第10話 夜の秘密

 僕は小さな秘密を知っている。


 夜になって、みんなが寝静まった頃、縁側に横になる。僕の部屋は二階にあるから、家族の寝息を乱さないように、そっと階段を降りる。和室の畳は、随分前から黄色に色が変わり、埃っぽい古びた匂いが漂っている。


 僕は畳を踏む足に、細心の注意を払った。畳の音が家の中で一番大きい。

 夜の空気を壊す大敵になる。つま先立ちでも響くから、息を殺して急いで板張りを目指すのだ。


 僕はこの世界の小さな秘密を知っている。

 よく冷えた板にうつ伏せになって、耳を当てる。僕が発していた音がなくなり、僕の耳も夜の眠りに慣れてくる。


 縁側のカーテンは破れていた。いつか買い換えるらしいけれど、それがいつなのか僕は知らない。雲が街灯の光を吸って、ぼんやりと白い。


 僕はゆっくり目を閉じる。ずっと遠いバイクの走行、父のいびき、冷蔵庫の振動、風、僕の鼓動。すべてを夜が優しく包みこんで、体が馴染んで安心して息をして、それでもじっと床に耳を済ませていると、微かに違う音がする。


 馬の蹄だ。身軽な足取りで歩いている。

 きっと、綺麗な飲水を探して散歩している。少し遠のいて、今度はゆっくりと複数の蹄も聞こえてくる。


 あれはヤギだ。柔らかい草を食べにやってきた。思い思いの場所に散らばって、しばらくすると草がちぎれる音が始まった。

 ぷつり、ぷつりと、ささ、ざざざ、が混じって聞こえる。彼らはご機嫌で食事を満喫している。馬は、軽快な足取りで去っていった。


 僕は声には出さず、ヤギに語りかける。今日のご飯はどうだい?夜露に濡れて甘いのかい?僕は美味しさを知らないけれど、きっと君たちは、少しずつ体内に取り入れて、豊かな地面から艶やかな毛並みになっているんだろうね。


 カサッと近くで草を踏む音がする。一頭が僕のそばを通ったのだろう。瞼に映る床に、一筋雪が舞った。

 キラキラ舞い上がったそれは、ゆっくり落ちて消えていった。


 ヤギが去ると、もう草原はない。僕はじっと耳をそば立てる。

 感じるのは、氷か硝子の張ってある世界だ。反対側の耳がフクロウの声を拾った。どちらの世界も優しいと、僕は笑顔になる。


 コンコン、と控えめなノックがした。僕の耳の少し横だ。もう何も、足音さえ聞こえていない。

 僕はそっと板にノックする。コンコン、と返事をすると僕らはもう満たされる。

 向こう側の、顔も知らない誰かの安堵さえわかる気がした。夜が淡い桃色に染まる。


 僕は小さな秘密の夜を、誰かと終えていく。

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