第4話 たいやきを食べるのだ

 ツバメが空を飛んでいた。

 私はたい焼きが食べたいと思った。


 バスに揺られながら、私は近くのたい焼き屋さんを思い出す。駅街の、小さなたい焼き屋さんだ。黒あん以外にも、カスタードやポテトサラダもある。私は1番好きなのは黒あんだったから、迷わずにウィンドウを指さすのだ。


 このバスはたい焼き屋さんには向かわない。乗り換えが必要だ。私は乗り換えをしてまでたい焼きを食べたいだろうか。食べたい。とても食べたい。多分、ツバメが空を飛ぶ前から、たい焼きは食べたかったのだ。

 気づかせたのが、ツバメだっただけで、私はほどよい厚みの生地に、あんがたっぷりと入ったお気に入りのたい焼きを食べたかったのだ。私は大きなバス停で下車した。次のバスは15分後だ。座って待とうと思った。


 ふわりといい匂いがする。ソースの絡んだ、生地の焼ける匂いだ。そちらを見ると、たこ焼き屋さんがある。転がされているたこ焼きは、綺麗な黄色で、取り出される度にソースを待っていた。ヨダレが出る。けれど、ゴロは似れどたい焼きだ。空腹を刺激されたが、今はたい焼きなのだ。ソースに首を振って、15分を耐えた。


 バスのドアが開く。私は飛び乗って、終点の駅を目指す。お気に入りの音楽を聴きながら、街並みを見ていた。穏やかな海と、まばらな人達。図書館から出てくる人、クレープを持った女子高生。クレープ。私は目を丸くした。

 クレープか。参った。それは思いつかなかった。あの、小麦粉と卵が生み出す、薄く焼かれる生地の香りは独特で、通りすがりでも気がつけば寄って行ってしまう。値段を確認して、私はお気に入りのイチゴバナナクレープを頼むのだ。


 よだれがでてきた。まずい。こんな誘惑が待っているとは思わなかった。チョコレートがかかっているのもいい。バナナチョコレートクレープ。最高だ。どうしよう。今頭の中はクレープでいっぱいになっている。あの生地は柔らくても良いが、パリッと焼きすぎていても、クリームとの相性がよくなり美味しい。甘ったるいクリームはダメだ。最後の方で胃もたれする。バナナがしっかり入った、おいしいクレープ屋さんが、とても恋しい。


 しかし、クレープ屋さんは遠い。そこら辺のクレープじゃダメなのだ。私のクレープへの熱は熱い。焼きたてのたい焼きよりも熱い。だから、クレープは却下だ。美味しいクレープしか、私は受け付けないのだ。私はそのままバスに揺れていた。けれど、捨てがたい。クレープは、週末に食べる。


 映画の広告が見えた。そういえば久しく映画館へは行っていない。両方から大音量の迫力と画面の大きさは、アクション映画と、本当に大事な作品をみるのにもってこいだ。私のお気に入りの作品は、どら焼き屋さんの話だった。生地は上手に焼けても、あんは上手くいかなかった。あん作りを通して、大事なものを見つける話だ。


 どら焼きか。どら焼きはたい焼きに似ているけれど、とてもデリケートな食べ物だ。いや、たい焼きがデリケートでないとは言っていない。ただ、あれだけ大事に描かれた作品の中で、丁寧に作られていくどら焼きは、私にとっては高級なものだった。下町でも、どら焼きを買う時は、映画を思い出す。少し涙腺が緩んだ。柔らかい生地と、あんとの相性は本当に大切な出会いだった。


 ゆっくりバスは曲がっていく。しばらくして、駅が見えてきた。胸がいっぱいだ。本当に私は、たい焼きを食べていいのだろうか。思考が追いついていない。


 下車して1番に向かったのは、タピオカ屋さんだった。ジャスミン茶ベースの、タピオカだ。気持ちを落ち着かせるには、タピオカが大事だった。氷は少なめ、シロップは無し。しばらく、タピオカがカップに入れられ、冷蔵庫から取り出されたジャスミン茶が注がれて、そのまま封をされる様を見ていた。


 渡されたカップにストローを刺す。一口吸い込むと、口の中にお茶の香りとタピオカの食感が広がる。はぁ、と一息つけた。おいしい。コンビニのジャスミン茶ではダメだった。だって、これからたい焼きを食べるのだ。ということは、それ相応の準備をしなければならない。けれど、本当はタピオカはお腹に溜まるし、たい焼きと相乗効果で太っていくのではないかと一瞬過った。私は思い切りタピオカを吸い込んでやった。


 たっぷりと堪能したあと、私はとうとう、たい焼き屋さんの前に立った。ドア越しに見える店員さんは、私の大好きなバイトのお姉さんだ。彼女の焼くたい焼きは、外側が香ばしく、中はふっくらとしていて、なによりあんが多い、しかもちゃんと均等にあんが入っているのだ。頭としっぽ、と偏ったりはしない。私は嬉しくて、意気揚々とドアベルを鳴らした。


 黒あんを頼んで、じっと待つ。タピオカが多少刺激しているが、私は素知らぬ顔で、たい焼きを受け取った。綺麗な茶色い顔が見える。ようやくたどり着いた。


 私は思い切り、たい焼きにかぶりついた。

 あんで口を火傷した。

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