第20話:愛があれば姦淫じゃないんだ!

「誰だ? 誰だ? 誰だあぁ、先生の隣の白い美女ぉぉ~」


 ペドロがシモンみたいな感じで言った。

 こいつは、ペドロなのにときどきシモンっぽい話し方をする。元シモンだからか?

 これは、マグダラのマリアを連れて出てきたときに言った言葉だ。


「マグダラのマリアだよ」


 俺は言った。周囲は固まる。空気が凝結。

 全員の視線がマグダラのマリアに集まっているのが分かる。

 ただの美女というだけではなく、空間に磁場を生じさせるような存在感があるのだ。

 で、男たちの視線が吸い寄せられるのだ。


「お前ら、欲情した目でジロジロ見るのは、姦淫したのと同じだからな! 右目くり抜くぞ! マジで!」

 

 ここにいる男で、いつも通りあるがままの視線を送っているのは、ユダぐらいなものだった。

 特にここの館の持ち主の弟だった奴等、完全に発情してやがる。


「妬いているの? イエス……」


 俺にギュッと抱き着いてくるマグダラのマリア。

 その柔らかい肉はなんですか? もしかして「おっぱい」という存在ですか?

 柔らかさと体温が染み込んできそう。30歳童貞の俺には断食以上の試練。


「イエス先生! そいつは、兄の所有物だった。ということは、俺の……」


 男の声が徐々に小さくなっていく。マグダラのマリアがその男を見つめていたのだ。

 心が引きずりこまれそうになるような深い碧い瞳。ジッとその眼が男を見ていた。


「……いえ…… いいんですけどね。館が無事なら…… ちょっと穴開いちゃいましたけど」


 男はシオシオになってしまった。

 そんな、男にツカツカと近づくマリア。

「え?」って感じで男がビビっている。


「この館は、私の物だろう? 違うのか、このブタ――」


 ガクガクと震え跪(ひざまず)く金持ち野郎。

 いや、むしろ震えというより痙攣だ。なんか前かがみになっている。


「あ、あ、あ、あ、あ…… ちょっとぉ…… まっ……」


 右手を伸ばす男。マリアがその手を取った。その瞬間だった――


 ペキッ。

「あがぁぁぁ!!」


 枯れ枝を折るような乾いた音と悲鳴が交差した。

 男の指があり得ない方向に曲がっていた。

 一瞬で、マリアが指をへし折ったのだ。

 

 悲鳴を上げていた男は、呆けた顔で涎を垂らし、ガクガクと痙攣した。

 でもって、前のめりに倒れた。


「弱い…… もう少し強ければ飼ってもよかったのに」


 なに? 飼う? 飼うってなに? マリアちゃん。

 眼前に展開された光景は、俺の想像を超えていた。


「アナタ…… 確か使用人だったわね?」


 マリアが言った。俺たちをここまで案内した男を見つめる。

 

「はい。そうですが」

「ここの館を処分したら、そのお金は全てこの方に喜捨しなさい。ナザレのイエス様に」


 凛とした声でマグダラのマリアが言った。

 威厳すら感じさせる言葉だ。なんか俺の存在が霞(かす)みそうなんだけど。

 男は了解の意志を示す。金持ちの弟は「アウアウ」言ってヨダレたれているだけ。


「ほう…… これは、捨て値でもかなりの金額になるでしょうね」


「ふーん。アナタは?」


「はい。イエス先生の弟子で、イスカリオテのユダと申します。まだ末席の者にすぎません」


 マグダラのマリアは値踏みするようにユダを見た。

 ユダは男を腰砕けにするマリアの視線を真正面から受けた。平然とだ。

 やばい…… こいつ…… 禁忌の存在か? 一瞬そんなことが頭をよぎる。

 このマリアちゃんを見て平然としているとか……


「なあ、ユダ」

「なんでしょうか? 先生」

「オマエさぁ、もしかして、男の方に興味があるとかないよな……」


 ユダヤ教おいて、ホモは大罪である。

 ぶち殺される。神に呪われる存在だ。


「ははは、そんなことあるわけないじゃないですか」


 明るく言ったユダ。歯がキラっと光る。

 まあ、聞いたところでカミングアウトするやつなどいないのだ。

 今後、コイツは要警戒だ。俺の菊門を狙って弟子になったのやもしれぬ。


「先生ぇ~ そのナカダラのマリア連れていくんですか?」


 ペドロよ『マグダラ』と『ナカダラ』じゃ『ダラ』しか合ってないよ。

 せめて『ダラダラ』くらいにしとけよ。マジで。俺が恥ずかしいわ。


「別嬪だぁぁ。ハラ減った……」


 性欲よりも食欲が勝ったアンデレだ。

 奇蹟の力がなかったらコイツの食費破産してしまう。

 230センチ、250キロの巨体だが、今のところなんの役に立っていない。

 

「イエス様、彼らも、弟子ですか?」


「ああ、一応俺の一番弟子のペドロ、時々シモンだけど。それに弟のアンデレ」


「そうですか」


 マグダラのマリアは、禿げとデカイ男と認識した以上の感情を全く見せず俺に言った。

 マグダラをナカダラと言われたことすら気にした様子はなかった。


「おい、行くぞ、ペドロ。悪魔祓いは済んだ。マグダラのマリアは、俺と共に行くのだよ」

 

 それを聞いて、キュッと俺に抱き着くマリアちゃん。おっぱいが薄い布越しに触れる。


「まあ、いいすっけどね。先生が言うなら……」


 ペドロはちょっと不満そうに言った。

 そして、俺たちは、マグダラを出てた。

 拠点としているカファルナウムの街に戻るのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


 灯明皿の明かりが揺れる。薄明りの中のマリアは…… あばば。煽情度がアップしている。

 やばい。エロすぎる。おっぱいでかい。キレイ可愛い。

 あ、あ、あ、あ、あ、あ……


 カファルナウムの街に戻って、俺たちは支援者の家にいるわけだ。

 で、部屋にはマリアと俺だけ。マジで。弟子はいない。


「どうしたのですか? イエス様」


 俺に以外に見せる刺すような強気な視線が影をひそめる。

 碧い瞳。揺れるようなまつ毛の影ができる。それだけ金色のまつ毛が長い。

 しなだれかかる俺に。やばい。底辺大工30年で童貞の俺には刺激が強すぎるのだ。

 細く柔らかな金髪が俺にハラハラと触れるのだ。


 だいたい、女のことなど何も知らんのだった。ヤバい。

 で、マリアちゃんはあれだよね。金持ちに愛妾として仕込まれた存在だよね。

 でも、味見の寸前に金持ち死んだってことは、処女だよね。

 処女なのに、とびきりの娼婦並みのテクもっているんだよね……


「汝姦淫するなかれ、汝姦淫するなかれ、汝姦淫するなかれ」


 ブツブツと言った。俺は。

 モーゼが受け取った十戒の中の一つ。

 出エジプト記の20章の14だ。


「どうしちゃったの、こんなに立派なのに」

「ああ、割礼しているから、敏感なんで、ちょっと……」


 これは姦淫なのか? どうなんだ?

 主に聞けばいいけど、主に聞いて『ダメ』とか直接言われたら、発狂しちゃうかもしれない。

 だから訊けない。


 冷静になれ俺。

 つまりだ。これから、俺とマリアがすることが、姦淫なのかどうかが問題なのである。

 

『もし人がまだ婚約しない処女を誘って、これと寝たならば、彼は必ずこれに花嫁料を払って、妻としなければならない』


 これ、モーゼの十戒な。出エジプト記の22章の16だ。

 つまり、婚前交渉を禁止しているわけではない。要するの嫁にするなら問題ないわけだよ。

 これをそのまま、理解すると、婚約者相手名なら、婚前交渉し放題ってことだ。


 さすがだ――

 さすが、産めよ増やせよ地に満ちよと言い切った主だ。


 しかも、どちらかといえば、誘われているの俺だし。

 

 結論。

 ここで、俺がマリアと色々いたしたして、俺が童貞でなくなっても、全然戒律違反じゃないということになる。

 OKだ。

 やること自体はOKだ。うん、大丈夫。


 しかし――

 実はだ。主は「もう一回、十戒あげるから、前の無し」って言って新しいの出している。

 これは、どうだった?

 確か「殺すな」「盗むな」無くなっただけだと思うんだけど。

 あとは、異教徒の女を姦淫するのはダメだ。このマリアは大丈夫。だって、俺の弟子だからね。


「よっしゃ!」


 となると、次はプレイ内容の禁止事項だ…… 

 童貞の俺には、これがよく分からない。単純に「産めよ増やせよ地に満ちよ」行為だけに限定されるのか?

 それ以外の気持ちいいことは姦淫になるのか?

 

「ぐ、ぎぎぎぎぎぎぎぎ」


 俺は歯を喰しばって考える。どうだった?

 

 俺はNG行為を思い浮かべる。

 獣姦はダメだ。死刑だ。確か…… う~ん……


 レビ記だ!! 


『男がもし女と寝て精を漏らすことがあれば、彼らは共に水に身をすすがなければならない。彼らは夕まで汚れるであろう』

 

 15章の18やな。

 漏らしてもいいが、洗わないといかん。うん、これはいい。

 あとは、生理中の女とやるのあかんのな。それは大丈夫だ。

 

 あとはなんだぁぁぁぁ。

 俺の限界に達しそうな脳に、戒律が蘇っていく。俺の死んだ人間のオヤジが言って聞かせてくれたおかげだ。

 感謝だ。オヤジ。


『あなたがたは、だれも、その肉親の者に近づいて、これを犯してはならない』

『あなたの母を犯してはならない』

『あなたの父の妻を犯してはならない』

『あなたの姉妹、すなわちあなたの父の娘にせよ、母の娘にせよ、家に生れたのと、よそに生れたのとを問わず、これを犯してはならない』

『あなたのむすこの娘、あるいは、あなたの娘の娘を犯してはならない』

『あなたの父の妻があなたの父によって産んだ娘は、あなたの姉妹であるから、これを犯してはならない』

『あなたの父の姉妹を犯してはならない』

『またあなたの母の姉妹を犯してはならない』

『あなたの父の兄弟の妻を犯し、父の兄弟をはずかしめてはならない』

『あなたの息子の嫁を犯してはならない』

『あなたの兄弟の妻を犯してはならない』

 

 これだ。近親相姦と一族の中でやるのは姦淫だな。OK!

 実は俺とマリアが生き別れの兄妹とかはあり得ん…… よな……

 一瞬、ヤリマンの赤ちゃん量産機の俺の母・淫売のマリアのことが頭をよぎる。

 しかし、そんな偶然はないだろう。

 

 他にはだ――


『あなたは女とその娘とを一緒に犯してはならない』

『あなたは妻のなお生きているうちにその姉妹を取って、同じく妻となし、これを犯してはならない』


 親子ドンブリと姉妹ドンブリだ。これは大丈夫。将来もないだろう。


『隣の妻と交わり、彼女によって身を汚してはならない』


 浮気な。神よりさきに、マリアにぶち殺さるかもしれん。


『あなたは女と寝るように男と寝てはならない』


 ホモは絶対ない。ユダ…… アイツは大丈夫か?


『あなたは獣と交わり、これによって身を汚してはならない。また女も獣の前に立って、これと交わってはならない』


 獣姦。これは死んでもやらんわ。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ――」


 俺の呼気が荒くなった。もう大丈夫だ。

 愛ってなんだ? ためらわないことだ!

 ああ!!

 愛があればいい。 姦淫ではない。全ての行為は姦淫ではない!!

 

「ふふ、かわいい人ね…… 緊張しているの?」


 マリアが焦れたように俺に抱き着いてきた。

 口を合わせる。初めて――


 あああああああああああ――

 

 そして俺は、卒業したのであった。イエーイ!

 

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