第9話 木村幸人、音痴を改善する。前編
私は木村燈。アニソン歌手兼作編曲家だ。
ただいま私は、自分で言うのもなんだけど歌手の名に懸けて、「緊急音痴改善特別レッスン」中だ。
正直に言おう。吐きそうな程、超音痴だ。むしろどうしたらこんな風になれる?
逆にすごいわ。
時は数時間前に遡る。
今日幸は仕事がオフらしく、家でのんびりしていた。
私は今度あるアニメの主題歌の楽曲提供があるのだが、作詞家さんや歌い手さんに一度見せなくてはいけないため、早めに曲を仕上げてデータにして、見せないといけないのだ。
そんな中、私が仕事をしていると、
「ykgjytxrtfkjjl。ういktyjrてrtるyつyvfhg~♪
34うxtくいうお;いじょp:じp9うyk;m;jttdgり;l~♫
yrぇtrjgきぃお;いお;い;おh~♪」
「??!!!???!!!!!!??!!!」
この世のものとは思えないような、事件性を感じる死にそうな叫び声(?)が聞こえた。
(「ヘッドホンしてPCの音源を結構な音量で聴いているのに、この地獄の雄叫びは一体なんだ?!」)
何事かと思って、叫び声(?)が聞こえた、普段私がギターとかキーボードとかを練習するときに使う防音室に向かう。
「何事?!」
部屋に駆け込むと、幸がいた。
「………………。」
「………………。」
「…………………………どうしたの、そんなに慌てて。」
「いや、お前だよ。」
ツッコんだあと、尋ねる。
「今の叫び声は?!」
「知らない。」
「いやいや。さっきすっごい事件性の感じる叫び声が聞こえたんだけど。」
「………大丈夫?PCで大音量で音聴き過ぎて、耳が麻痺してるんじゃないの?」
「いやいやいやいや。それ、こっちのセリフなんですけど。」
「はぁ………。何が言いたいの?ちゃんと言ってくれなきゃ分からない。」
「音痴だっつってんの。」
「…………………………。そんなわけないでしょ?燈の耳は節穴なんじゃないの?」
「お前の耳が節穴だよ!音楽活動してる人間なめるんじゃねぇ!!」
というか、そもそもなんでいきなり歌い始めたのだろうか。
こんなことは初めてだ。
「そもそもなんでいきなり歌を歌い始めたんだ?」
「練習。」
「練習?なんの?」
「実は今度俺、アニメのキャラソンを歌うことになったんだけど、この前そのキャラソンの収録に行ったんだよね。それで歌ったんだけど、気づいたらスタッフさんや他の声優、みんな眠ってたんだよね。俺の歌声って、子守歌みたいに眠りを誘う声してるみたい。」
(「ちっげーよ!!それは『気絶してる』っていうんだよ!!!!
というか、その自信はどっからくるの?!」)
「それで歌い終わった後、ひとり音響の人が眠りから覚めて、『今日は機材が壊れたから、中止という事で、また今度収録させて下さい』って、その日の収録は終了したよ。」
(「歌声だけで、機材って壊せるものなの?非常識すぎだろ!」)
幸にそんな苦手な事があったとは………………………………。
以外と言うか…………。でもなぜかちょっと安心した、むしろ喜んでいる自分がいる。
後から声優の友達から聞いたのだが、この騒動は声優業界で有名で話題らしく、
通称「木村事変」と呼ばれているらしい。
この歌声で世界征服、あるいは滅亡できるのではないか。と言われているくらいらしい。
幸は何でも完璧にこなす、隙のない奴だと思っていたが、とりあえずこいつも、ちゃんと人間だと確信した。
でも歌声で人を殺められると、色々と困る。
(「とりあえず、もう一度歌ってもらうか…………………。」)
「幸、もう一回歌ってもらえる?」
「別にいいけど。」
スウゥゥゥッと息を吸い込み、
「hづいyhうりぅえいおwゆいりdyれううぃぃhfjhjshjbghxfshzhcjvsvbvんfふwyg38sんvsbんkfしゃた~♪
ふぃヴいffhgjfdskkjdfgk。jfkdjs;hfkgんdんsんvxbふぃfkgんfdじょえjくぇwkfjgfdsjdfjgf:dg~♫」
「…………………………!!!!!!!!!」
(「ゔゔゔっ……がぐぁぁぁぁぁぁぁぁあ……!!!!!!!!!!!」)
「もういい、もういい!!ストップストップ!!!」
歌(?)が止まる。
「よくこれで、今日までやってこれたな!逆に感心するわ!!」
「そう?ありがとう。」
「褒めてないっ!!!!!」
とりあえずまずは、自分の歌声がどんななのかを自覚させることからだな。と思い、さっきスマホで録音した音声をイヤホンを通して、幸に聴かせる。
「…………………………。」
フムフム、と首を頷かせながら聴いている。
(「どうだ……!自分はこんな歌声してるんだって、思い知っただろう…………!」)
聴き終えたみたいで、イヤホンを耳から外す。
(「さぁ、どうだ!」)
「…………………。なんだ。全然大丈夫じゃない。」
(「無自覚ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」)
そうか、そもそも耳(聴力)がもう皆無だから、自分の歌声聴いたって無駄だったか…………………………………!!!!!!自分の甘さを呪う。
(「よし、ここはあの人気声優を呼んでみるか。(念のため、私の耳がおかしくなってないか、確認するために。)」)
一時間半後、幸と私の友人(仕事帰りの人気声優斎藤悠樹)を呼び出して、歌の感想を聴いてもらうことにした。
「なんだよ?急に呼び出して。そんな重大な事なのか?別にメールとかで事済ませても良かったのに。」
「これは、私の力だけじゃどうにもならないんだよ。ちょっと今すぐ感想を聞きたくて。」
私は食らいつくように訴える。
「ん?おぉ、そうか……………………。」
若干、燈の圧に驚いた斎藤悠樹だったが、とりあえず頷いておいた彼だった。
「で?感想って、なんの?」
「幸が今度歌うキャラソンのことなんだけど。」
「………………………………………………………………。」
「……………おーい、どうした?」
「アァ、ダイジョウブダイジョウブ。ナンデモナイ。」
(「全ッ然大丈夫に見えねぇ……………………………。」)
この時、斎藤悠樹は思いだしていたのである。あの地獄絵図を。そのキャラソンのアニメはこの2人は共演していたのである。
その日は2人で同時に収録だったらしく、一番被害を受けたのだとか。(アフレコ現場情報による)
「それで、歌の感想を聞きたいんだけどさ……………」
「ダイジョウブダッテ、ウマイヨ、ウタ、スッゴク。」
(「幸の歌の事知ってんな……………!確信犯だコイツ……………!!」)
「でしょう?悠樹。燈が俺の歌を音痴だとか何とか言うんだよ。さっき俺の歌声の録音聴いたけど、全然大丈夫だったんだよ?」
しれっと「俺は歌上手い」発言すんなや。
(「「そりゃ、自分の声だからな…………………………!!」」)
「事件性があるとか、世界征服とか、滅亡とか。まさかね。燈は大げさすぎるんだよ。」
(「「そのまさかなんですわぁ…………………………。」」)
私はこそっと悠樹に尋ねる。
「なぁ、お前なんか知ってるだろ?」
「べ、べべべ別に?むしろ何が??」
「嘘つくならせめてちゃんと平静を装えろよ。役者だろ、おまえ…………。なぁ、何があったんだよ?そっちの業界で。」
「お前なぁ………。頼むからこれ以上掘り返さないでくれよ!この案件はお蔵入りにしてくれ。第一、音楽に強いのはお前だろ?!お前がレクチャーしてやればいいじゃんか!」
「だめなんだよ!私だけの力じゃあ…………。それにずっとお蔵入りにしたら、幸が可哀そうすぎるだろ………………。
一生あんなんで良いと思ってるのか、お前は………………!」
「よくねぇよ!でもあれに近すぎると死人が出る……………!寿命削られる……………!命がいくつあっても足りねぇよ……………………!」
「じゃあ、私たちが犠牲になって、一緒に死のうか……………………………!!」
「嫌だよっ!!誰が一緒に心中してやるか!!こんな死に方は絶対に嫌だ!!俺にはまだやり残したことが………………、詩乃がっ………………………!!!!」
「このバカップルが………………!」と心の中で思った。
「ねぇ、俺だけ仲間はずれにしてコソコソ話するの、やめてくれない?後、一瞬『心中』って聞こえたんだけど、どういうこと?」
「「えっ、何でもない何でもない!」」
「よっ、よーし!悠樹も歌の練習付き合ってくれるってさ。良かったな!幸!」
「えっ、そうだったの…………?やったー。」
「……………………!!!!!!〔テメエ……!巻き込みやがって………!!〕」
「うん!心強いな!〔はっ、これでお前も生贄だ!〕」
そして、生きるか死ぬかの、音痴改善レッスンが開始した。
to be continued……
うちの旦那は声優である。 笹原絢斗 @gannko
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