俺の家には魔物が居る!

野良ねこ

戦い続けなければならぬ日常


「ハッ!?」


 瞬きをしたほんの一瞬、わずかな時間であるにも関わらず妙な違和感を感じて時計を見る。するとどうだろう、記憶とは違い長い針がだいぶ進んでしまっている、そんな経験はないだろうか……。


 タイムトラベル?


 いやいや、そんなカッコ良いものではございません。貴方様方の場合は分かりかねますが、私の場合は原因が判明しております。


『ヤツ』の仕業なのだと。



 ヤツが家に住み着いたのはほんの些細なきっかけでした。


「これいいじゃん、買う?」

「おーっ、本当だ。座り心地良いねぇ、買っちゃおうか」


 とあるショッピングモールで見つけたソイツは直径1メートルほどの柔らかなクッション。座るとほど良く身体が沈み込み、自分に合わせて形を変える。なんだか包み込まれているような感覚に一目惚れしてしまった。

 中に細かな発泡スチロールの粒が詰め込まれた “ビーズクッション” 、それに擬態していたヤツをまんまと家に迎え入れてしまったのが悪夢の始まりだった。



 午前2時、夜勤が終わり帰宅すると軽い夜食を腹に詰め込み、ルーチンのようにヤツに身を預けて日課のゲームノルマをこなします。 それが終われば「いざ、執筆!」とスマホを携え、あれやこれやと調べながらの素人執筆活動に励み始めるのです。


 しかし時刻は午前4時をまわる頃、ヤツの力はピークを迎え、虎視眈眈と毒牙を叩き込むタイミングを図り始める。


 私のなけなしの集中力などすぐに尽きてしまいます。仕事の疲れも出て、文章を考えようと少しだけ長く目を瞑れば、心地良い疲労感と共に悪戯好きの睡魔さんが「いらっしゃ〜い」と笑顔で手を振ってくれる。 だがここで彼の手をとり握手でもしようものなら、私の貴重な執筆時間がお空の彼方に消えてしまう!


「いかんいかん……」


 首を振りつつスマホの画面へと視線を戻すと、無い頭を使い何時間もかけて書いてきた大事な大事な “執筆の証” の末尾に意味不明な顔文字と、暗号文かと思える解読不能な文章がつらつらつらっと増えているのは良くあることだった。


(はいはい、削除っ)


 邪魔なら消せばいい。削除ボタンを連打し、睡魔さんの増やしたお邪魔プヨを力ずくで消し去ると、再び始まる執筆活動。

 しかし、2度あることは3度ある……。

 その都度「チッ」と舌打ちしながらもポチポチと消してやるだけなのだが、そんな私と睡魔さんとの戯れに横ヤリを入れてくるのが『ヤツ』なのだ。


 仕事で溜まった疲労、睡魔さんとの戦いで上積みされる疲労、疲労、疲労、疲労……時刻は午前4時過ぎ、普通の人ならば布団の中で夢の国を謳歌している時間帯だ。


 そんな私をターゲットに選び、伸びてくるヤツの魔手!ここぞとばかりにタイミングを見計らいヤツの魔力が私の意識を刈り取る!


 これこそが同意の無い時間旅行の客引き手段であり、私の貴重な時間を奪い去る手口。

 だがヤツの真骨頂は、その間の時間だけを奪うに飽きたらず、その日の昼間、もしくはその前日の時間をも手中に収めてしまうことだ。


 意識のない私の体を操るヤツの魔力。と、言っても自由自在思うがままではないようだ。 左手に持つスマホ、操作するために構えられたままの右手。その指がヤツの魔力により引き寄せられる。

 近付く画面、逆らわない指。

 やがてそれをスマホのセンサーが読み取ると カカカカカカカカッ と小気味の良い音が鳴り始めるが、私はヤツの魔力に侵され気付かぬままでいる。


「糞!マジかっ! やられた!!」


 ものの数秒で喰われた文字達は、私が精魂込めて紡いだ、言わば私の子供のようなモノ。その子達がこの世から去ってしまったのに気が付くのは、それから一時間ほど経ってからの事だ。


 表示される白紙の画面を見れば考えるまでもない。

『やられた……』

 愕然とする私は、正面に見えるテレビへとスマホを放り投げ付けたくなる心境。苛立つ思い、急激に奪われるやる気、精神的に与えられたダメージは計り知れないほど大きい。


 ヤツは貴重な執筆の時間を奪うだけで飽きたらず、過去に執筆に使った時間までも根こそぎ奪い去る。ヤツの毒牙にかかり奪われた時間はすでに何十時間に及ぶだろうか、検討もつかない。


 ヤツの所業は、手にした大鎌で私の魂の一番外側だけを薄く、薄く、丁寧に削り取る。それはまるで鰹節のよう。 まるで理解することは出来ないが、きっと、ヤツなりの調理が完了した時点で私の全ての時間は一気に奪われる、そんな気がしてならない。


 しかしそれでも、私は毎日のルーチンに従いヤツに身体を預ける。


 どんな体勢にでも合わせて形を変える座り心地の良さ。低反発とはまた違ったほど良い反発力は無意識に私の体を引き寄せる。ヤツのもう一つの力 “依存性” は決して逃れることを許さない。例え奴の毒牙が再び襲いかかると知っていても、だ。


 だから私は戦い続けるしかない。

 疲労と、睡魔と……この家に住む魔物と。



 皆様の家は大丈夫だろうか?何かに擬態した魔物が居付いていないだろうか?

 もし時間旅行が頻繁に起こるようであれば、それはもしかしたら貴方の家に住み着いた魔物の仕業さかもしれません。


 しかし、例えそれが分かったとて、無力な私達にはどうすることもできない。ただ経験者として一言アドバイスするとしたらこの言葉を贈ります。

『ご注意召されよ』と……。


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