第14話:マグダラの塔
で、俺たちはマグダラに向かうことにした。
船だ。ペドロのボロ船。元漁師だし。
「この、船、大丈夫なんですか?」
俺に助けを求めてきた男か言った。マグダラから来た金持ちの使用人。
「てめぇ、俺の船をバカにする気か? ええ?」
ペドロがすごむ。元々気性の荒い漁師。喧嘩っ早いのだ。
ただ、基本的に良い奴である。
「まあ、船に乗り慣れて無い奴は仕方ねーだろ」
「ん、先生がそう言うなら……」
俺のとりなしでペドロも大人しくなった。
俺の場合、水面を歩くという神の奇蹟の力がある。
沈んでも死なない。俺だけは。
つまり、ガリラヤ湖を歩いてショートカットできるのだ。面倒だからやらんけど。
「つーかさぁ、そのマリアって少女は、マジで美少女なの?」
俺は重要な点を確認するかのように言った。
「はい―― 美しい少女です。この世の者とは思えないレベルでした……」
男は言った。
「そうかぁ」
船に揺られ、俺は湖畔の様子を眺めながら言った。
ここら一帯で、俺の名声が響きわたっているのだ。
俺の日常は変わった。底辺大工として、こき使われる日常は完全に終わった。
明日への希望なき、絶望という名の楔(くさび)が撃ち込まれた、永劫回帰する淀んだ底辺の生活。
それから脱した。俺は。今では俺をリスペクトしまくる弟子たちがいっぱいいるのだ。
悪くはない――
悪くはないが……
しかし、この男くさい集団はどうだ?
船に乗っているペドロも、アンデレも悪い奴じゃない。
まあ、ユダはまだよくわからねーけど、有能だ。
しかしだよ。
女が全くよってこないという点では、今も昔も変化がない。
荒野でバッタ食っているわけではないが、その点はヨハネと同じだ。
俺に狂気の洗礼をした預言者。今はなにをやっているのか……
「私も調べてみましたが――」
ユダが不意に話しはじめた。
「ん? 調べた」
「はい、マグダラのマリア―― 相当な難物かもしれません」
「ふーん。でも、美少女なんだよな」
「はい。それは確かなようです」
「どんな感じよ?」
ユダはすっと息を吸いこみ、口を開いた。
「その者、豊かなうねる長く純金の髪を持ち。輝くばかりの白い肢体。水蜜桃のような唇に、碧い宝石のごとき瞳―― 王家の者を想起させる優雅な身のこなし。その容姿は一目で男を狂わせ、地獄に誘うであろうと」
「それ、マジ?」
「ええ、これは悪霊に憑かれる前からです。いえ…… そのときから憑かれていたのかもしれませんが」
ユダは言った。嘘を言っている感じはない。
インテリっぽい難しい言葉が並ぶが、要するにトンデモナイ美少女ってことだろう。
しかしだ…… 重要なことが抜けていた。
「まて…… イスカリオテのユダよ。俺の確認したいことが漏れている」
「なんですか? イエス先生」
「おっぱいだ? おっぱいの情報はどうだ?」
俺の質問を聞いて、ユダはすっと口角を上げた。
「大きいです。巨乳。細い肢体からは想像できないほどの巨乳―― ボインボインです」
「なるほど……」
これは非常に期待ができそうだった。
ボインボインという表現も、紀元30年代においてはナウな言葉である。
俺は腕を組んで満足そうな感じで頷く。
「なあ、女はダメだぁ。先生! ロクなもんじゃねぇ! 結婚なんかしてみな『迫るぅカカアー、地獄のオバサン』って感じになるんだぜ」
ペドロがなんかシモンっぽい口調で言った。なにがシモンっぽいのか俺にもよく分からんが。
どうも、ペドロは女に対し、あまりいい感情を持っていない。嫁さんとうまく行ってないからだろうと思う。
その原因の半分以上は俺にあるけどね。だって、亭主が無職になって宗教に走ってんだもん。
「まあ、それはそうとだ。悪霊に憑かれた少女は助けないとアカンだろぉ。そいうのは、俺の使命だと思うんだよねぇ。神に選ばれた俺的には」
「さすが先生ですぜ!」
「先生、ハラ減った……」
アンデレだ。コイツはなんかいつも腹減らしてるな。
2メートル30センチ、250キロの巨体だから燃費が悪いのか?
しかし、船の中がコイツひとりで狭苦しくなる。よく、今まで漁師をやっていたものだ。
「アンデレ! ジッとしてろ、パンを喰わしやるから」
俺はパンくずを取り出して増やす。
最近やり始めた方法だ。これなら、パンを増やすより安全だ。安いし。
俺の手の中でパンくずが増えだす。こぼさないように細心の注意を払う。
「ほら、食え、絶対に一粒も残すなよ。絶対にだぞ! いいか!!」
「分かった先生。食べる」
アンデレは俺から、増えたパンくずを受け取り食った。
一気に飲み込んで大人しくなった。
一粒でも残っていると、それが倍々に増加し非常にヤバいことになる。
「すごい…… こんなことが出来る人を見たことが無い。先生なら、できるかもしれない……」
マグダラから来た男は、震えた声で俺を褒める。いい気持ちだ。久しくなかった。
この奇蹟は弟子たちの間ではなんか、当たり前の食事風景になってきていたから。
「先生、パンくずがこぼれて、増えてます。このままでは、重みで船が沈みます」
ユダが冷静な声で言った。
船の床板の上でパンくずが凄まじい速度で増えていた。
「アホウか!! 気が付いたなら、食えよ! ユダ! 食え! 食うんだ!」
「いや…… ちょっと落ちた物を口にするのは…… 3秒以上たっていますし…‥」
これだから、ブルジョアのボンボンはいざというときに使えねぇ!
なにが3秒ルールだ!
「食え! 食うんだ! 沈むぞ」
叫ぶ俺。
まあ、俺は沈んでも水の上を歩けばいいけど、弟子たちはそうはいかん。
「オレ、喰う」
アンデレがごそっとパンくずを獲って食った。
そして、残ったものがないように、みんなで船の床板を舐めた。
こうしている間にも船がガリラヤ湖の上を進むのであった。
マグダラに向けて――
◇◇◇◇◇◇
「でかい、館だな…… 確かに」
つぶやく俺。
「そうですね。街の者からは、マグダラの塔といわれています」
マグダラという田舎街の中で、ひときわ目立つデカイ館。
確かに、館というより、塔のような感じだ。
館に、デカイ塔が乗っているのだ。
こんな田舎に、こんな酔狂な物を作るとは、マグダラというよりアホダラであろう。
船の上の遠目から見てもでかさが分かる。
ギリシャ・ローマ方式の建築だろうなぁと、元大工の俺は見当をつけた。
まあ、元大工でなくても分かったかもしれんけど。
船から降りて、俺たちは、テコテコと館に向けて歩き出す。
「悪霊かぁ……」
「悪霊にございます。それも、最強レベルではないかと…‥ イエス先生」
案内をしている金持ちの使用人の男が言った。
「まあ、俺にかかれば、関係ねーけどな」
これはもう、油断とか思い上がりとではない。
当たり前の公理を口にしているのである。もしくはドグマ。
俺の最強は神に担保されているのだから、どうしようもないのだ。
神にチートな奇蹟の力をもらった底辺大工の俺は今や、最強の預言者なのである。
勝利しか約束されていない男といっていい。
「あれ? 誰かいるんじゃないですか、先生」
ペドロが言った。
「あ―― いる。誰かいる」
アンデレも言った。
「ま、いいんじゃね。行ってみれば分かんだろ」
ここまで来たのは、俺とペドロ、アンデレ、ユダ。そして、これを依頼してきた男だ。
俺たちが近づくと、館の前にいた男が振り向いた。
なんか、値踏みするようにこっちを見る。なに、嫌な感じなんだけど。
「おい、誰だよ? そいつら」
その男は乱暴な口調で、案内してきた男に言った。
「イエス先生です。最近ガリラヤ周辺では一番と評判の預言者様です」
「ああ、聞いたことあるな…… ふ~ん」
男は俺の方を見た。ニヤニヤと笑みを浮かべてだ。
なに? その態度? 呪うよ? マジで。
「そっちこそ、誰だよ。俺は悪魔祓いに来たんだけどさぁ」
「こちらの方は、この館の持ち主のだった方の弟様で――」
男が説明しようとするが、それを遮って男が声をあげた。
「まあ。遅かったな。俺の連れてきた魔術師が、すでに、中に入ったよ。エジプト魔術の使い手だ。強えぇぜ」
ドドドォォォーーン!!
その言葉が終わると同時だった。爆音だった。
上の方だった。
塔の途中から、瓦礫が吹っ飛び、爆炎のようなものが走った。
大きな穴があいたのだ。
でもって、その穴からだった。
黒い礫のようなものが「ひゅぅぅぅ~」って音を立てて落ちてきた。
ボテッと地面叩きつけられた。
「な! なんだぁ! これは!」
落ちてきた物体に、駆け寄る俺たち。
それは明らかに人。いや、人だった者だ。
丸焼けで、消し炭のようになっていた。
「これ…… エジプトの魔術師じゃね?」
真っ黒になった腕には宝玉のはまった腕輪をしている。
なんか、魔術師っぽい。
「ばかな、ピラミッドパワー流・魔術を極めた先生が……」
わなわなと震え、死んだ館の持ち主の弟は言った。
「んじゃ、行くかぁ」
俺は言った。俺の順番が来たのだ。
見ると、ペドロとアンデレは真っ青な顔をして、イヤイヤしていた。
「お前ら来ないの? まあいいけど。どーする、ユダ」
「先生の奇蹟を間近に見たい思いはありますが、私では足手まといになりましょう。ここで、待つことにします」
いつも冷静なユダが真っ青な顔で言った。
声も心なしか震えている。
「うん、それがいい。私もユダに賛成です。イエス先生」
ペドロも同調する。ウンウンとアンデレも頷いている。
まあ、確かにこいつらがいたとこで戦力の足しにはならんだろうなと思う。
「まあ、いいや、んじゃ、悪魔祓いしてくるよ」
俺はそう言って館の中に入ったのであった。
超絶美少女、マグダラのマリアの待つ塔を目指し。
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