第19話:永遠の伴侶

 黙示録の獣――

 なんというか、ラスボス感のある名前だとは思う。

 しかし、このアホウのサタンの下僕にすぎぬ。


 俺はサタンに勝利している。40日の絶食修行中にも関わらずだ。

 ということは、この相手にも勝てるということである。

 まあ、いざとなれば、主に通信するという方法あるしな。


 俺は間合いを計りつつ、相手を見る。


 顔は豹みたいな感じ? そんな首が7つもある。

 なんか、滅茶苦茶。適当なデザインだ。


 でもって、角が10本か…… 本当にそれだけあるのか? よく分からん。

 なんか造形的なセンスに欠けている気がする魔物だ。

 大きさは、さほどではないが、それでも俺の数倍はありそうだ。

 ライオンくらいの大きさかな。うーん……


「ローキック! あのローキックで! イエスさん!」


 サタンが言った。俺は耳を貸さない。アホウか。

 ローキック中に、火を噴かれたらどーすんだよ。

 しかも4本脚だし。うーん…… 4本脚か……


 俺の手持ちカードはどうだ?


 俺の悪魔祓いの技は、タックルからのマウントパンチ。

 それに開始早々の奇襲ラリアットだ。

 金槌があれば、左の頬を打たせてのカウンターというもあるかもしれん。

 しかし、今は大工道具はもっていない。


 俺は間合いを保ちながら、脳内でシミュレートする。

 正面からのタックル? そしてチョークスリーパー。

 だめだ。7つの首のどれか噛んでくる。

 おまけに火を吐く。


 グルルルルルウルル――

 低い唸り声をあげ、黙示録の獣も俺の隙を狙っている。

 お互いの間合いの制空権がビリビリと帯電したかのようだった。

 

 火だ――

 まず、警戒すべきは火だろう。

 それをかわして、懐に飛び込む。そこから一気に勝負をかけるか……

 

 炎に対するカウンターか……

 そして、4本脚の獣。それがチャンスか?


 俺の中で着々とプランが形成されていく。

 悪魔祓いだけではない。このような獣に対しても、万全の対策は必要だろう。

 やはり、プロ預言者としては――


「起こりを見逃すな――」


『起こり』つまり予備動作である。


 俺は自分に言って聞かせる。

 黙示録の獣が火を吐く瞬間。口を開く。

 その瞬間が勝負だった。

 

 その瞬間――

 口が開く。ヤバい。

 俺は身をかがめ、地を這うようにタックルをしかける。


 ゴォォアハァァ!! ガハァァァァァァァァァァァーー!!

 俺の頭上の空間を火焔が走り抜けた。灼熱感を肌に感じた。

 髪の毛をの何本かが巻き込まれ、ブスブスと焦げ臭いにおいを出す。

 

 かまわねぇぇ!! 俺は後足に抱き着いた。

 そのまま、捩じる。体ごとだ。2000年後であれば「ドラゴンスクリュー」と呼ばれたであろう技。

 脚を抱え込んで、そのまま捩じり倒すのだ。


 黙示録の獣といっても所詮は、4足動物なのである。

 ひっくり返してしまえば、こっちのものだ。


 俺は後ろ脚を抱えたまま上になった。

 この体制であれば、口をこちらに向けることができない。

 黙示録の獣もなにもできないのだ。

 

 むき出しになった黙示録の獣のキンタマがある。

 俺の蹴りの範囲内だ。

 蹴る! 金的だ!


 グチャァッ!


 足の裏に肉の潰れた感覚が走った。

 俺は蹴り続ける。蹴るのである。


 蹴る!

 ぎゃぁぁぁ!!

 蹴る!

 ぎゃぁぁぁ!!

 蹴る!

 ぎゃぁぁぁ!!

 蹴る!

 ぎゃぁぁぁ!! 


 獣の悲鳴と打撃音が交差した。


 預言者としての修行の成果か?

 俺は意外に強くなっているのだった。

 神に選ばれし、存在なのだ。黙示録の獣ごときは敵ではなかった。


「イエスさん! 離れて」


 サタンだった。サタンがなんかボールみたいなものを持っている。

 赤と白に色分けされたボールだ。なんだ? そのめでたい色は?


 俺は跳んだ。反射的に離れた。

 瞬間、サタンのボールからピュ―ッと光が伸びた。

 そして、黙示録の獣に当たった。

 獣はボールの中に吸いこまれていった。


「ふぅ…… 回収完了。これで、ハルマゲドーンに間に合う……」


 サタンがホッとしたように言った。

 そして「シュタッ」と手を上げて挨拶。


「んじゃ、私はこれで仕事終了なので、あ、絶対に神(オヤジ)に言わないでくださいよ。こんな、ブサイクな不始末がばれたら、どんな落とし前つけさせられるかわらんですから」


 ペコペコ頭を下げて俺に言った。そして、去っていく。

 まったく、どうしようもない奴だ。とっと去れ、サタンと俺は思った。


「強い…… カッコいい……」


 ん? なに?

 俺は声のする方をも見た。

 マリアだ。マグダラのマリア。

 碧い瞳が潤んでいる。少女といっていい年だと思う。多分20歳前だろう。

 俺との歳の差が10歳以上ありそう。


 でもって、若いだけじゃなくトンデモナイレベルで美しいのだ。

 金持ちが、囲い込んで、愛妾とするためエロ技を叩きこんだ少女。


「イエス…… 最高だわ。さすが…… キリストとなる男」


「え? なに? キリスト?」


「あ…… 気にしないでいいです。とにかく、アナタは最高です」


 マリアが言った。

 そして、急にその身にまっとった空気がまるで娼婦のようになった。

 それも、百戦錬磨レベルのそれ。

 人差し指を立て、それに自分の真っ赤な舌を這わせた。

 ヌルヌルと――

 意味があるのか? それ。


「私は、アナタと共に生きましょう――」


 キュッと俺に身を寄せ、抱き着いてくる。

 でもって、ユルユルの服の間から真っ白い手を突っ込んできた。

 その指で俺の胸をクリクリとするのだ。

 それだけで、すげぇ気持ちいいんだけど。やべぇ。

 なにこれ? 頭が…… 頭が白くな……


「ああああああああ……、出るの、この館から出てくれるの?」


 俺は呼吸を切らしながら言った。なんとか、ギリギリ。


「はい。アナタと共に――」


 どうやら、色々あったが、悪霊祓いというか、そんな感じの仕事は終わったのだ。

 マリアは俺に抱き着いたまんま。なんか柔らかくてすごくいい匂いがする。

 やべぇ。童貞30年の俺に春がきたの? マジ?


「決めました」

「決めた?」

「はい。アナタは私の伴侶になるのです」

「伴侶?」

「永遠の伴侶です。逃がしません―― 絶対に」


 潤んだ瞳――

 その碧い瞳が俺をロックオン。

 マグダラのマリアは俺を見つめてそう呟いたのだった。

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