木の洞へ群がる邪鬼へ向け、緑水は龍より浄化の光を放ち打ち込んだ。一直線に光が放たれ、その筋一帯にいた邪鬼たちが浄化されいなくなった。ガヤガヤと騒がしかった雰囲気は一変し、一気に静まり返り、残された邪鬼たちが龍のいる後方へ目を向け、唖然としていた。

「おやおや。びっくりさせちゃいましたかね?よかったら地獄へ舞い戻ります?あ、入口閉じちゃったんで無理でしたねフフ」

「あの、龍神様…」

「はい何か?」

「いいえ、何でもありません」

邪鬼を煽るような言い方を注意しようとしたが、清々しい笑顔で見つめられ、阿形はその気を無くし、こっそりため息だけ漏らした。

「阿形、ワルクナイ」

「慰めはいらないよ吽形」

 こんな感じで緑龍側の陣営は順調に事が進み、残るは広場に残る、龍により消し去れなかった邪鬼たちと、真っ黒に染まった洞のみになった。

 残された邪鬼たちは、始めこそ、こちらを凝視し怯えていたものの、すぐに自我を取り戻し、再び洞へ向けて走り出した。

 緑水は龍から飛び降り、緑龍をその身へ戻らせると、双剣を両手に構え、整った美麗な顔に涼し気な笑みを浮かべ、長い髪を水面のようになびかせながら、流れるような仕草で前へと歩き出した。

「龍神様、後は我々だけで大丈夫です。少しお休みください」

「ありがとうございます阿形さん。ですが、私だけ何もしないのは申し訳ないので」

「龍神サマ、ワタシたち、キニしない」

「ふぅ…分かりました。では、前をお願いしてよろしいですか?私は後ろから援護という形で参戦しますので」

歩みを止めた緑水は、双剣を片手だけで持つと、もう片方の手で阿形と吽形に前へどうぞ。と身振りで指し示した。

「失礼致します」

 二人は軽く礼をし、緑水の前へタタタっと他の戦士たちと共に躍り出た。緑水は全員が前へ出たのを確認すると、双剣をまた両手に構え、阿形・吽形を先頭に進み始めた列の殿しんがりを務めることにした。

「まぁ、仕方ないですね、お任せしますか」

と、こっそりと後ろで愚痴るのも忘れなかった。

 残った邪鬼の元へ閻魔の戦士が雪崩れ込んでいく。その一番後ろには、一際目を引く美しい者が両手に剣を持ち、流れるような所作で緩やかに歩みを進めている。

 その一団と直角の方向に、雲に乗った者と、翼を携えた者が進んでいた。

 閻魔の戦士たちにより、邪鬼の数は減少の一途を辿っていた。

「うおっしゃあああああ」

「待ってよ雷光!ちょっと!」

 雲に乗り、猪突猛進タイプの雷光と、彼をひたすら追いかけている、翼の生えた風流。

二人は先に辿り着き、残った邪鬼を排除している閻魔の戦士に、遅れを取るまいとスピードをあげ、その戦火の中に飛びいるようにして荒々しく着地した。

「うおっし!!着いたぁ!!行っくぜー!」

「落ち着いて雷光!ここは彼らに任せて大丈夫だよ!緑水さんだって後ろで待機してるし!」

「あいつはあいつ、俺は俺だ!」

雷光は突進していった。風流は「はぁ」とため息を一つ付き、こちらを見ている緑水へ視線を向け、指示を軽く煽った。後ろの方にいた緑水は双剣を片手だけに持つと、空いた手で『ついて行って』と身振りで示した。

「やっぱりか…」

なんとなくそんな気はしていた。邪鬼は全て閻魔の戦士が浄化していっており、緑水は剣こそちゃんと握り込んでいるが、その剣は振るわれることなく、緑水の体の一部のようにだらんと降ろされ、とても絵になる格好になっている。つまり、ヒマそうだった。

「綺麗な人って、なんでも絵になるからずるいよなぁ」

一人小声で小さくゴチながら、緑水へ承諾の意図を身振りで伝え、雷光のいる方へ急いで飛んで行った。下では、閻魔の戦士が着々と邪鬼の数を減らしていっており、そろそろ決着がつきそうだ。

 そんな中、雷光はその先、風の木の洞がある場所で一人、誰も通さまいと向かってくる邪鬼に雷の矢を次々と放ち、木を守るように立ちはだかっていた。

「おっせえぞ風流!さっさと木、浄化しろ」

「え、それ今やるの!?」

「折角今、ここに風神がいんのに、他にいつやるんだよ!あっち側の木とこっちは繋がってんだ。こっちから浄化させときゃ、あっちの邪鬼も逃げ道を失う。後でやりやすくなんだろ!」

理由はなんとなく分かったけど、両腕を広げてもまだ大きい大木だ。どうやってやったらいいかよく分からないし、今の風流にそんな力が残っているのかも危うかった。

「や、分かるけど…こんな大きな木…どうやって…」

「そんなん軽く触れれば出来る!気を全て吸われないように気をつけろよ!そいつ、割と貪欲だからな!」

木に向かってそいつとは…まるで人格があるような言い方である。

 とりあえず、木の根元に降り立ち、恐る恐る木に片手を触れた。すると、フッと意識が宙に浮いたような感覚に襲われ、視界が真っ黒に覆われた。

「なっ…!」

びっくりして辺りを見回しても、雷光も邪鬼も何もいない。あんだけ騒がしかった音も聞こえない。足元も上も全て真っ黒…風流は何もない空間にただ浮いていた。

『新しい風神か』

何もない、誰もいないはずの空間にしわがれた、老人の声が響いた。辺りを見回してみてもやはり誰もいない。

「誰!?どこにいるんですか!?」

少しの沈黙のあと、ようやく返事があった。

『なんだ。何も聞いておらんのか…まぁいい、ワシは風の木の精・かえでじゃ』

「楓…さん?」

『そうじゃ。お主の大先輩じゃぞ?』

「だい…せん、ぱい?」

地上でも木の寿命は百年以上ある。千年だったりそれ以上だったり、こちらでもきっと、同じくらい寿命が長いんだろうなと思った。

『近頃の天神は何も伝えんのじゃな…全く…』

風流が風雲に認められ風神になった時、何かを説明するヒマなどなくこういう事態になった。だから仕方がないのだが、それが伝えられなかったのか、伝える気が元々なかったのかは、風流にはわからない。だからフォローしようにも何も出来ず黙って聞いていた。

『ワシは、初代風神じゃ。大先輩に違いなかろう?』

一瞬よく分からなかった。天界の歴史は古い。古すぎておとぎ話として語り継がれ、それが真実なのかは、全ての記憶を引き継いでいく天神にも、その記憶が残っているのかは謎であった。

『なんじゃ無口な男じゃな。何か言ったらどうじゃ今世の風神よ』

「あの、おいくつ…なんですか…?」

『年なんぞもう忘れた…まぁ人類が誕生してからだから、ざっと百万歳くらいだの。細かい数はもう彼方へ置いてきた。半分以上はこうして動かぬまま過ごしてきたしの』

声の主、楓は未だ姿を見せず、声のみで語りかけた。風流はこの暗闇のどこを見つめればいいのか分からず、いい加減明るさが恋しくなってきた。

「あの、そろそろ姿見せてもらってもいいですか?それとここ、真っ暗で…何も見えなくて…」

『ワシに肉体はない。否、死んだ者に肉体など存在しない。ワシがお主らに与えているのは霊体としての形であり、真の肉体ではない。ワシはこの木に宿り、天界と閻魔の間を繋ぐ為、魂を埋め込んだ。故にワシはここにあってここにない。暗闇なのは、この木が毒気に侵されているからじゃ』

「あ!僕、その毒気を消しに来たんです!どうすれば、いいのしょうか!?」

再び沈黙が訪れる。この暗がりで声がしなくなると益々恐ろしさが増し、何か、見えないものに絡めとられている気がして、落ち着かない。静まり返った空間に耐えきれなくなり、言葉を発そうとした時だった。

『核を…探せ。感覚を研ぎ澄まし、風に耳を傾けよ。ワシはそこにいる。光に浄化の雫を垂らし、闇を晴らすんじゃ。お主なら出来る…』

声は段々と小さくなりあっという間に聞こえなくなった。

「楓さん!!核って!いったいどこにあるんですか!?」

返事はない。

「楓さん!!」

どんなに呼んでも、もう答えは返ってこなかった。毒気の侵攻は進んでいる。直感だがそう思った。

 前も後ろも下も上も全て暗闇に包まれた中、風流はまたもや孤独になった。でも孤独になら慣れている。家に帰っても、夜働きに出ている母親と顔を合わすことはあまりないし、父親は、そもそも家に帰ってくることが珍しいほど全国を飛び回って働いていた。故に家ではいつも一人。いじめに合っている事すら、風流が死んでようやく気付いたくらいだろう。だから別に、孤独は苦ではなかった。それよりも暗闇が怖かった。小さなころからそういう環境だった。だから、一人というより夜の闇が怖かった。一人膝を抱え、朝まで電気をつけ、大きなぬいぐるみにかぶさる様にして出来るだけ闇を見ないように感じないようにした。

 今、それが目の前に広がっている。記憶がフラッシュバックし、風流はしゃがみこんでしまった。

「こわい…こわいよ…いやだ…一人は…いやだ…」

『お前は一人じゃない』

 声。

 風流には友がいる。共に戦い風流の為に傷つき、泣いてくれる友。祐樹ー。

 風流は一人ではない。また忘れそうになった。

「ごめん…そうだよね、祐樹が…いてくれる」

『長くは無理だけどな。俺はまだあっち側にお前といるし、今は無理やり乱入してるけど、無理やりだからそう長くは持たない。俺がこっちにいる間に、お前に喝、入れに来た。またウジウジしてるだろうと思ってな…ビンゴだったけど』

 風流は気を取り直した。一人じゃない。それがとても勇気づけられたし、くよくよしてるのを知られてしまって、少し恥ずかしかった。

『で?お前今何してんの?そこで座ってじっとしてろとでも言われたの?』

「ちが!違うよ!ちょっと悩んでただけ。核を探せって言われて…でもどこも真っ暗だし、風もないし、お手上げだよ…」

『風ならあるじゃん』

「ないって!こんなんじゃ髪の毛一本もなびかないよ」

『あるだろ。ほら…風の層最強の風が』

風の層、最強の風?

「僕?」

『そうだお前だ風流。ないなら作れ、無はそこにないだけで、起こせばそこに有る。足りないなら足せばいい。無いなら作ればいい。当然だ』

無いなら作る。その言葉に友がここにいて本当に良かったと思えた。道が見えてきた。

「ありがとう祐樹。よかった、君が来てくれて…」

『当たり前…だ…俺…』

何故だか言葉が飛び飛びで、ラジオの電波のように聞こえづらくなった。

「祐樹?」

『どう…ら…じか…きた…うだ…んばれ…うりゅ…』

なんとかざっと聞き取れたが、限界を迎えた祐樹の声はプツンと聞こえなくなり、沈黙が闇を覆った。けれど、もう怖くない。風流は道を見つけた。あとはそこを歩き切るだけだ。

「頑張るよ祐樹。帰ったら、祐樹も元に戻してもらおう」

最早語り掛ける相手はここにいない。届かない独り言を呟き、風流は目いっぱい翼を左右へ広げ、そのまま最大の動作をつけて、風を前後左右・上下へと、全方角へ向けて解き放った。風は音もなく広範囲へ広がって行き、その風へ向けて全意識を集中させ、楓に言われた核を探した。

 風を解き放ち、数分後、上へ放った風に微かな違和感があった。それはとても小さく、空に浮かぶ星のように点でしかなかったが、闇に光る小さな点は、それだけで充分な存在感だった。

「あそこだ」

 小さな光る点を目指し、風流は飛び上がった。

 高く高く。

 光の点を見つけ、それが大きく目の前に形として認識できるまで、ずっと飛んだ。点だったものは直径二十センチくらいの丸い玉となり、風流の目の前に浮かんでいる。

「これが…木の、核…」

楓に言われた通りにしようと、風流は浮かぶ玉へ両手をかざした。すると、なにもしていないのに、風流の体から力が勝手に吸い取られていく。

「え!ちょ!!何これ!!?い、痛い!?」

無理やり吸い出される力は目の前の玉へと消えていく。その感覚は献血で大量の血を抜かれる感覚に少し似ていた。エネルギーとして吸い取られる風流の力は、無理やり押さえつけられ、手が踏みつけられたように痛かった。せめて片手だけにしようともがいていると楓の声が聞こえた。

『よくやった。今世の風神よ。そのままどうか力を分けておくれ…両手の方が範囲も広く早く事が済む』

「でもこれ、痛くて…なんか手…潰されそうで…」

『心配ない。お主の本体は外じゃ、手は潰れん。振り分けの木を救う為じゃ、今少し、耐えてくれ風神よ』

吸い取る力はとても強い。手がつぶれそうな程強い力で押され、踏みつぶされるように痛かった。悲鳴を堪え、空っぽになりそうな勢いで力を吸われ、また倒れそうだった。

「い…たい…うっ…くっ…」

 泣きたいのをグッとこらえ、足を強く踏ん張り、耐える耐える耐える耐える。

 風流の力が吸い取られていくことに比例して、周りの闇が晴れ、少しずつ明るさも取り戻していった。

 確実に毒気は抜けていっている。

『あと一息じゃ』

楓の声も心なしか大きく感じ、明るさを含んでいる声音に聞こえた。けれど、風流は痛みとなくなっていく力に気を取られ、周りが明るくなってきていることはかろうじて分かるものの、楓の声音にまで気づくことは出来なかった。必死だった。気を抜くとまた気を失い兼ねない。この短い間に三度も気を失い、雷光のお世話になるわけにはいかない。それだけを支えに気力を保ち続けた。

『もういいぞ少年、手を離せ』

楓の声は風流には遠くに聞こえ、上手く聞き取れなかった。

『ええい!離せ!離れろ風神!!吸いつくされてしまうぞ!』

それでも風流は動かなかった。

『ワシの声が届かんのか!?手を離せ風の者!死にたいのか!?…目を開けろ風神!!風流!!』

名を呼ばれたことにより、風流は声に気付き、強く押され続ける両手を両足を突っ張り、力を込め無理やり全身を使って引き剥がした。その拍子に、反動で後ろへひっくり返り尻餅をついた。

「うわっ!」

 あと少し遅ければ力を吸い尽くされ、魂の脱け殻だけが向こうに残るところだった。

 辺りを見回すと、広がっていた暗闇は消え去り、眩いほどの真っ白な空間が果てしなく広がっていた。

『全く…わりと呑気な風神よのぅ…あと少しで全部吸われるところじゃったぞ』

「すみません。。ちょっとボーッとしてました…」

『ちょっともたくさんも変わらん!も少し風神としての、風の長としての自覚を持て。まだなったばかりとはいえ、上に立つものは下の者を守る義務がある。お主の友人を見捨てる気か?』

風流はなったばかりだと言うことも、何も伝えていない。それに、友人とは…

「あれ?僕…何も伝えてないのに…」

『ふん。ワシを何だと思っとる。風の木は閻魔側と風の層側に一本ずつある。全てなんもかんも筒抜けじゃ。最も、今のワシには見守ることしかできんがな』

「もう…風神としての力は、ないんですか?」

姿なき声は一度大きく深呼吸をし、次の言葉を続けた。

『神としての力は受け継がれるもの。今はお主がそれを授受されておる。そういうことだ。ワシは木と共にある。ワシが消えれば木は枯れる。核はワシ自信であり、この木でもある。全ての層の木が、こうやって生まれた。お主はもうすぐあちらへ戻るであろう。じゃが、この事を神の名を持つもの以外に話してはならん。知ればきっと、天界に疑問を生む。その事態だけは避ければならない』

「そんな!楓さんの事、みんなを支えてくれている人の事を隠しておくなんて…!」

『隠しておくのではない、秘しておくのだ。人柱がいるなどと、知らない方がいい。お主の友人はもう気づいてしもうたが、まぁ例外もあるとしてそれは問題ない。天界への不信が生まれれば、それはやがて地獄へ届き、今回のような火種を更に生みかねない。恨みや不信が増えれば邪気どもの力も増す。その為に必要な措置なのじゃ。

 新たな風神・風流よ、風の層をどうか取り戻しておくれ…ワシの子供たちをどうか…頼んだぞ…』

 楓の声がスーっと遠退いて小さくなっていく。白く包まれた空間も少しずつ霞んでいき、また闇に染まった。


 気づいた時、風流は木の前に両手をかざし突っ立っていた。真っ黒に染まっていた木は、元の白みがかった陶器のような色味を取り戻し、色彩を取り戻していた。

「やっと帰ってきたか風流!とうやら成功したみたいだな」

振り返った先に雷光が腰に手を当て立っていた。全部知っていた。そんな顔である。

「雷光は知ってたの?この、木…たちのこと」

「まぁな、時々対話してたし、俺んとこのはとんだじゃじゃ馬婆さんだけどな」

懐かしそうな身内の話をしているような、そんな顔をしながら、雷光は歯をニッと見せ笑った。

「こちらも終了です。お帰りなさい風流。よく頑張りましたね」

「緑水さん!」

緑水は風流のいる丁度対角線上、木の反対側からひょっこり現れた。こちらも一仕事終えた感満載で額の汗を拭いながら歩いていた。

「全く、楓さんが止めてくれなかったら危なかったですよ?雷光が折角、珍しく忠告いれてくれていたのに、呑気さんですね~」

「え?何で知って!?え?」

「折角こっち側の木をを浄化して元に戻しても、あちら側から真っ黒な毒気が伝われば、また元に戻ってしまいますからね。当初の予定通り、あちらとこちらの切り離しをしていました。その際、少し、そちらの様子も垣間見えたんですよ」

絶対ウソだ。と風流は思ったが言わないでおいた。垣間見えたとかじゃなく、気にかけてついでに様子を見てくれていたのだと思った。

「そういえば、こっちの邪鬼たちは?」

「全員、成仏させといた!次は花か何かに生まれ変わるだろうさ」

「邪鬼って花になるの?」

「例えですよ風流。実際は花だけでなく、海藻や貝、雑草などにもなります。命が宿る生物以外に生まれ変わるんです。清く澄んだ魂になって地上に別の生命として、また返り咲くんです」

 奈美は清い心を持った鬼として成仏した。なら、また、違う形で会えるかもしれないと風流は思った。自分が生まれ変わるタイミングで会えたらいいなとこっそり思った。

「龍神様、お言いつけ通りこの辺り一帯を浄化してきました」

「ありがとうございます阿形さん。では、行きましょう。きっと閻魔王がお待ちです」


 閻魔王の間にいる邪鬼を浄化するという任務を終え、ひとまず閻魔の社の中へ移動することになった。疲弊しきった風流は自力で移動することが困難だった為、案の定雷光の世話になった。雷光はいやいやながらも雲に乗せ、閻魔王の元まで運んでくれた。

 社の中には、地下にいたはずの閻魔王がいた。きらびやかな大きいイスに腰かけ、今まで戦っていた戦士たちをねぎらい、ゆっくり休めと下がらせた。阿形と吽形だけはその場に留まり、閻魔王の左右で護衛のように振舞った。

「二人も下がってよいぞ?休まぬのか?」

「我らは閻魔様と共にある故、ここから離れることはありません」

阿形がお辞儀をしながらそう告げると、逆側にいる吽形も同じ動作をした後、こくんと大きく頷いた。

「まぁよい。三神ともよくやったな。天羅にはもう伝えてある。こちらで少し休んでから帰ってきてもよいと言っておったぞ。どうする?」

三人は顔を見合わせた。緑水も雷光もピンピンしており、恐らく休息が必要なのは風流だけだ。判断は風流へ必然的に委ねられた。力を吸いつくされそうになり、風流の力は枯渇状態。このまま帰っても、すぐに天羅の元に赴くことはできない。でもそれはここにいてもあまり変わらない。ここは天の層ほど光の力が強くなく、ここへ留まっても回復は見込めそうになかった。なら。

「折角の申し出ですが、僕たちはこのまま帰ります」

「いいのか?風神。お主、自分の足で歩けてはおらんだろう」

「はい。今は…ですが、ここに残っても回復は難しそうですし、支えてくれる友がいるので大丈夫です。お気遣い感謝致します」

「ふぅ…残念だ。折角の美顔ともここでお別れとは…」

「閻魔様、コエ、漏れてル」

「いいんだ。真実だからな!では早速あちらへの返送の儀をするぞ。わらわの前へ並べ、神共」

少し距離を取っていた三人は、閻魔王の前へ近づいた。閻魔王は三人が立ち止まったのを確認するとイスから下り、横に立てかけてあった身長の倍はある杖を手に取った。

 杖で地面をコツンと叩き、三人の周りに光る円が作られた。円は縦に伸び、空中へと吸い込まれていく。それに合わせ、三人の体も光り輝き始める。

「お主らとの共闘楽しかったぞ。あちらでも元気でな」

閻魔王は小さく手を振り、その左右では阿形と吽形が片手を胸の前に当て、深くお辞儀をした。言葉はない。

「私たちもよい経験をさせて頂きました。まさかこちらが本体だったとは驚きです」

「さすが龍神、侮れんな」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてはおらん」

それが最後だった。光に包まれ、周りが明るくなり何も見えなくなる。そして着た時と逆を辿り、三人は元の天の層へと帰った。


 着いたそこは木の洞ではなく、天神の社の前だった。どうやら正規のルートで帰るとここへ出るらしい。

「緑水さん、閻魔王の本体って?」

風流は開口一番、なぜここに通じているのか、ではなく一番の疑問を尋ねた。

「ああ、あれですか。魂振り分けの際、閻魔王ってあんなに可愛らしい姿してました?」

風流は記憶を辿ってみた。ぼんやりだが、とても大きく、絵本の閻魔王そのままの姿だった気がした。

「もうちょっとゴツイ感じだった気がします」

「そういうことです。ほんとは少女の姿なんですよ。振り分けの際だけ、見た目をよく知る形に似せているんです。その方が分かりやすいでしょう?」

「確かに…マジか…あいつおっさんになれんのか…」

地味にショックを受けている雷光を置いて、緑水は進みだす。

「では行きましょう。天羅様がお待ちです。次の支持を仰がねばなりませんし」

緑水はスタスタと歩みを進める。風流も雷光の肩を借り、扉を一緒にくぐる。

 まだ終わってない。次は風の層の奪還。

 ここから本格的に始まるのだ。風流は気を引き締め、たどたどしい足取りで一歩ずつ前へ歩みを進めていった。



                                    一部・完

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四神戦記・天 灰音 @haineji

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