第8話 狩り者ゲーム(閲覧注意)
ターゲットは6人。
高級車に乗った黒人の金持ち、不健康そうな白人の少年、カップル、夫婦の方割れ、
そして僕。
何の為に殺されるのかは知らない。
ただ、何かの代償なのだと殺人鬼は言った。
僕らは、殺されるだけの何かを、得たらしい。
殺人鬼は、僕に数枚の紙切れを渡して、言った。
「これが、ターゲットの殺し方だ。よく目を通しておけ」
彼らは、自身が殺されようとしていることは、知っていた。この狭い街中で、今か今かと待ち構えていた。
まるで鼠捕りのような、はたまたコメディのような、それぞれの生活にあった、または彼らの希望した死に方だった。
金持ちは通いのジムで、電動マッサージチェアでの感電死。
少年は、高層ビルの上階にある、ゲームセンターで、機械の誤作動により、外に放り出され事故死。
カップルは睡眠薬による心中、夫婦の方割れは溺死。
僕は、母が好んだ殺し方である、ごま擦り機による事故死。
一通り目を通すと、殺人鬼は口を開いた。
「お前は一番最後だ。俺はこっちを見るから、お前はあっちでターゲットの死を確認しろ。もし死んでいない場合は手助けしてやれ」
そう言うと、薄汚い老人は自転車をこいで人ごみへ消えて行った。
僕らは街の中心で解散した。
***
もちろん僕は、死など望んでいなかった。
金持ちだって、少年だって、奥さんを残して死ぬ男だって、死を望んでいなかった。
死に対して肯定的だったのは、心中カップルのみだ。
金持ちは、薬物の売買に、関わっていたらしい。殺人鬼が、金目当てで襲ったというのなら納得はできる。
少年は只の被害者だ。彼は、彼の父親の身代わりだった。少年の父が、自分の代わりに、息子を差し出して、その死に方を選んだのだ。少年はその事実を知らない。
カップルは疲れ果てていた。
生きることに疲れていた。それならばと、殺人鬼が最新式の、永眠マシーンを紹介した。カップルは死んだ瞳で喜んだ。
方割れの男の方が死ぬ理由を、僕は知らない。何か殺人鬼への恨みでもかったのか。
ただ、溺死を望んだらしい。
水に沈んで死ぬと、男は宣言した。
僕も、死ななければいけない理由を、分からない。
けれど、殺人鬼は僕を殺すことを、この中で一番に楽しみにしていることは、嫌でも分かった。好きなものは、最後に残しておく主義だ、と堂々と言っていた。憂鬱な気分が襲う。
最初に発見したのは、金持ちのリムジンが、銃撃戦に巻き込まれているところだった。
東に進んで、街から一つ裏に入った、道のはずれで、サングラスをかけた男どもに、囲まれていた。
しばらく呆然と見ていたが、男がここで死ぬことは確実だった。ハチの巣状態の車を一目見て、僕は踵を返した。
人が死ぬところなんて、見たくもない。もし見てしまったら、多分自分の姿と重ねてしまう。
***
中心の方に戻り、南に向かってしばらく街をさまよっていると、爆発音とガラスの割れる派手な音が、後方でした。
空を仰ぐと、少年が空を切っている。血がぽたぽたと降ってきた。少年は、そのまま放射線状に飛び、レンガ通りの、ちょうど人のいない空間に落下した。
一瞬だけ、目があった。少年は一瞬で、僕が殺したのだと、理解したようだ。
確かに、少年が通る道の端に、ゲームセンターの割引券と、百円玉を置いたのは僕だ。少年しか拾わないように、仕向けたのも僕だ。
しかし、僕はすぐにその場を離れた。少年が勝手に罠にはまり、勝手に死んで行くだけだ。
僕が仕向けた事、その事実を少年は知らないはずだった。それでも少年は、薄れて行く意識の中で、怒りと憎悪で滲んだ視線を向けた。今にも殺してやる、と飛びかかりそうな、黄緑色の瞳だ。
けれど僕には関係なかった。僕だって、この後すぐに殺されるのだから。僕は冷めた目を少年に向け、雑踏に紛れてその場を去った。
***
もちろん、逃げることも考えた。
このまま街を出てしまおう。でも、できなかった。しても無駄なことは明白だった。
殺人鬼の眼は、僕が生きている限り逃れることはできない。彼の執着心をなめてはいけない。
突然落下死した少年の事件は、当然報道され、救急車と報道番組の車が駆け付ける。歩行者天国で人の多く、移動が困難な街が、さらに混乱した。
警告音、拡声器と、人々の喧騒でうんざりする。近くの売れていない店に入って、騒動をやり過ごそうと、興味もない調度品を見て回る。
店主はのんびりとテレビを見ていた。目の前の通りで起こった騒動を、報道番組から画面越しに見ていた。僕も黙って報道を見る。
ふと、暴走車がカメラに捕らえられた。街から離れ、どんどん南へと走っていく。山の方だ。
「殺すんだ」
突然、殺人鬼の声が耳元でした。背筋に冷気を感じ、瞬時に振り替えるが、当然誰も立っていなかった。
僕はため息とともに南へ足を運んだ。
***
男は恐れていた。
溺死と焦って答えたのは、事実だった。目の前で言葉を聞いていた男は、にやりと笑って消えて行った。
訂正なんてする暇なく、男は殺される事実を知った。奥さんに、その事実を言うわけにはいかなかった。
その日から、水が怖くなった。
台所、風呂、庭先のホース、街の消火栓。
どこにも男を安心させる場は無かった。殺人鬼の目がずっと男をとらえているようで、いつ何時殺されてもいいはずなのに、その時は来ない。
血走った目で、数分おきに周囲を確認する男を、奥さんは心配げに見守っていた。恋人は、見守ることしかできなかった。
事態が動き出したのは、ある報道がテレビに映ってからだ。少年の死に、直感した。
これは、あの男の仕業で、次は自分だ。
男は急いで、恋人を連れて車を走らせた。連れて行かなければ、あの殺人鬼が何をしでかすか、分かったもんじゃなかったからだ。なるべく、弱みを握らせたくなかった。
山の方へと思い、坂道を登っていく。ここじゃない別のところ、男の眼の届かない、遠い街へと。
しかし男は、道を間違えた。
曲がる角を、間違えたのだ。
曲がった先には、港があった。
山にあるはずの無い、港だった。満潮で、一艘の漁船が止まっている。
突然、車が悲鳴を上げる。驚いて止めると、ボンネットが跳ねた。
フロントガラス越しに煙が広がる。男と奥さんは、転がるように外に出た。
「何が、どうしたっていうの」
初めて、奥さんが言った。
いらだった風でも、怒ったわけでも、心配した様子でもなかった。ただ恐る恐る、問われた。男は言葉が出なかった。
「彼は、死神と契約してしまったんです」
突然声がした。振り向くと、曲がり角に、少年が立っている。
冷めきった目で、男を見ていた。少年が二人方へやってくる。
「死神のような男で、本当に死神かは知りませんが」
座り込んだ男の前に、少年がしゃがむ。
「た、助けてくれ」
「無理ですよ。僕だって、この後殺されるんです」
少年は懐を探ると、一つ袋を取り出して、中身をひっくり返した。
少年の両手に、たくさんの小石が転がる。
「一人で死ねないのなら、これを飲んでください」
男の手に、じゃらじゃらと音が鳴る。奥さんは、男の裾辺りを握っていた。微かに手が震えている。
「つ、妻はどうなる」
「彼女は無事ですよ。彼は、彼女を殺すとは言っていません」
死ぬのは貴方だけです、と少年は続ける。
少年は、溺死は絶対に嫌だ、と思った。
口いっぱいに水が入り込んで、気管に侵入する。反射的にむせて、逆にどんどん水を吸い込み、肺が重くなっていく。
どうしても空気が欲しくて、水の中をみっともなくもがくが、空気なんてありはしない。
どんどん意識が遠くなっていき、気づけば海の藻屑だ。漁船が発見して、その醜く膨れ上がった死にざまを晒すのだ。
僕は立ち上がり、励ますように男の肩を叩く。
「頑張ってください」
僕は来た道を戻る。彼はもう逃げられない。奥さんを残して、死ぬのだ。
***
曲がり角の先に、待ち人がいる。男は確実に、彼らの死をどこかで見ている。
坂道の下側に、男が見えた。
長身で、黒ずくめの男が、こちらを見てにやりと笑う。あの時は老人だったから、ありえないのだが、その笑みは、確かに殺人鬼そのものだった。
本当に、死神なのかもしれない。
「やぁ。うまくやったかい?」
彼の手には、ジューサーのようなものが握られている。僕を殺す凶器だと、一瞬で分かった。
「坂の上で殺してくれ」
僕はなるべく落ち着き払った様子で言った。男は方眉をあげる。
「人目は避けたい」
ここで殺されると、確実に恋人の死を目撃した彼女に知れるだろう。
悲鳴を押さえられる自信はない。死にざまを、誰かに見られたくはなかった。
男は嬉しそうに笑った。
「いやぁ、死ぬことに好意的になってもらえて、とっても嬉しいなぁ」
男と並んで、坂を上った。坂の上には、鬱蒼と木々の生い茂った、公園がある。人の来ない、公園だ。
「どうだい?母親好みの殺され方をされる気分ってのは」
男は手の中のジューサーを押してみせた。電池式なのか、ジューサーは勢いよく刃を回す。
多分、足から削られる。どんどん上に登って行って、僕は木っ端みじんになる。
「……それで、頭も砕くんですか?」
僕は男を見上げた。男の口角は下がらない。
「僕は心臓を切られた時点で確実に死んでいるのに」
「そうだね、どっちでもいいよ。白眼を剥いて、口と目から血を流すキミってのも、見てみたいかもね」
「……そんなもの見たいんですか」
「好んでみたいわけじゃないよ、気持ち悪いもの。でも、好奇心ってのは中々止められないよね」
もう一度、ギュインとごま擦り機を回す。絶対に、骨がなかなか砕けずに、僕は苦痛にもがく。
あっけなく、公園についた。振り向くと、港がある。狭い港の先に、広い海がある。突き辺りの角を左に曲がれば、僕らの街だ。
僕は急に怖くなった。考えないようにしていたのだが、いざ目の前になると、恐怖が迫ってくる。
なぜ、僕が殺されなければならない?
男の腕が、僕の左足をつかむ。ひっと声が漏れた。有無を言わさぬ力で、ジューサーの中へ、引きずりこまれる。ガリッと足先が、刃に当たった。
右足で、男をけり飛ばした。よろめく男のすきを突いて、急いで立ち上がる。
ちょうどその時、運の悪い訪問者が来た。車が公園内で止まる。僕は一目散に走り込んだ。
後方座席から、女性が一人出てきたのと入れ替わって、僕は中に入る。
「早く出してくれ!!」
運転席の女はポカンと僕を見た。助手席の女もそうだ。
「いいから出してくれ!!殺される!!」
僕の剣幕に押された、多分降ろした女と助手席の女の、母親だと思われる女は、車を発進させた。ゆるやかに坂道を下っていく。
「どこにいくのですか?」
女は聞いた。僕は思考をフル回転させる。
「……駅に。最寄りの駅に連れて行って下さい」
逃げれるところまで、逃げてみよう。無理なのだろうが、やってみないと分からない。
「最近駅なんて行かないものねー」
「母さん、そこの角の先にあるじゃん」
「そこでいいです」
着いた駅は、蔓の這った崩れかけている建物だった。
「大丈夫ですかー?」
母親が窓を開けて問う。
「大丈夫です。ありがとうございました」
実際、駅員もいる。こんな駅でも、電車は来るだろう。待てばいい。
けれど少しして、タクシーが到着する。
それはそうだ。あの車を追えばいい話なのだから。少しは巻けばよかった、と内心舌打ちをしつつ、顔から血の気が引いていく。
「やぁ。待っててくれたの?」
男は、楽しげに降りてきた。さらに三人、降りてくる。
二人は、なんとなく予想がついた。ターゲットのカップルだ。男は、僕から目を離さずに、二人を駅員へ引き渡した。
「二人はね、この奥にある施設で眠るんだよ」
どうやら僕の行動を見越して、ここで二人を殺すつもりだったらしい。
「睡眠薬と少しの劇物を加えて、安楽死。素敵だよね」
安楽死、という響きには、少しだけ心が引かれた。6人の中で、一番えぐい殺され方をする身からしてみれば、魅力的にも感じるのは当然だ。
降りてきたもう一人が、僕と男の間に立った。
僕を冷めた目で見つめる女には、見覚えがあった。先ほどの、公園で降りた女だ。
「何故、死なないのですか」
女は抑揚のない声で、僕に問うた。
悟った。彼女もまた、先ほどの僕なのだ。
殺されるのかは知らないが、男の操り人形にされている。
女の後ろで、男は笑みを作った。男はあと何人、同じような駒を持っているのだろう。
「何故、この人の言うとおりに死なないのですか」
彼女は、落ちていた枝を拾う。僕は下がったが、後ろは線路だ。
「約束は守らなきゃ」
彼女が近づいてくる。逃げなければ、と思うのだが、身体が動かない。
彼女が僕の腹めがけて枝を向ける。男は笑った。
僕の、ゲームオーバーだ。
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