といっていい。
「イエス様! 治療を! おねがいします! 治療をぉぉぉ!」
説法が終わると、治療の時間である。
俺は、どんな病気でも治す。あはははははは! すごいぞ神の奇蹟のチート。
「イエス先生…… これは……」
ユダが息を飲んだ。いつもは冷静な男なのに。
「あ~あ、ひでぇなこれは、どうなってんだ? いいのか、出て歩いてよぉぉ」
それは、酷い皮膚病だった。基本的に、主は病気の中でも皮膚病が大嫌いなのである。
で、皮膚病を発症させるもの、主の力なのであるが……
とにかく、皮膚病の人間は出歩くのを禁止されている。
しかしだ、こういう虐げられた人間を救うのは俺的には使命だと思うのだ。
「人類救済計画」の一環である可能性があるのだ。
「よっしゃ! 治したる! 穢れなど落としてやるわ! 任せろぉぉ!」
俺が皮膚病患者に手を伸ばしたときだった。
「おい、またんかい! インチキ呪い師! 舐めたことやってんじゃねぇぞ!」
声を荒げながら、数人の男がやって来た。
律法学者だ。
律法の研究ばかりをやっている、クソ外道である。
ユダヤ教の中で司祭階級となっているのがサドカイ派という上流階級だ。
で、律法学者というのは、主にパリサイ派とかファリサイ派と呼ばれている。
言ってみれば、プチブルの小市民である。己を知的と勘違いしたスノッブであろう。
「おんどりゃぁぁ! 神以外に穢れを落せるモンがおるかぁ! このドアホウがぁ!」
ズカズカと俺のファンをかき分け接近してくる。
どいつもこいつも、チンピラゴロツキのような顔である。
まあ、その点では俺の弟子たちも負けないのであるが。
「なんだ? オマエら? え~ぇ、俺らのイエス先生に文句でもあるちゅーんかい、ワレぇぇ~!」
ペドロが言った。
その言葉から電流、火花が体を走りそうな勢いだ。シモンにチェンジする気か?
またしても、特に意味のない思いが俺の脳裏を駆け巡る。
チェンジしてもどうにもならないんだけど。
ヌッとアンデレが立ち上がった。2メートル30センチ、250キロの巨体。
見た目は兇悪だが、性格は温厚。いつもお腹を空かしている可愛いい弟子だ。
「先生、バカにする。殺す――」
感情がごそっと抜け落ちたような声音でアンデレが言った。
いいのかい? このアンデレが暴れ出したらタダじゃすまねぇんだぞ。
律法学者たちは、すっと後ろに下がった。
「とっくに、この命は捨ててんじゃぁ! イエス先生の教えを守るためになぁ!」
ペドロもすごむ。このハゲは気性が荒いのだ。
「テメェら…… 吐いた唾、飲むんじゃねぇぞぉ。なにが、イエス様の教えじゃぁ。このカルト集団どもがぁ!」
その言葉に俺もちょっとムカッときた。
なにそれ? 俺は神の子だよ。カルトとかなにそれ?
ふと、見ると争いに巻き込まれた皮膚病の貧乏人がガクガク震えていた。
俺は、ポンとそいつを足で蹴った。軽く。
あっという間に皮膚病が治る。
「どうじゃぁぁ! 俺がやれば、皮膚病だって治るんじゃぁぁ! 見ろ! 治っとるだろうがぁ! ボケガァ!」
俺は言った。皮膚病などを治すのは、一瞬なのである。クソが。
「この、ペテン師がぁ! 魔術でごまかしただけだろうがぁ! てめぇ、こんなの律法に書いてねーんだよ!」
律法学者が己の浅薄な知識をひけらかす。
「表層的に治ったことと、穢れが落ちたことを同一視するとか、低学歴プギャ――wwwwww」
俺を指さす、律法学者。
なんというかだな。俺の朝感じた清々しい気持ちが吹っ飛ぶのである。
やはり、この世界は、クソだらけであり、早く神の裁きが必要だなと強く思ったのだった。
このような、ローマ支配の体制から目をそむけ、いや、確実ににこびへつらい、弱者を律法という権威を持って縛る輩は許せん。
呪いたい。呪いたい。くそ。死ね。審判の前に殺したろか? マジで。
「いいのですか? ここで大きな騒ぎを起こせば、ローマ兵士も黙っていないと思いますが……」
ユダだった。ユダが律法学者に対し言ったのだった。
そしたら、いきなり顔色が変わった。
「てめぇ、ユダ、ローマは関係ねーんじゃぁぁ! ローマだろうと、なんだろうと、俺に舐めたこと言いやがる糞には思い知らせてやるんじゃぁぁぁ!!」
俺は叫んだ。ガンを飛ばす。思い切り。
「いいか、律法はオマエらの権威を守るためにあるんじゃねーよ! ユダヤの人民のためにあるんじゃぁぁ! ひっこんどれ! この堕落した知識階層の屑どもがぁ!」
俺の絶叫呼応するかのように「おおおおお!!」と言う叫びが起きた。
群衆の熱気が圧力となり、刃となる。
急に律法学者たちが、オロオロしだした。所詮は、己の保身を第一に考える凡俗である。
「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 律法学者はすぐ帰れ!」
帰れコールが響く中、律法学者はすごすごと去っていった。
俺、ナザレのイエスの完全勝利であった。
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