第13話:悪霊憑きの少女

 最近は街宣活動もするが、治癒の奇蹟を起こすことが多くなった。

 俺は医者じゃねーけど、まあ古代ユダヤ社会では医療など未発達もいいとこなので、俺の奇蹟は大歓迎だった。

 

 拠点は一応カファルナウムの街なのだが、ガリラヤ湖周辺の街を巡回したりしている。

 俺の名声はかなりな物になっているのだ。ひひひひひひひ。

 俺を崇拝する人たちがゾロゾロついて来る状態。これも有名税というやつなのか?


「ほい! 治った」


「目がぁ~ 目がぁ!! 見える! 見えるぞぉぉ!」


 なんか、まぶしい光を見て、目が見えなくなったというおっさんを治癒してやった。

 基本、俺が悪い場所を触るだけで治る。なんでも治るようだ。

 最近は、死人を生き返らせることもできるんじゃねーかなと思っている。


「はーい、48番の方どうぞ」


 俺の弟子のパウロ(元シモン)が言った。

 新しく弟子になったイスカリオテのユダが弟子たちに数字を教えた。

 よって、パウロは100まで数えることが出来るようになった。


「どうしたの? キミは」


 俺は優しく言った。

 小さな女の子だった。


「先生―― 私の友達が、歩けないの……」


 小さな、あか抜けない頬の赤い少女が言った。


「ふーん」

 

 後の方から、車の付いた椅子に乗った女の子がやってきた。

 そんなに乗っているのだから金持ちなのだろう。

 金髪で碧眼でキレイな少女であるが、俺のストライクからは低めに相当外れている。

 これは、嫁にはならんね。

 

「グララ! きて、先生に診てもらえれば治るのよ」


「だめよ! 私の脚は治らないわ…… どんな呪い師に見せてもダメだったの。いいの、私は一生立てなくてもいいの!」


「バカ! グララのバカ! 意気地なしだわ!」


 俺が見ている前で子どもの小芝居が始まりそうだった。

 なんというか、混んでいるのでそういうのは止めて欲しいのだ。 


「あの、混んでるから、とっと治すよ。はいよ」


 俺は、グララという少女の脚を触った。俺が触れば治るのである。 

 

「先生? グララの脚は」


「治ったよ」


「グララ、脚は治ったわ、立って! 早く!」


「いや! 怖いわ」


「なによ! グララのバカ。ゴミ虫! 汚物! ニート! 人間の屑! 根性なしのマザーファッカー! ズべコウ! 淫売! ビッチ! パンスケのヤリマン!」


「止めて! ハイヅ! 脛を蹴らないで! 歩けなくても、脚の感覚はあるの!」


 頬の赤い少女がガンガンと脛を蹴る。かなり本格的なローキックだった。


「やめろ! 言ってるやろがぁぁ! このクソ田舎モンがぁぁ!」


 ガバッと金髪碧眼少女が立ち上がった。


「立った! 立った! グララが立った!」


「ああ! 本当だわ! 私立っているのね! ハイヅ」


 ふたりは抱き合って喜んでいた。滂沱の涙を流している。

 俺の奇蹟の力のおかげである。


 俺はニッコリ笑って、ふたりの頭を撫でてやる。

 基本的に、子どもは嫌いではないのだ。

 こうやって、俺の奇蹟の力で健康を取り戻し、喜んでいる姿を見るのも悪くない。


 しかしだ――

 なんか、釈然としない思いもあるのだ。胸の奥に。

 問題は、この俺がいまだに童貞であるということだ。

 

 これだけ、有名になったこのナザレのイエスが30過ぎきて嫁もなく童貞。

 どうなの? これ?

 そう思うわけですよ。今や超有名人ですよ。モテモテでもおかしくないはずですよ?


 よく考えてみると、俺には出会いの機会がないのである。それが問題。

 若くて健康的な娘と出会えない。

 日々、老人と子どもと男ばかりに出会っている。 


 よく考えれば、統計的に当たり前の話なのである。

 若く健康的な娘は、俺に治癒を頼む必要がないからだ。

 だから、俺が治すのは年寄りや子どもばかりなのだ。


 ときどき、若い女もいるが、既婚者だったりする。

 既婚者に手を出せば死刑。

 そもそも、治癒ということがなければ、肌に触るのもいかんことだ。


 説法のときも、最前列には俺の弟子たちがいる。

 全員、濃くてごつい。アンデレなんて2メートル30センチある。

 でもって、その後ろに他の男たち。

 ユダヤ社会の女性の地位は低く、俺に接近することができないのだ。

 

 古代ユダヤ社会の抱える宿痾(しゅくあ)が俺を童貞という檻の中に閉じ込めているのだ。

 それでも、治癒を続ける俺。


「はい、次の人。で、今日はどうしたの? お腹でも痛いの?」

 

 次に来たのは男だった。身なりのいい男だ。金は持っていそうだ。


「イエス先生。お願いがございます」


「ん? なに。治すとこあるなら、チャッチャと治すから、どこ? 頭? 顔?」


「いえ、私ではないのです――」


「んじゃ、誰?」


 俺はキョロキョロした。それらしいのはいない。


「実は、ここには来れないのです。先生に来てほしいのです」


 男は真剣な表情で俺に言った。


「どこに? まあ、近くなら行ってもいいけどさぁ」


「先生、いいのですか? この街だけでも先生の予約はびっちりなのですが」


 ユダが俺に言った。

 コイツは有能だった。マジで有能。

 俺たちの会計管理や、俺のスケジューリングまで管理している。

 

「そっか? で、どこなの、一応聞くけど」


「カファルナウムからですと、ガリラヤ湖の南西にあるマグダラと言う街です」


「マグダラ?」


「そうです、もう、先生しか頼る人がいないのです」


「ふーん…… まあ、詳しい話しは後で聞くよ」


「先生、いいのですか? 安請け合いして」


 ユダが俺に言った。

 コイツの言わんとしていることも分かる。

 この街でやるべきこともあるってことだろ?

 でも、この男はかなり困っているみたいだと思ったのだ。


「よう、ユダ。先生は困っている人間を見捨てることができねぇんだよ! さすがだぜ、さすが俺たちのイエス先生だぜ」


 ペドロがユダに言った。俺に代わってだ。

 ユダは何とも言えない笑みを浮かべ、納得したのか、してねーのか分からん感じで引き下がった。


「まあ、いいさ。どうするかは、話を聞いてからだよ」


 俺は次の奴を治癒しながら、言ったのであった。


        ◇◇◇◇◇◇

 

「どのような預言者も呪い師も魔術師もダメだったのです」


 男は静かな口調で言った。


「ふーん」


「全員が死ぬか廃人になりました」


 俺は男の話を聞いている。昼間、俺に助けを求めてきた男だ。

 もう、夜になり、俺たちは、支援者の家にいるのだった。

 灯明皿の明かりが、ゆらゆらと揺れ、男の顔を不気味な感じで照らしている。


 男の話はこうだ。

 マグダラという街に金持ちの別荘となっている館がある。

 その別荘で、金持ちは養女を育てていたらしい。

 なんでも、相当に美しい少女らしい。


 んで、養女は表向きとのこと。

 実態は、愛人として完ぺきな女を作ろうと、仕込んでいたらしいのだ。

 なんという、エロいことなのか…… 戒律的に完全にアウトかなと思う。


 で、その金持ちが急死。

 初めての味見をしようとした日に死んだらしい。

 で、別荘にはその少女が残されることになったわけだ。

 あらゆるエロ技が仕込まれた少女だ。


「その少女がいる最上階の奥の部屋―― そこへ行った者で無事だったものがいないのです」


 最初は、少女を引き取ろうと、金持ちの身内が中に入った。

 そしたら、しばらく帰ってこない。

 おかしいなぁと思って、見に行ったら干からびた死体で発見された。


 こりゃ、ただ事じゃないって話になって、色々な奴らを送りこんだということだ。


 預言者――

 呪い師――

 魔術師――


 その結果が「全員が死ぬか廃人になりました」ってことになる。


「おそらくは、少女に悪霊がついたのです―― 旦那様を殺したのも、悪霊です……」


 この男は、死んだ金持ちの使用人だったらしい。


「で、俺は何をすればいいいの? 具体的には」


「その館に住む悪霊憑きの少女を何とかして欲しいのです。このままでは、館を売ることができないのです」


「ふーん……」


 悪霊は前に祓ったことがある。それに、俺はその親玉ともいえるサタンにすら勝利を収めているのだ。

 だから怖いとかはない。

 俺のチートともいえる神の奇蹟の力の前には、どのような悪霊も無力だろう。


「行ってもいいよ。まあ、誰も出来ないんじゃ、俺がやるしかねーよな」


 弟子たちからも反対の声は上がらない。

 つーか、パウロは居眠りこいてやがった。


「ありがとうございます! イエス先生!」


 男はグッと俺の手を握ってきた。

 

「で、名前は? そのマグダラの館にいるだろう悪霊に憑かれた少女の――」


「マリア。一部では、悪魔憑きのマグダラのマリアと呼ばれています」


 マグダラのマリア――

 俺のパンスケで淫売の母親と同じ名前だった……

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