第4話 斎藤悠樹は聞き出した

俺は斎藤悠樹。声優だ。


怒涛の下積み時代を乗り越え、事務所に所属し、やっとの思いで名前のある役をもらえるようになり、さらに時は過ぎ、ようやく主人公の役などがもらえるようになった。


声優としての仕事が安定してしばらくして様々なキッカケがあって、人気小説家「橘綴」こと橘詩乃と結婚した。


今日は俺は仕事がオフで、俺は家のリビングのソファで台本をチェックし、詩乃は作業部屋で小説も執筆に勤しんでいる。


だが、それぞれの仕事の課題があるからといって、全く会話しない訳ではない。


たまに詩乃が、「ここの部分……、どっちの表現で書こうか迷ってるんだけど………、


どっちがいい、と、思う……?」と聞いてきて、俺の回答を小説の参考にしたり、


反対に俺が台本を読んでいて、どういう感情で演じようか悩んだときには相談に乗ってくれて、すごく的を得た参考になるアドバイスをくれる。


こんなに頼りになる相談相手は中々いない。


ただ結婚前から思っていたことだが、詩乃の感情や思考が読みづらいところがある。


口下手で人見知りで、自分の感情をあまり露わにしないため、色々と謎に包まれた人なのだ。(好きなものは秘密主義にしたいタイプなんだろう。)


だから、あまりにも彼女の考えてる事が読めなさすぎて、俺は何か詩乃の気に障ることをしてしまったのではないか。と時々心配で怖くなることがある。


せっかく夫婦なのだから、願わくばもう少し表情を表に出してほしい。

そして、一つくらい好きなものを教えてほしい。


(「前にクスッと笑ったとこを見たことあるけど、何に笑ったんだろ…。笑ったら尚可愛いんだから、俺の前でも笑顔くらい見せてくれたっていいだろ………。」)


と詩乃にもその微笑みを返したものにも、少し子供っぽい嫉妬した。


だから俺は作業部屋で小説を執筆していた詩乃に「ちょっと休憩しないか」と声をかけリビングに誘導し、淹れたブラックコーヒーを差し出す。


「ありが、とう………。」と詩乃が礼を言うと、早速いろいろ聞いてみた。


「なあ詩乃、もしもこれからパンを食べるとする。ジャムを付けたい。でも瓶の蓋は固くてお前の力では開けられない。瓶の蓋を開ける専用道具もない。さあ、どうする?」


「…………瓶にお湯をかけて、冷ましてから開ける、か……、それでも開かなかったら、ゴム手袋、とかして、しっかり固定させて、から、開ける。」


「…………………………………。」


(「ちっがーーーーーう!!!!!俺はそんなお役立ち情報を聞きたかったんじゃない!」)


そして次の質問をしてみる。


「じ、じゃあ、仕事場でパワハラあるいはセクハラされた。社員は誰も味方してくれない。


さあ、どうする?」


「……………言葉で通じないようなら、ぶん殴る。あるいは、彼らの所業をモデルにした小説を書いて、全員虐殺される描写の小説を小説投稿サイトや他の編集社に投稿して、署名もらって起訴する。そして賠償金ゲットだぜ。」


「………………………………………。」


(「怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!尚且つ陰湿!俺はそんな小説家流の復讐方法を知りたかったんじゃない!!」)


というか、いつものあのたどたどしい口調はどうした?!どこ行った?!


それになんかポケモ◯の名セリフが??!


俺はブラックコーヒーを一口飲んで、色々ツッコミたい気持ちと「そんな怖いこと考えてたのかよ?!」という動揺を何とか落ち着かせる。


「じじじじゃあ、この紙に木の絵描いてみて。」


これは「自分の思う木」を描くことで、その人のストレス度や今の気持ちの状態が分かる心理テストなのである。


詩乃は「?」という顔をしながらも、紙とペンを手に取って、ササっとペンを走らせる。


5分後、絵が完成したようで、見てみると………


極太の根っこ、刃物のように鋭い幹や枝、葉や花は全くない。

結果、『腐り果てた枯れ木』である。


「……………………………………………………………。」


(「エッ??!?!!ウソでしょ?!めっちゃ心理状態最悪じゃん!!!」


彼女の心情がヤバいことを知った夫斎藤悠樹は、脳内の記憶の隅々まで『気に障った行動・言動』らしきものを片っ端から探す。


そもそも今日は何だか、怒っているようなオーラをなんとなく感じていた。


(「原因は何だ?!探せ、俺!!探しまくれ、俺!!」」)と頭を悩ませる人気声優斎藤悠樹。


そんな一方で詩乃は、『今詩乃ではない状態』なのである。


どういうことかというと、今彼女の意識は彼女ではなく、「彼女の書いている小説のキャラの意識」になってしまっているのである。


ちょうど執筆しているシーンが、「怒りと嫉妬で人格が歪んでしまったキャラが関係のない人たちを虐殺していく」というシーンを書いていて、その真っ只で悠樹に声をかけられたことから、

そのキャラの感情に移入して意識も感情も思考も、そのキャラのままになっている。


つまりそのキャラに『なりきってる』ため、詩乃の意識はまだ現実に帰ってきてないのである。


そのため、先程の心理テストは詩乃の回答ではなく、「キャラ自身」の回答なのである。


だが、しばらくすれば、詩乃の意識は現実に戻っていくものである。



それを知る由もしない悠樹は、

「お前は俺といて、嫌か?ストレスか?」


「不満や気に障ったことがあるんなら、はっきり言ってくれ!言ってくれなきゃ分かんねえよ!!」


「嫌いなら嫌いだって正直に言えばいいだろ?!」


「ああ?!好きすぎて困ってるくらいだっつーの!!お前が可愛すぎてこの感情をどこにぶつければいいのか分かんねえんだよ!!!クソっ!!!」



「………………………。」


「………………………。」


「「?????」」



キャラの意識と詩乃の意識がごちゃ混ぜになって出た発言から、互いに数十秒くらいの沈黙が流れる。


この沈黙の間、詩乃の意識はようやく戻り、数十秒前何を口走ったのか、記憶を辿り整理する。


そして、みるみる顔から耳まで真っ赤にして「ごめん、なさい………!!」と言って作業部屋へ逃げていった。


この時夫斎藤悠樹は、いろんな意味の驚きとあまりの嬉しさで、その場でしばらく立ち尽くし、放心状態がしばらく続いたのであった。


悠樹は何度もあの発言を脳内で再生した。


結果、仲良しであった。




























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