第11話 竜の鱗
竜のウロコが値引きセールのカートに乗っていた。
透明な薬瓶の中で青白く光っている。人の指ほどの大きさか。
「珍しいのが乗ってるね」
店主はキセルから息を吐いた。深く刻まれたシワを煙が撫でる。
「色が悪いんでね、売れなかった」
「アクアマリンはダメなのか」
「濃い色が流行りなのさ」
僕は瓶を持ち上げてしげしげと眺める。少しだけ迷って、店主の前に持っていった。
「育てたことはあるかい」
「ない」
「こいつは石が反射した光を食って育つ。家に鉱石がないと困るね」
「それはある」
店主はまゆをあげた。どうやらウロコよりも石の方が値打ちものらしい。
「種類はたくさんあった方がいい」
「うちに立派な標本があるんだ」
金貨を2枚出せば、まいどと瓶を渡される。
一人暮らしでよかった。家族と取り合いになることもない。部屋は石でとっちらかっているが、全く問題ない。
「おまえの名前はウロにしよう」
小瓶を窓際に置く。
それからウロが好みそうな石を、かき集めた。ルビー、サファイア、水晶、フローライト、ラピスラズリ、メノウ、トパーズ。
どれも小さすぎて市場に並べなかったものだ。原石のままだがウロには有効なのだろうか。
日が沈み、西の空が蒼く夜を迎え入れる頃、ウロが目を覚ます。
ウロコの形がゆっくり解かれて、タツノオトシゴに似た形に変化した。小さな羽の生えた、竜のウロコだ。
「やぁ、はじめまして」
音を認識するかはわからないけれど、新入りに挨拶する。ウロは顔をこちらに向ける。淡い水色の体に対して、瞳は紺で染めたように暗い。頭に生えるいくつもの角が、目の上にかかって、困ったようなまゆを作り上げていた。情けない表情にますます愛着がわく。
「僕はしがない石掘りだよ。よろしく」
ピュウ、とラッパ型の口が音を出す。出だしは順調のようだ。
小瓶の蓋を持ち上げると、軽快な動きで外へ飛び出す。真っ先に即席の鉱石標本へ飛んでいく。瞳がキョロキョロと動き、吟味しているらしい。
月明かりが石を照らし出す。ウロは石の間をくぐり抜けていく。
木苺の鍋、水たまりの空、月の瞳、水飴の渦、深海の氷、地層の眠り、樹液の夢。
月明かりに映し出された色々の影に、ウロの水色が混ざり幻想的な色合いを作り上げていく。
馬のように俊敏に走り、さんざ迷ってウロはサファイアの前に立ち止まった。ゆったりと首を曲げて、床の底に映る青い光に口を近づける。
不思議な光景だった。光が少しずつ減っていき、かわりにウロの口から体内へ青色が流れ込んでいく。細かい粒子のような、さらさらとした流れだ。
もしかしたら光を砕いて竜の星屑にしているのかもしれない。
床からサファイアの光がなくなると、ぴゅいと鳴いてウロは瓶へ自ら入っていく。もう、眠るらしい。腹に頭を埋めて、ウロは元の形に時間をかけて戻っていった。
翌朝、ウロのアクアマリンに青色がグラデーションで入っていた。
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