第8話:奇蹟のチートで治癒させる
俺はガリラヤ湖周辺の街を徘徊していた。
実家のあるナザレに戻るかなぁと思ったけど、勝手に飛び出してきたし、面倒な感じがしたのでいかない。
まあ、弟子ができたら、凱旋してもいいかなぁと思った。
で、俺はガリラヤ湖の北にあるカファルナウムという街を拠点にしようなかなって思った。
まず、魚がいっぱいとれる。
でもって、湖畔の温暖な気候で農業も盛ん。
イチジクとかオリーブ栽培とかね、色々やってるわけだ。
で、ガリラヤ湖周辺の都市から集まる物産の集積所になっているわけだ。
大都市のティベリアスが大量消費をして、そこに食い物とかを送り込むわけだよ。
そういった、結構な大都市。つーか新興都市。漁村が一気に成り上がった感じ。
俺はそんな街をテクテクと進む。
で、人通りの多い通りに出た。
すっと息を吸いこむ。丹田に力を込めるのだ。
「神の国がくるのぉぉぉ! もう来てるのぉぉ! そこまで来てる! ああああ! 来たのぉ! 来たぁぁ! くるぅぅぅ! すごい神の国がきちゃうのぉぉ! らめぇって言っても来るのぉぉ! 悔い改めて、俺の言うこと聞いてよぉォ! そうしないと救われないのぉぉぉ! もう、永遠に焼かれるからぁ。ガンガン焼かれちゃうよぉ! マジで悔い改めないとらめぇぇ!」
ヨハネ直伝の叫び。絶叫。いや、見てマネしているだけだけど。
「ほら、主は救いたい! 本当に救いたい! でも、救えないから、悔い改めないと! そこのお嬢さ―ん! 俺が悔い改めさせてあげるからぁ! 悔い改めよう! イエーイ!」
脱兎のごとく逃げていく女の子。なぜか。
俺の街宣活動はあまり思わしくない。
街の人間は「またかよ」って感じで俺のことをチラリと見る。
まだそれはマシなほう。ほとんどガン無視されている。
ドンマイ。まだ石を投げられないだけましだ。
ん~。
やはり、工夫が必要なのかもしれんなと俺は思った。
奇蹟の力かな?
やっぱ。
でもなぁ……
奇蹟は危険なのだ。
ローマ帝国が支配するこの地域では「無断の魔術行為は禁止です」ということになっている。
前に、街頭で手から火を出していた魔術師が、ローマ兵に連行されていた。
たぶん、手品だと思う。それですら、ダメなのだ。
ローマ兵に「俺のは魔術じゃなくて奇蹟なんです」と言ったとするよね。
でも「そんなもん同じだろ?」って、言われたら言い返せないし。
俺も違いがよく分からん。魔術の多くはインチキで、俺のは本物の神の奇蹟だとは思うけど。
しかし、種も仕掛けもない奇蹟の場合、もっとヤバいことになるかもしれないという予感もある。
つーわけで、俺は人がいっぱい集まることで奇蹟をやるのは危険かなぁと思っている。
まあ、出来る奇蹟っていっても、水の上を歩くとか、パンと魚を増やすだけど。
しかも増やす方は止まらないから、更に危険なのだ。
というわけで、俺は叫んで街宣を行うのだった。伝道という名の。
◇◇◇◇◇◇
「むぅ、神の福音を信じぬ生活保守主義のアホウどもめ……」
だんだん、俺の怒りのボルテージが上がってくる。
40日間も断食修行し、サタンを屈服させた俺の言葉をガン無視。
これは、大概ではないかと思い始めた。
呪うか……
ふと、そんなことを考えたときだった。
「なあ、救われるのかい? 俺でも――」
俺の目の前に、みすぼらしい男がやってきたのだ。
もう、どこから見ても金を持って無さそうな奴だ。
貧困という概念を濃縮還元して、人間にしたような感じ。
「救われる! 絶対にな!」
「神殿に供物をあげる金もない。そもそも、神殿までいくこともできねぇ。足が悪いしな……」
「そうか……」
男の足がひん曲がっていた。まともに歩けるとは思えん感じだ。
神の救いを求めるのに、銭金がかかるというこの社会の矛盾を俺は感じる。
だって、救いが欲しいのは社会的弱者に方だろ? って思う。
「こんな体になって、働けなくなっちまったからな。今は物乞いしかできねぇ……」
「治してやろうか? 足を」
俺は優しく、慈愛のこもった言葉を口にし、愛のこもった眼差しを向けた。
「兄ちゃん、俺の足を治すって? ははは、出来るのかよ」
「出来ると思うけど」
魔術は禁止されているけど、見つからなければいい。こっそりやればいい。
それに、治療くらいは、いいかなと思った。
見つかったら、いい訳もできそうだ。
魔術ではなく、こう医療行為の一環としてやりましたと言えばいいと思う。
これは、ローマとしても、認めざるを得ないだろうと思った。
で、ここで、評判になれば、街宣活動にも勢いが出るかもしれんねって考えた。
「んじゃ、治すぞ。ほい、治った」
俺が手をかざした瞬間、曲がった足が治った。
すげぇ、俺。まじパねぇよ。
「マジかよ! 足が! 足が!」
物乞いは、そこで足を曲げたり伸ばしたりする。
ちゃんと動いている。
俺もびっくりだ。マジで。これはかなりチートだな。
「よかったな」
俺は、肩を震わせている男に言った。
男は、キッと俺を見つめる。
あれ? なんか敵意こもってない?
「てめぇぇえ!!! 俺の商売道具を!! なんで治した! この足で同情を誘って、物乞いやってたのに! このクソ野郎!」
いきなり、怒り出した。
理不尽。不条理。なにそれ?
「なんだと! てめぇが治せって言ったんじゃねーか! クソか? オマエは!」
「マジで出来るなら、言えよ! アホウか! 本当に治すバカがいるか!」
男は貧相な顔を近づけ、腐った匂いのする唾を飛ばし、俺にくってかかる。
「くそぉぉ、また痛い思いをして、高いとこから飛び降りねぇと…… この! クソ野郎!」
そう吐き捨てるように言って、物乞いの男は去っていった。
後姿まで怒っている。プンスカって感じ。で、去っていく男を見つめる俺。
なに?
この言い知れぬ、寂寞感。つーか怒り? なんなのこのやるせない感情は?
頭に来た俺は、街宣活動を中止した。
本気で、この世界を呪いたくなってきた。
神の国がきたときに、あのような奴は真っ先に燃えろと俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます