一、鬼火に導かれて……
――そのわずか数分後。
♪ ♪ ♪ ……
机の上に置いていた,美咲のスマホが着信音を
「……えっ? 電話?」
PCにメールで返事が来るものと思っていた美咲は,思わず発信者の番号を確かめる。番号は,PCの画面に表示されている〈嵯峨野よろず相談所〉の番号そのものだ。
(……おっと! 早く出なきゃ,先方に失礼だよね)
美咲はひとつ深呼吸をすると,スマホ画面の通話ボタンをタップして耳に当てた。
「お待たせしました。堀田です」
『堀田美咲さんの
聞こえてきたのは,いわゆる"イケボ"――世の女性たちを
けれど,まだ
「はい! あたしが堀田美咲です。総合求人サイトでそちらの募集記事を見つけて,応募させて頂きました。――というか,募集記事について,お
そもそも,"よろず相談所"とは一体何なのか? どんな仕事をすればいいのか? 武道の有段者であることが,仕事と何の関係があるのか? ――など,美咲には訊きたいことが山のようにあるのだ。
『そうですか。では面接に来られた時に,直接
訊ねられた美咲は,「えーっと……」と悩む間もなく即答した。
「今日中にお願いします。夕方でも構わないので」
まだ正式にカフェを解雇されたわけではないので,明日からはまたシフト通りに出勤しなければならない。
が,今日中に即日採用されれば,明日にでも
『分かりました。では,夕方五時でどうでしょうか?』
早ければ早いほどいい。――美咲は何のためらいもなく返事をした。
「はい,大丈夫です。――あの,
面接に必要だと思われる情報は,先ほどメールで送ったけれど。必要とあらば,この電話を終えたら大急ぎで書けばいい。
『履歴書は必要ありません。必要な情報はメールで頂きましたので。では,夕方五時,事務所でお待ちしています。――場所は分かりますか?』
「はい。求人情報に載っていたので。だいたいの場所は分かります」
このページをプリントアウトして,それを
『そうですか。では近くまで来られたら,連絡を頂けますか? 案内役の者をよこしますので』
(……案内役?)
美咲は首を
「分かりました。ありがとうございます。では夕方五時,よろしくお願い致します。失礼致します」
美咲は先方が通話を切るのを待った。――ビジネスの電話は自分から切らないのがマナーである。
「よし☆ あとはこれで,すんなり採用が決まれば……」
これだけの好条件だし,こんなうまい話が世の中にゴロゴロとあるわけがない。普通なら,「
けれど美咲には,自分がこの求人に
(誰に? って訊かれても,誰にだか分かんないけど)
「ふーっ。とりあえず,面接決まっただけでも一歩前進だな」
美咲はホッとして,一人
求人情報の画面右上にある「
――実は,美咲にはもう一つ,
印刷されたばかりのプリント用紙に手を伸ばすと,美咲はふと
「……あれ? この求人,なんか不思議な感じがする。気のせいかな?」
彼女は
今感じたのは,どちらかといえば
「もしかしてここって,普通の相談所じゃないとか……?」
まさかなあ,と思いつつ,美咲はまたPCに向かった。
この〈嵯峨野よろず相談所〉について
ウェブサイトでもあれば,検索に引っかかるはずである。
「まあ、応募先の企業ののことを知るのも,就活の
何件かの情報がヒットしたらしく,〈嵯峨野よろず相談所〉のホームページからSNSの評判までがズラリと出てきた。
美咲はまず,ホームページへは行かずにSNSや
『代表の嵯峨野さん,想像以上にイケメンでマジ感動♡』
『あのイケメン
『ルックスはもちろん,アドバイスも分かりやすくて的確。相談しに行ってよかった☆』
……なるほど,評判は
(えっ,イケメン? 占い師? ここって一体どんな相談所なの??)
美咲の頭の中には,"
「謎を解くカギは,やっぱりホームページにあるのかな」
思いきって相談所のホームページを開いてみた。――ここに何か
見たところ,
「……ん? 何だろコレ?」
美咲の目は,
〈――当事務所は,目に見えないものによる摩訶不思議な現象にお困りの方々に手を差し伸べるべく,開設した「よろず相談所」である。〉 ――
その前には「妖怪」「悪霊」といった
「う~ん……,よく分かんないなあ」
ホームページの内容が
首を捻りつつ,美咲はPCを
――それにしても。
「ホントに
美咲自身は妖怪が視える体質で,転職先として応募したところが妖怪などに困っている人達のための相談所なんて……。
(やっぱりあたし,何らかの見えない力に導かれてる?)
彼女の中に
****
――〈嵯峨野よろず相談所〉は,下町・
夕方五時少し前。昭和レトロ感
「えーっと? 確か住所ではこのあたりのはずなんだけど……」
ふと視線を上げると,そこにある電信柱に張り付けられた町名のプレートが目に留まった。
間違いなく,ここは相談所の近くであるらしい。
美咲はスマホで時刻を確かめた。――あと
「近くまで来たら連絡してほしい」と,嵯峨野から言われていたことを覚えていたので,美咲は登録しておいた相談所の番号をコールした。
電話はすぐに
「五時から面接にお
『そうですか。分かりました。――では,案内役のものをすぐに行かせます』
今どのあたりなのか訊かれた美咲は,町名プレートが貼られた電柱の前だと伝えた。
――一分も待たなかっただろう。確かに,彼女のところへ"それ"はやって来た。
ふよふよと
「おっ……,
美咲も何度か目にしたことがある,火の玉のような妖怪(らしきもの)。確か,死者の
けれど,この鬼火からは怨念めいたものは感じなかった。――むしろそいつは美咲のことを認識しているようで,ある方向へふよふよとゆっくり移動しようとしている。
もしかして……。
「――えっ? あたしに『ついて来い』って言ってるの?」
こいつが嵯峨野の言っていた,"案内役のもの"なのだろうか?
(確かに,発音だけなら"物"も"者"も同じ"モノ"だもんね。嵯峨野さん,ウソは言ってないか)
美咲が一人で納得していると,鬼火はそれに構わず(?)ふいーっと飛んで行こうとする。それに気づいた彼女は
「……あっ!? ちょっと待ってよ! 置いてかないでよっ!」
慌てて鬼火を追いかけようとする美咲だったが……。
(しまった! スニーカーで来ればよかったな……。まさか走ることになるなんて思わなかったから)
彼女は面接用に気合いを入れた服装――白い
せめてローファーで来るべきだったと
「しょうがない。走るか!」
****
――それから二分後。
「はー,ギリギリ間に合った……」
美咲は息を切らしながら,鬼火が姿を消した一軒の大豪邸の立派な
大正時代から昭和初期に建てられたと
(ここが相談所か……。ってことは,個人で
"細々と"やっているわりには,この屋敷は大きすぎる気もするが。「相談所」とはそんなに
(……えっと,インターフォンはどこ?)
自分が
――と,その時。
『堀田美咲様でいらっしゃいますか?』
屋敷の方から,一人の少年がすぅーっと出てきて美咲に声をかけてきた。
年は十五,六歳くらい。一瞬女子と見間違うほどの中世的な顔立ちと声。それだけなら,嵯峨野氏の親族の子だと思うだけで,
が,彼の服装が何だかおかしい。
"
(もしかして,この子も普通の人間じゃなかったり……)
先ほど鬼火に案内されたばかりなので,さすがにこれしきのことでは驚かないが……。
「あっ,はい。堀田美咲です。――あの,こちらのスタッフの方ですか?」
明らかに違うと分かっているのに,ついそんな訊き方をしてしまう。
『まあ,そのようなものです。――屋敷の中で,
その少年は
「"あるじ"って……,もしかして嵯峨野さんのこと?」
――屋敷の中を案内されながら,美咲は彼に訊ねてみる。
『ご
「"お仕え"って……」
『そうですね……。"
――ということは,やっぱり……。
(この琴葉君も妖怪……なワケだ)
"式神"とは本来,
式神を置いていることからして,嵯峨野氏はそのどちらである可能性が高くなった。
(あたし,なんかとんでもないところに面接に来ちゃったなあ……)
玄関は
その廊下の突き当りに見える,大きな両開きの
『こちらが,あるじがお待ちしている部屋でございます。――大我様,堀田美咲様がお見えになりました』
琴葉は後半部分を部屋の中に向けて言い,「入れ」と応答があると『美咲様,どうぞ』と中へ案内した。
「琴葉,案内ご苦労。――君が堀田美咲君だね?」
「はっ,はいっ! よろしくお願いします」
「
嵯峨野大我は,美咲の想像通りまだ三〇そこそこの若い男だった。
身長は一八〇センチあるだろうか。細身でスラっとしているが,少しヒョロっともしているように見える。"体力には自信ナシ"とみて間違いないだろう。
着ているものは白いスーツに黒いシャツでノーネクタイ。
色素の
ネットの評判通りイケメンではあるが,どこか冷たい印象を受けるのは目つきのせいだろうか?
(……っていうか言葉
電話の話し方では,もっと
この
「――さて,早速だが面接を始めさせてもらう。……が,その前に。ここまで迷わずに来られたかな?」
「はい,大丈夫です。鬼火がちゃんと連れてきてくれましたから」
「そうか……。けっこう」
嵯峨野はそう
(……えっ? な,なに?)
しばらくそうした後,彼は何かを呟き,目を
「
(…………は? "キンのケ"ってなに?)
美咲は彼が何を言ったのか,全く理解できなかった。
「嵯峨野さん……,あなたは一体,
こちら、陰陽相談所~"妖怪"は目に見えなくてもちゃんと存在するのです☆~ 日暮ミミ♪ @mimi-3
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