第10話:会堂(シナゴーグ)でデビュー! メジャー路線へ
「神の国が来るぞ、来るぞぉぉ! マジ! マジだぁぁ! マジで来るぜぇ! オマエら裁かれるんだよよぉぉ! バカ! 悔い改めるんだぁ! 神に祈れ! 魂の救済のために俺はここにいるのだぁ!! イエーイ!!」
ガリラヤ湖から吹く風にのって、俺の説法が鳴り響く。
俺は、なんか説法にも慣れた。街中での街宣活動は結構好調になってきた。
やはり、弟子ができたという部分で自信ができたのかもしれんなぁと思う。
人の上に立つということは、人を成長させるものだ。
弟子たちは、俺の説法を聞いている。
元漁師のペドロ(シモン)とアンデレの兄弟。
それと何人か。全員、貧乏人つーかならず者みたいな面構え。
それでも、弟子たちが聞いているので、何人かが立ち止って聞くことも多くなった。
ときどき、食べ物とかお金をくれることもある。マジ、ありがたい。
食物連鎖ヒエラルキーで、野良猫と地位を争うところから脱したのである。さすが俺。神の子。
しかし、俺の話を聞いているのは貧乏人が多い。貧乏人の集会のようだ。
当たり前だ。現状に満足してないから、神の国を望むのだ。
神の国がきて、全部チャラになればいいと思うのは貧乏人だ。死ね金持ちなのである。
でも、時々金持ちもくる。
金持ちの中にも「今の古代ユダヤ社会って、ちょっとまずいんじゃね?」って思っているのもいるんだ。
ヨハネの洗礼を受けにきた金持ちだっていた。ヨハネは「毒蛇! 死ね!」といって追い払ったが。
俺は違う。それはしない。大いなる愛で受け入れる。
「先生、金持ちの家の前で、大声で説法したら、結構お金くれますね」
弟子のペドロが言った。鼻の大きいハゲ。生際が後退しているハゲ。
「そうだなぁ。俺の説法の説得力だろうなぁ~」
「さすがですぜ、先生!」
最近分かったというか、説法にはコツがある。
まず、金を持ってそうな家の前で大声で説法をすることだ。絶叫だ。渾身の絶叫。
そうすると、なぜか金持ちの家の者が金をくれる。
使用人らしき者が来て「どうか、これをお納めして、もっと広く、そのお言葉を伝えてください。ここは十分です」と褒めてくれる。
とりあえず、金はいるのでもらって他に行く。
これを繰り返すのである。
しかし、所詮は富める者である。本当に神のありがたさを分かっているかは疑問なのだ。
どうも底辺大工の時代から、俺は金持ちが嫌いなのだった。
俺が本当に救いたいのは、社会的弱者な。マジで。これは本当だ。
「イエス先生、こんどはどこで、街宣活動しますかね?」
「まだ、回ってない金持ちの家はありますぜ! 先生」
「オレ、ハラ減った」
弟子たちが俺に言うわけだよ。もう俺は先生(ラビ)と呼ばれている。
底辺大工(テクトーン)から先生(ラビ)にクラスチェンジ。
「先生、もうこの街の会堂(シナゴーグ)でぶちかましましょうぜ! 先生の説法を!」
俺の最初の弟子。漁師のシモン(ペドロ)が言った。
なんか、シモンというと頭の中に「まさと」って浮かぶのだけど、意味が分からない。
だから、今後はペドロとよぼうかなと思う。意味不明だけど。
「そんなの、貸してくれるの? 俺たちに」
「会堂長のヤイロが、先生にぜひ来てほしいって言ってましたぜ!」
「マジ?」
「マジですぜ、先生!」
「マジかぁ……」
会堂長のヤイロといえば、金持ちでなのである。
会堂(シナゴーグ)というのはユダヤ教の教会なのである。
でかい街のシナゴーグであれば、市民文化ホールくらいな感じなのだ。2000年後くらいの感覚では。
実際に、地域のコミュニティの中心なのだ。
大都市カファルナウムのシナゴーグで説法をする。
それは、2000年後の人間にも分かりやすく表現するならば「船橋市民文化ホールで独演会」レベルであろうと思う。
なぜ、俺はそんな例えをしているのか、よく分からん。
で、その管理をしているのがヤイロなのだ。
ユダヤ社会の中でもそれなりに地位を持っている人間。
ブルジョア階級。以前の俺なら絶対に口を聞ける人間ではない。
「凄いな、俺――」
「凄いですぜ、先生は」
ちょっと、ウキウキな俺。
しかしだ。まてよ……
「人集まるのか? 結構広いだろ? 会堂は」
「先生の説法なら、フルハウスで間違いなしですぜ! 立ち見でますぜ!」
「そうかぁ」
確かにそうかもしれん。
「先生の説法は、シャウトがビンビンでノリノリですよ。イケイケでガンガンですぜ!」
「さすが、俺の弟子だな。よく分かっている」
「へへへへ、先生に褒められると照れちまうぜ。なあ、アンデレ」
ペドロは弟のアンデレに同意を求めた。アンデレと「ヤンデレ」は似ているなと思った。
でも「ヤンデレ」とはどんな意味なのか分からない。不思議だ。
「ハラ減った」
アンデレは言った。コイツ2メートル30センチはあるんじゃないかと思う。
「しゃーねな。飯でも食いながら、話そうか」
俺はそう言ったのである。
俺の会堂(シナゴーグ)説法デビューに向け話を詰めるのだ。
俺はやる気満々なのであるけどね。
◇◇◇◇◇◇
パンを買って、弟子に分け与える。
「いいか! 3秒以内に食えよ。増えるからな! 増えたら、食えよ、絶対に残すなよ」
俺は買ってきたパンを増やす。奇蹟の力だ。
しかし、倍々ゲームで増える。食うと止まるのだ。
もし、残すとそれが倍々に増えて、惨劇を招く。だから、増えた食べ物は絶対に残せない。
パンが分裂して増えていく。
弟子たちは最初はおどろいていたが、今は慣れたようだ。
どんどん、増える。
「食え! 食うんだ! 残すな!」
俺が言うと、一斉に弟子たちがパンを喰う。
3秒以内に食わないと増える。
「がぁああ!! ああああ!!」
「ペドロどうした!!」
ペドロが喉を押さえて悶絶。急いで食ってパンを詰まらせたようだ。
突き抜けた青空のような顔色になって、痙攣しだした。
俺は奇蹟の力で、のどのつまりを治す。しかし、秒数が経過――
パンが増える。ヤバい!!
「アンデレ! 頼む! 食うんだ! 全部、食え!」
「分かった。イエス先生」
アンデレが一気に、増殖したパンを喰った。助かった。
無学で底辺の俺だが、この奇蹟は一歩間違えると、この世界を破滅させるんじゃないという予感がある。
ただ、全員を喰わせる金がないので、奇蹟に頼るしかないのだ。
「うーん。やはり金がいるな……」
俺は思った。弟子をとれば弟子を食わさねばならない。
人はパンのみに生きるわけではないが、パンが無いと死ぬのも真実だ。
40日の絶食修行で思い知っている。
「もっと、金持ちの家の前で、説法しますか? ガンガンに」
弟子のひとりが言った。
「いや…… やはり、会堂デビューしかねーだろ。実際」
「メジャー路線っすか?」
ちょっと、不服そうに弟子のひとりが言った。
「ダメか?」
「なんか、先生が俺たちだけの先生じゃなくなりそうでな……」
嬉しい言葉であった。しかし、俺には使命があるのだ。
神の子として…… なんだっけ? 「人類救済計画?」それをやらねばならん。
だから、デビュー。一気にメジャー路線に乗る。
「せ、先生は、俺たちだけで独占できるような器じゃないぜ……」
パンをのどに詰まらせ、死にかけたペドロが言った。
他の弟子たちも、それはそうかなという空気になる。
よし、ここで俺がビシッと言うのだ。
「よし! やるぜ! 会堂(シナゴーグ)デビューだ! 俺の説法でユダヤの大衆を救ってやるぜッ!」
俺は力づよく宣言したのであった。
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