第5話:狂気の童貞帝国
俺は主に逆らえないので、とりあえずヨハネと一緒にいることにした。
この傍目には狂人にしか見えない預言者ヨハネは結構有名。
ヨルダン川沿岸に弟子をもって、洗礼をしながらときどきユダヤ地方の街に出る。
でもって「滅ぶ! 滅ぶのじゃぁぁ! 神を信じぬアホウは永遠に焼かれるのじゃ! 審判の日に薪にされるのじゃ! 神の国は来るのじゃ!」と街宣活動してる。
なぜか、弟子がいっぱいいる。
頭に鹿の角を縛り付けたハゲの他にもいる。
エッセネ派という奴らだ。
全員独身主義。禁欲的。私有物を認めない。
そんな感じだから、全員童貞だ。
たぶんヨハネも童貞だろう。
つまり、俺は『狂気の童貞帝国』のような場所に来てしまったってわけだ。
まじで、これからどうなるか不安。
「あばばばばぁ!! 神が偉大すぎるので、叫びを風に乗せて体感するのじゃ~
信仰心が高まりすぎて、神へのリスペクトが古代ユダヤの美意識の中に言語(ロゴス)となりそうじゃ~
内向的な言語(ロゴス)が肉を突き破り、感傷との対消滅が、信仰エナジーをリサイクルさせるのじゃ!!」
朝も早くから、ヨハネの信仰心がパンパンになってリスペクト化していた。
エナジーが言葉にとどまらず、その肉を稼働させている。
蛮人としか思えない格好で突っ走っている。荒野を。
ドドドドドドドドドドドドって音が風と絶叫に混ざって響く。
「神の国が来るのじゃ!! 悔い改めるのじゃ! オチンチンの皮を斬るのじゃ!! 割礼しない奴は呪われるぅぅ!」
ヨハネが走っている。絶叫しながらだ。
ヨルダン川近くの荒れ地というか岩場。
弟子たちも一緒に駆け回っている。
俺は体育座りでそれを見ている。
奴らは洞穴に暮らしている。
で、朝起きるとバッタを食って修行する。
今やっているのが修行らしい。
ヨハネは俺に弟子を譲って、自分も俺の弟子になりたがっている。
でも、俺は拒否しているのだ。本当はこんなとこに居たくない。
主の命令があるので、この狂気の『童貞帝国』に留まっているだけだ。
『イエスちゃん~』
主の声が頭に響いた。
『なんですか? 主よ』
『やらんの? 修行、ヨハネと一緒に』
『修行って、あれですか……』
俺は砂煙を上げて駆け回るヨハネたちを見た。
何が修行なのか意味が解らない。
『リスペクトしているよぉ。ヨハネはぁ。リスペクトが吾輩にダイレクトに届く。なんかもう、ヨハネ、吾輩が好きすぎて、頭おかしくなっているからね』
『そうすっか』
神の価値観を人間の価値観で測ることはできない。
死んだオヤジが言っていたことだ。
んじゃ、ヨハネに人類救済をやらせりゃいいんじゃねーかと思った。
『イエスちゃーん! 駄目だから、人類救済は君の役目だから』
『なんで、俺なんっすか? この底辺の童貞の……』
『親子だから』
『はぁ?』
『吾輩の息子だよ。イエスちゃんはぁ。パパって呼んでもいいよ』
さらっと、衝撃的な事いわれた。
なにそれ?
あのパンスケで淫売のマリア。俺の母だ。
そいつの言っていたことは本当なのか?
処女受胎とか…… マジだったのか……
『吾輩が種付けしたときには、すでに膜はなかったなぁ』
神が俺の心を読んだように、母親のマナマナしい部分を教えてくれた。
どうしようもねぇ。クソみたいな淫売であることは変わらなかった。
まあ、予想はついたけど。
つーか、俺は神の子なのか? マジなのかよ……
『まあ、その辺はいろいろ事情があるのよ』
『事情っすか』
『「人類救済計画」そのために生み出されしファーストチルドレン的な「神の子」的な――『知恵の実』を食し、楽園を追放されし人類の原罪を浄化し、完全なる救済と――云々』
なんか、神が語りだしたけど、俺にはよー解らん。学がねーからな。
原罪か……
俺の知識では人間の原罪はアダムとイブが「知恵の実」食ったから生じたのだ。
確かそう。
なんか、ヘビが喰えちゅーからイブが食った。で、アダムに勧めた。
神は「絶対に食べるなよ! 絶対だぞ! 本当に絶対だからな!」って言ったのに食った。
それが原罪。食った罰で楽園も追放。
でもって、そんな人類を救うため、主は律法とか戒律をくれたわけだ。
ユダヤの民を選んでだ。
で、ユダヤ人はそれを守るわけだよ。
おちんちんの皮を赤ちゃんの時に切るとか、ご飯の前には手を洗いましょうとか。そんなの。
で、それを守れないと人類はアカンようになる。
逆に戒律を守れば、民族的なユダヤ人でなくとも、救済される。
ただ、この神はヤバいので注意が必要なのだ。
この神様、なんども人類を呪っている。
一度、洪水でノアを除く全人類を溺死させとるし、街を焼き払うとか平気。
信心深い「義人」はよく試されて、ひどい目にあうことがある。
息子も妻も殺され、無一文にされ、全身皮膚病とかにされる。
よーするに「こんだけ、ひどい目にあっても吾輩を信じるかなぁ、どうかなぁ~」という実験だ。
かなり過酷でヤバい神なのである。
俺はそんな神の子なのか……
これは、すごいことなのか? よく分からん。
底辺で童貞の俺は神のチートの力ともいうべき奇蹟の力をもらった。
今のところ水の上を歩いただけだけど。
でも、そのくらいは、預言者でも出来るのかもしれんしなぁ……
神の子か…… 俺が……
『――というわけで、吾輩はリバイアサンをぶち殺したのだ! マジで瞬殺。ベヒモスとか雑魚すぎだった。吾輩は無敵であり最強―― 天地創造したしなぁ』
気が付くと、神の話は自慢話になっていた。自分がいかに偉大かを力説していた。
確かに神だ。俺たちの神だった。この話のぶっとんだ感じ。
一貫性のない分裂気味の話しっぷりがまさに神だ。
オヤジが言っていた通り人間の常識を超えている。
『主よ』
『なんだ? イエスちゃん』
神の声がちょっとむっとしている。
自慢話を遮られたからかもしれない。
『いや、修行するって話っすけど…… あれ修行なんですか』
『いいんだよ! 吾輩を好きで、崇めればいいんだよ! あと吾輩が禁止したことやらなきゃいいんだよ!』
全知全能の神が断言した。
『でも、全員童貞だし、まあ、俺も童貞ですけどね…‥ 本当に、こんなことで脱童貞できるんですか?』
『イエスちゃん、そんなこと気にしてるの?』
『それに、アイツらが俺のケツ狙ってきたらどーすんですか? 神の子なのに、童貞より先に処女喪失かもしれんし』
実際、俺はそれを恐れている。
だって、エッセネ派のやつら、全員がガタイがいい。
栄養失調気味の俺など、襲われたらひとたまりもなく、肛門裂傷になる。
『あ、それないから。吾輩はホモ大嫌いだからな』
『はあ』
『ソドムもさぁ、吾輩の使わした天使のケツ穴狙ったから、滅ぼしたんだよ』
神の言葉に黙ってうなずく俺。
それは知っているけど。
『とにかく、ヨハネのマネしてな。弟子をいっぱい作っていくのだよ。そうすることだ!』
『ん~ 弟子っすか……』
あんまり乗り気になれん。
底辺で童貞で無学の俺が弟子をもっても、弟子に馬鹿にされるに決まっているのだ。
エッセネ派のやつらは、全員童貞。
しかも、原始共産制なので、俺をバカにはしない。
しかし、普通の人間はどうなの?
まあ、ヨハネくらい振り切って狂気にフルスイングしてればいいかもしれんが。
そこまで、思い切れんし、狂えない。
『女の子の弟子とったらいいじゃん! ハーレムだよ。弟子ハーレム』
『え!! 主よ! いいんすか! マジ?』
『マジだよ。弟子にはやり放題だよ。洗礼とかイニシエーションとか言ってさぁ。やりたい放題! 脚に香油を塗らせたりもできるかもしれんなぁ』
すげぇぜ神――
俺の魂の中に、神に対するリスペクトがあふれてきた。
『んじゃ、よろしくやってな。わが子、イエスよ』
神は上機嫌な感じで言った。
さあ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ!!
俺にモテモテ、弟子ハーレムを作るという目標ができた。
少しがんばろうと思う。
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