第6話:荒野の修行! サタンだと?
ヨハネは朝からバッタ食って「神の国が来るぅぅぅ!!」と荒野で絶叫する。
俺も修行の一環として、同じことを叫んでみた。
神の国が来るのかどうか、分からん。でも、リア充は断罪されればいいと思う。
そもそもだ。
俺に話しかけてくる神。ああ、名前を言えないので「主」だけど。
最近、なんかあまり出てこない。呼んでも出てこない。
まあ、度々出てきて脳内でビンビン話しかけられても困る。
話の筋に一貫性はないし、なにかというと、すぐに「呪うよ?」って言うから。
で、この神は俺の幻聴とかではなく、確かにいる。まあ、俺が神の子かどうかまでは分からんが。
証拠としては、奇跡の力だ。それは確かに身についていた。
ヨルダン川で魚を獲って、試に増やしてみた。魚を増やす奇蹟を試したのだ。
増えた。マジで。1尾の魚が、2尾になり、4尾になり……
「なんじゃこりゃ! 止まれ! 止まれぇぇ!」
俺は叫んだ。
魚は倍々に増えていく。多分2~3秒で分裂する。
どんどん増えていく。俺は呆然だ。
気が付くと魚の山ができつつあった。生臭い空気が濃厚になっていく。
やばい。まて…… 止まらんのか?
ああ、確かに、主は増やせるとはいったが、止められるとは言ってなかった!!
『主! 主よ! 止まらないんだけど! 魚が増えるのが止まらないんだけどぉぉ!』
主に訴えるが、返答はない。
ガンガン、増える魚。
俺は、慌てて、ヨハネと弟子、そしてエッセネ派の連中を呼んだ。
ドドドドドドっと砂煙をあげてやってくる奴ら。
「おお!! 奇蹟じゃ! 魚がぁ! 魚がぁぁ! ごちそうなのじゃ!」
ヨハネがグルグルと回転する目玉を魚に向ける。
今日は一段とトルクのきいた回転をしていた。
普段、バッタとハチの巣しか食っていない奴らの目の色が変わった。
焚き火の中に、魚をぶち込んで次々喰った。
餓鬼の群れ。しかし、喰うことによって増殖が停止したようだ。
「ヨハネ様、魚食べていいんでしょうか。げぷぅぅ~」
たらふく食ったあと、弟子のひとりが聞いてきた。
「我らは、神から受けたものしか食ってはいけない。イエスは神の子なので、問題ないのじゃ!」
「なるほどぉ~」
ウンウンと頷くヨハネ弟子たち。
俺はヨハネの溺死寸前の洗礼(パプステマ)から逃れるために、奇蹟の力で水面を歩いたのだ。
それで、みんな俺を神の子と言っている。
ヨハネは昼ごろから、洗礼(パプステマ)をやる。
俺がなるはずだった1万人目の洗礼を受けた奴は、額に焼印を押されて喜んでいた。
もう、よーわからん。
で、このヨハネは金持ちとか異端が嫌いなのな。
放浪ユダヤ人として、金持ちの多いパリサイ人とか司祭関係者のサドカイ人とかいるのよ。
まあ、ユダヤにも色々いるわけだ。
そういう上流階級の奴らもなんか洗礼に来る。
すると、ヨハネは発狂して追い払う。
「毒蛇じゃ!! マムシなのじゃ! オマエラなんかに洗礼などしてやらんのじゃぁぁ! 死ね! 滅びろ! 断罪されろぉぉブルジョア階級!!」
俺は、コイツラも今のユダヤ社会の腐った部分。選民思想的なダメな部分を反省してきてるんじゃねーかと思う。
でも、ヨハネは許さない。さすがにバッタを食うだけのことはある。
まあ、関係ないけど。
「でさあ、ヨハネ。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですじゃぁ! 神の子、イエス様ぁぁ!」
ハイテンションの返事をするヨハネ。
「俺さぁ、修行してぇんだけど。なにすればいいんだ?」
俺は言った。主は最近でてこない。
となると、訊く相手はヨハネしかいない。
かなり、頭は変だなと思うが、一応弟子のいる預言者だ。
「山籠(ごも)もりなのじゃ! 修行といえば山籠もりなのじゃ!」
「ふーん、そうかぁ……」
底辺で大工(テクトーン)の俺には、よく分からんが、まあやってみればいいか。
ここで、ヨハネと弟子とエッセネ派という男だらけの「狂気の童貞帝国」に居続けるよりはマシな気がした。
端的にいって、ひとりの方がいいという感じ。
「じゃあ、俺、修行するわ」
俺はヨハネに言った。
◇◇◇◇◇◇
俺は修行をすると言ったことを即後悔していた。
マジで。
俺は手で顔を撫でた。
それで分かる。俺の片方の眉が剃り落されのだ。
ヨハネたちがやった。
その時のことを思いだす。呪われろ思う。
「なんで! 眉毛の片方を剃るんだ! てめぇ!」
俺は、バタバタ暴れたが、奴らはガタイがいい。
押さえつけられ、簡単に剃り落された。
ヨハネは「オチンチンの皮を切り落とすことを考えれば、大したことないのじゃ」と言い放った。
エッセネ派にだけ伝わる修行の方法らしいが、アホウかと思う。
なんか2000年後くらいに、遥か東の彼方の島国で同じことをする奴が出てきそうな気がした。なぜか。
やはり、俺は神の子なのか。
で、修行をするといっても何もすることが無い。
トコトコと、荒野を歩いていた。
そしたら、道に迷った。どこにいるのかさっぱり分からん。
「ヤバいなこれ? 遭難か……」
修行するつもりが、ヨルダン川周辺で遭難かもしれん。
だいたい、紀元30年くらいなので、未開地ばかりなのだ。
草木一本無い。ぺんぺん草もない。完全な荒野。
風の中に、砂塵が舞って、虚無感を演出するがごとき荒野。
「まあ、なんとかなんだろ――」
俺は神の子だし、チートの奇蹟の力を持っている。
まだ、このときは、大丈夫だろうと思っていました。
◇◇◇◇◇◇
40日経過――
甘かった。
だって、チートの奇蹟といってもね。
水の上を歩くとか、魚を増やすとかだし。
ここ荒野だから水が無い。つーか、歩いてもしょうがない。
河もないので、魚もいない。草木もないので、食料が無い。
食料がないと増やせない。ゼロは何を掛けてもゼロなのである。
「腹減った…… マジで…… やばいよ」
俺はへたり込んだ。
まあ、普段からろくな物は喰ってなかったよ。底辺の貧民だから。
でも、40日の飲まず食わずは辛いな。死ぬよ。本当に…‥
薄れ行く意識。ふと何かの気配を感じた。
俺は顔を上げた。
なんかがいた。
「すいませーん。すいませーん。イエスさん? イエスさんでいいですか?」
「そうだけど。なんかくれるの? 食べ物」
「ああ、それはアナタ次第ですけどね。あ、私、サタンです。神に対する信仰を試す試験官と思ってください」
「いきなり出てきて、なんじゃそれは!」
これは、空腹が見せる幻覚かなと思った。
でも、結構リアルだ。
真っ黒なイメージの男だ。結構整った顔をしている。
サタンはスッと手を出した。
「これ、食べます?」
「え! くれるの!」
俺はサタンのさしだしたものを見た。
石だ――
そこらに、転がっている石。
「アホウか! いくら腹減っても石が喰えるかぁ! ボケぇ!」
俺は蹴りをぶち込もうと思ったが腹が減りすぎて動けない。
そもそも、通常状態でも栄養失調気味なのだ。貧民だから。
「石をパンにすれば、食べます?」
「できるのか?」
「パンだと思えば、いいんじゃないですか? 思い込みの力ですよ。イメージの力で」
「やだよ! 元々、石じゃねーか! 人はそんなパンじゃ生きていけねーんだよ!」
「なるほど、人はパンのみに生きるにあらずですな!」
「言ってねーよそんなこと! いいから、他の食い物よこせよ」
「んじゃ、私と来てください」
そう言って、サタンと名乗る男は俺の手を引っ張ったのだった。
なんか、意識が薄れていった。
くそ、修行なんかするんじゃなかったと俺は思った。
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