第6話 後藤君の悩み事
私は橘綴。小説家である。
今私は担当の後藤君と打ち合わせのため編集部に来ているため、毎度の如く橘綴こと斎藤詩乃である。と名乗るのは今回はやめておく。
今日は書き終わった小説を提出すると同時に、打ち合わせを兼ねて会社にやってきた。
「あ、橘先生ー!こっちっスー!」
人懐っこく、笑顔で手を振って手招きしている彼は私の担当、後藤光(ごとうこう)君。私より2つ年下の23歳である。私は一人っ子だが、弟とか妹がいたらきっとこんな感じなんだろうなぁと姉目線みたいに彼を見つめる。
彼は明るく、天然キャラで編集社のムードメーカー的存在らしく、分け隔てなく人と接するので、編集者の先輩から後輩にまで可愛が(イジ)られている。(彼はコキ使われて、ナメられているだけだ。と言っている。)
口下手で人見知りかつ表情を顔にあまり出すのが苦手な私にも優しく対応してくれ、私の相談事にものってくれる頼りになる担当さんだ。
軽く今後について打ち合わせし、完成した小説を後藤君に渡す。
「お受け取りさせていただきますっス!」とニコっと笑い、原稿を受け取る。
「それでですね、橘先生。ちょっと相談が…、言いたいことがあるんですけど…………。」
「……?」
受け取った原稿を見つめながらうつむく後藤君を見て、私は何か彼に失礼な態度をとってしまっただろうか、原稿のどこかに大きな不備があったのだろうか、などと頭の中で小さな私がひたすら心当たりを探しまくる。
「実は……ですね…………」
ゴクリ、と息を飲む。私。
「イケてる男って、モテる男って、一体何だと思います?!」
「………………………………………………………………。」思考が数秒ほど停止した。
なぜにそれを私に相談した?という疑問と私が何かしたわけじゃないんだ。良かった……。と安堵する私が、脳内でグルグルと巡っている。
それを悟られないように心と脳を素早く立て直した私は、
「………どういう、こと?」と聞く。
「いや、編集社の男性陣って締め切り間近だったり、印刷会社に原稿出しに行くときギリギリになって怒られた時とか、先生が音信不通になって途方に暮れてる時とかって、墓から這いずり上がってきた執念深いゾンビ………、いや、天使の営業スマイルという面を被った死神……、良き編集社員になるために今は耐えろだとか言いながら、飴は与えず鞭ばかり死ぬまで打ってくるパワハラ騎手……?な人たちばかりなんスけど、仕事できるし、容姿だけはイケてるし……、何より原稿の内容チェックの時とかすっごい的確で、作家さんの良い所を上手く伸ばして、物語がなんかきらきら輝きだして…………パッとさせるんスよ!花が開花するみたいに!」
たった今、先輩・後輩・上司・編集社に対して全員を敵に回した気がしたが、この発言に関してはとりあえず置いておくことにして。
彼は流石、この若さで作家担当を引き受けるだけの実力があって、感性もまた面白い子だなぁ、と感心してしまった。
それもあって、彼は重要な役割を任せられ、気に入られているんだろうな(?)と私は思った。
だが彼は、その先輩方に期待されてるなんて気づいていないことだろう。
(「余計な事言わなければ、すごくスペックいいと思うんだけどなあ。後藤君。」)
「橘先生などの小説家さんって、言葉で人物の感情の移り変わりとか立ち振る舞いとか、描写するじゃないっスか。だから、卓越した言葉に強い先生なら何か……、いい助言をもらえるんじゃないかと思いまして……。」
「ちょっと待て」と何度も心の中で連呼する。
「橘先生、その卓越した言葉使いで数々の男性や女性の心を射抜いてきたんじゃないっすか?旦那さんも含めて。男も女も落とす言葉テク、教えてくださいっス!」
「……………………………………………。」
「私は…、いつも通りの後藤君で………いい、と思う。」と素直に告げた。
しかし彼は
「いや!それじゃだめなんス!やっぱりパワハラ上司とかパワハラ先輩とかモラハラ後輩みたく、ドSさも必要なんでしょうか?最近の女子って、Sっ気のあるの男に惹かれると聞いたことありますし。」
「みんながみんな、そういう訳では、ない…………と思うんだけ、ど。」
「俺ってM気質なのかなぁ~?いや、前俺、付き合ってた彼女がいたんスけど、「あんた普通過ぎてつまらない」って言われて別の男と付き合いたいからって言って、そのまま別れたんスよぉ。やっぱり、俺にはSが必要なんすね!よし、分かったぞ!!
…………という事で何か男性にはガツンと、女性にはキュンとくるセリフのご教授、よろしくお願いしますっス!!!!」
「ち、ちょっと待って………。落ち、着いて。私、まだ何も……………………。」
「違う、そういうことじゃない。」と言ってあげたかったのだが、こんな哀しい別れ話を聞いてしまうと、なにも言えない。これ以上墓穴を掘ると彼が、どんどん残念でかわいそうな少年になってしまう。
「あっ、そうだ!あと、女性ってちょっとエッチな男性も好きっていうのを聞いたことあるんスけど、本当なんスか?!」
私は顔には出さないが、心の中では恥ずかしさで、叫びながら大暴れしている。
「私は、そう、いうの、は………………………。」私は体に動揺が現れないようにぐっと力を入れ、誤魔化す。正直ちゃんと平静を装えているのか、もう分からない。
「あっ、すいません。そういう事ではないっスよね。では、旦那さんからはどういったコミュニケーションを取られるんスか?!旦那さんから攻める感じっスか?それとも、先生から旦那さんを攻める感じっスか?というかそもそも、声優と小説家との生活ってどんな感じなんスか?!ぜひ参考にさせていただきたいっス!!!」
どんどん興奮気味に質問攻めして、目を輝かせる後藤君。
もう、やめてくれ……………!恥ずかし過ぎて死ぬぅ……………!!
私が心の中で、動揺でガタガタと震えてると背後から真っ黒に歪んだオーラを纏った
パワハラ上司と、パワハラ先輩と、モラハラ後輩がやって来た。
「「「そういうとこだよ。」」」
顔を青くした後藤君は恐る恐る振り返り、静かに奥の暗い会議室に引きずられながら3人に連れていかれた。
その後彼がどうなったかは、誰も、知らない。
しばらくすると、噂によれば、しばらく後藤君は「セクハラ・M・GOTO」という大きく書かれた名札を2週間ほど首に下げ、背中には「僕は、セクハラ後藤です。」という書き紙が貼られていたそうだ。
なんだかんだ言ってとても仲が良くて、微笑ましかった。
しかし、その打ち合わせの日は悠樹の顔をちゃんと見れなかった。
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