第11話:悪霊など敵ではない
マジだった。
俺の会堂(シナゴーグ)デビューである。
なんか俺の説法が評判になっているといというのは確かなようだった。
ガリラヤの大都市カファルナウムでそれなりに評判になっていたのだ。
そして、俺の説法の日がやってきたのだ。
「主の裁きはくるんだよ! 絶対にくるからな。でもって、主の御力によって残らず、全員裁かれるんだよぉぉ。金持ちも貧乏人も同じだからな。要するに、俺の言うことを聞けと。な、とにかく、聞けよ、マジでぇぇ! イエーイ!」
ビリビリと俺の説法が会堂に響く。
聞いている奴らから「おおおお!!」というどよめき。
満員。フルハウス。パンパンで立ち見状態の会堂であった。
貧乏人は多い。物乞いのような身なりのやつもいる。入場無料だから。
でも、結構偉そうな奴とか金持っていそうな奴もちらほらいる……
そう言う奴は、インテリなので、俺のいうことの揚げ足をとるかもしれぬ。
それでも俺は強気で行く。
なぜか?
やはり40日の絶食修行が俺を変えていたのか?
いや、俺は俺だ。底辺の大工時代から、俺の魂(ソウル)は怒りに満ちていたのだ。
「おまえらぁぁぁ!! なんで、腹いっぱいくえねぇんだ? 市場には、物が溢れている。なんでだぁぁ! ハラ減るだろ? ええ、おい!」
最前列で俺の話を聞いている弟子たちも「なんでだろう?」って顔をしている。
ペドロもそうだ。オマエ、毎日、毎日、僕らは船の上で揺られて嫌になっちゃうよ、って感じだっただろ? なあ、元シモンよ。それで、満足に食えたか?
「主は救いたいんだよ。いいか、貧しい物を救いたいんだよ。バンバン救いたい。だって、分かるだろ? 金持ちとかインテリを救ってもさ、あんま、感謝されねーじゃん。
俺は救われて当然と思うだろ? なにそれ? あるの? 神への感謝というかリスペクトというか、御信心の心?
ああ、俺はいつも供物やってるし、当然だよねって思ってんだろ。バーカ!! アホウか! 己の尺度で神を計るなよッ! 俺は言うよ。ビシッと言う」
会堂は盛り上がってきた。
歓声が唸りとなり轟と響く。
「天の裁きは容赦なく、神の尺度でやるからな! オマエら覚悟しろよ! 最後の審判の日はすぐだからなぁぁ。でもって、焼かれろ、アホウども! 焼かれるんだ! 天の炎でウェルダン! 毎日、毎日焼かれてやになっちゃうくらい、永劫の時で焼かれろぉぉ。爆笑ぉぉぉぉ!!」
なんか、俺も乗ってきた。
やはり、大衆は俺を待っていたのだ。この俺をだ。
この腐った古代ユダヤ社会の閉塞された日常を破壊するのである。でもって、脱童貞で嫁を持つ。
「貧乏人は、ラッキー! だってなにも失わないからな。神の国が来ても、何も怖くない。だって、失う物はないんだよ。でもって、それは救われるってことじゃね? 早く神の国が来て、天の裁きが無いかなぁって思う。もう、俺はすごく思う。早く裁け! でもって、貧乏人がラッキー。幸せだし、夢いっぱいだぞ!」
貧乏人が興奮して「おぉぉぉぉ!!」と声を上げる。
金持ちはポカーンとした顔をしている奴もいれば、真っ青な顔をしている奴もいるし、怒っている奴もいた。しかし、ここは金持ちに対しても、少しフォローを入れておくべきかと俺は思った。
「金持っている奴の全員が悪いとはいわねーよ。でもさ、ダメだよな。親から受け継いだ金と地位だけでノウノウとしてさ。どうなの? 神的にどうなんでしょうねぇ。と、俺は思うわけだ。徹底的に悔い改めないとダメなんじゃね? だって、豊かになっている分、誰かが貧乏になっているんだぜ? いいのそれ?」
そういえば、会堂には女の子いないなぁ…… 俺の嫁になりそうな女の子はいない…… ここには。
これも古代ユダヤ社会の歪みであろうなぁと俺は思うのだ。
俺の説法は女の子にも聞いて欲しい。マジで。次回はその辺りをしっかりさせないとダメだな。
「つーか! 俺はこの前まで底辺の大工で、おまけに30歳で嫁もいないし。だけど、心は清いいからね! 本当にピュア。純粋だからさ、でもって真剣に言っているわけよ。世界人類を救おうと思っているのだけど。でも、なに俺? ここまでの人生。なんか迫害されてない? 有形無形の迫害というか。悲惨ないじめ? だから、燃やす。罪人つーか、悔い改めないアホウは焼く。生きながら鉄板焼き。ぎゃはははは!! バーカ、ざまぁぁぁ!! 滅びろ! スノッブどもがぁぁ!」
大観衆の割れんばかりの歓声。
まさしく、スタンディングオベーションだった。
アンコールの声が響くが、あいにくとアンコールの予定はない。
俺は手を振って、観衆にあいさつした。
そのときだった。
「あばばばあああああああああああああああ!! インチキだぁぁ! オマエはインチキなのだぁぁ! クソだ! ニセ預言者だぁぁ!」
叫びながら俺に突進してくる者がいた。
「なんだテメェは!」
ペドロが立ちふさがった。俺の弟子で元漁師。
ビュユウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
突撃してきた男が口から緑色のゲロみたいなものを吐いた。
緑のとろろイモみたいなゲロ。
「ぎゃぁぁぁああああああ!!」
頭からそれを浴びて、転げまわるペドロ。
「悪霊だ! 悪霊だぁぁ! 悪霊がでたぞぉぉ!」
「逃げろぉぉぉ! 危ない!」
悪霊は首を360度回転させ、スプリンクラーのようにゲロをまき散らす。
ゲロの色が、緑から水色になった。ああ、水色のゲロ――
「先生! 撃退です! 迎撃です! 悪霊を撃退しましょう!」
顔面をベトベトの緑のゲロまみれにしたペドロが言った。
このゲロは見た目が不愉快で、匂いがキツイ以外なにか害があるわけではないようだ。
ペドロが頑丈なだけかもしれないが。
ぴゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーー!!
「わ! キタね!」
悪霊なのか、悪霊に取りつかれた男は、口を細くして、ゲロを飛ばしてきた。
飛距離が伸びてきた。会堂の中がすっぱい匂いで満ちてくる。
「おぉぇぇぇぇぇぇぇ~ 兄ちゃん、俺も気持ちわるくなってきた」
2メートル30センチの巨体を誇るアンデレだ。
ペドロの弟。コイツが、もらいゲロを始めた。
四つん這いになって、ゲーゲー吐いている。
会堂が地獄と化したのだった。
俺はゲロを吐きまくる悪霊に対峙する。
悪霊の親玉とでもいうべき、サタンですら俺の前ではなすすべなく撃退されている。
低級な悪霊など殺す。死にこます。永遠の死を与えるのだ。制裁である。
俺は、口元に獰猛な笑みを浮かべていた。
悪霊などにかける慈愛などないのだ。敵だ。敵は殺す。
ああ、俺はこの地上に神が放った一本の剣なのだ。神罰を行う剣なのだ。
俺は噴き出すゲロをかわして突撃する。
ゲロの色がオレンジになった。匂いは変わらない。ゲロのまま。
アンデレのゲロの匂いと混ざり合う。ゲロ臭アンサンブル。
悪霊に憑かれた男をタックルで倒し馬乗り。
マウントポジションで、タコ殴りにした。
「死ね! 悪霊! 出てけ! あはははは!!」
ボコボコと俺の拳が当る。栄養失調気味の細腕だが、これは神の鉄槌なのである。
そしたら、悪霊が逃げた。俺の勝利だった。
さすが、俺であった。
この悪霊との対決を契機として、俺の権威がガリラヤ地方に響き渡ることになったのだ。
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