2

 雷光は、天の層へと唯一通じている穴に、頭から突っ込んだ。急に振りほどかれた手に不審がるヒマもなく後ろから押され、半ば無理やり穴へその身を滑り込まされた。こちらの様子をうかがう為に覗き見ていた緑水も、急いで空間を広げ、無理やり突っ込んでくる人物を迎え入れた。

「雷光!ご無事ですか!?」

「いってぇな…あいつ、いきなり何しやがんだよ…ったく!」

「そんな事言ってる場合ではなさそうですよ雷光…」

 緑水は入口を広げたまま、雷光が飛ばされてきた方角を見ていた。雷光も、さっきまで自分が掴んでいた手首の持ち主、風流がなぜ自分の手を振りほどき、こちらへ押し込んできたのか気になっていた。が、結果は予想通りの最悪な状態だった。


 雷光を突き飛ばし、無事に天の入り口に入ったのを見届けた風流は、足を掴んでいる鬼神・悪鬼へと視線を向けた。悪鬼は顔を破顔させ、高らかに笑っていた。強く握りこまれた手に、抗っても無駄だという意思を感じ、風流は気持ちの悪い高笑いをただじっと聞かされていた。高笑いが収まり、やっと落ち着いたのか、悪鬼は握り込んだ足を引き寄せ、まだ大きく広げられている二対の翼へ、祐樹の時のように攻撃を打ち込み、まず風流から浮力を奪った。それから、背中から紐のように出した細いもので、まだ動く右腕を縛りあげ、翼に穴が空いて飛べなくなった風流を宙づりにつるし上げた。

 動かせない左腕と翼をだらりとさげ、縛られた右腕一本で体を支えられ、傷のある全ての場所が軋み、痛みを通り越して、朦朧としてきた。自分の情けなさに自然と涙が溢れ、視点の定まらない瞳から漏れ続けた。

「泣いてるの?この光景の懐かしさに思い出でも蘇えってる?昔はキミ、よく泣いてたもんね~許して~って。やっと初心に返ってくれて、ボクは嬉しいよ」

「ぼ…くが…捕まっ…たら…み…んなに…手…出さないで…」

「いいよ。あいつらに別にキョーミないし、それに、ココ居心地よさそうだから、ここでキミをたくさんいじめてあげるよ。界の分もたっぷりと」

 偽善的なセリフかも知れない。信用してはならないと分かっていても、それを聞いただけで少し肩の荷が降り、自分が元凶かもしれないこの出来事が、やっと終息に向かうと思うと、張っていた気が一気に抜け、痛みと疲れと絶望で風流はそのまま意識を失った。

「お?おい。気失ってんじゃねぇよ!起きろよボクの玩具!おい!おい!」

 ベチベチと頬を叩き、それでも目覚めない風流に苛立ち、お腹に蹴りを加えようとした時、

「おい!やめろ!そいつを放せ!下衆野郎!!起きろ!起きろよ風流!!」

「いけません雷光!ここで飛び出しては彼の想いが無駄になります!!」

「うるせえ!まだそこに!生きてあいつはいるんだぞ!今助けなかったら!どうなるかわかんねぇだろうが!お前も力貸せよ!なんの為の神なんだよ!ああ!?」

「いいから落ち着きなさい!あなたの攻撃は効かないとさっき知ったばかりでしょう!?あなたまで失うわけにはいきません!」

「じゃあ!どーすんだよ!!!」

「ごちゃごちゃウルサイ外野だなぁ。流、オトモダチ黙らせてよっ!!」

 緑水と雷光の掛け合いに嫌気が差し、意識のない風流へ向けて、再度腹に蹴りをめり込ませた。強烈な衝撃に目覚め、激しく咳き込んだ風流の向きを、二人の神がいる入口の方に変え、喉元に刃を突き付けた。

「そこのお二人さん。あんまり騒ぐとここでヤっちゃうよ?なんなら一言発するごとに耳から順番に削いでく?ほら、流もあそこで騒いでるヤツらになんか言ってよ。ボクらの邪魔すんなって言ってやってよ」

「逃……げ…て…」

「フフッいい子だね、流」

 緑水も雷光もボロボロになり、刃を向けられた風流の姿を見て、何も言えなくなってしまった。血が滲むほど拳を握り込んだ雷光は、今にも飛び出していきそうな鋭い眼光を、未だに咳き込み続ける風流の横にいる人物へ向けた。

「おや、怖い怖い。隣のキレイなお兄さんは聡明だね。隣のパッツンクンとは大違いだ。じゃあ、そろそろその穴閉じなよ。こっちのヤツら雪崩れ込んできちゃうよ?」

 緑水は、見えないところで剣を握っていた。正しくは、剣に埋め込まれた水晶を握っていた。悪鬼を眺めているフリを続けながら、下の層で邪鬼を退治し回っている炎神・陽火へ水晶を通じてテレパシーでの通信を試みていた。うまい具合に敵の目は雷光に向けられ、緑水にはあまり注目していない様子だった。

『あら緑水。どうしたのです?』

『悪鬼に、浄化が効きませんでした。こちらは今から、天と風の層の断絶に入ります。戻るなら今だですが戻れそうですか?』

『雷神に、そなたまでいてその決断ですか。分りました。上を閉じるなら、下を閉じる者も必要でしょう。それは我が引き受けましょう。再び、層を切り結ぶことが出来るかはわかりませんけど、それはおいおいですね。こちらの作業が終わりましたら、また連絡を入れますわ』

『申し訳ない陽火』

『あら。この作業やらせるために連絡してきたくせに。全く…そちらも気をつけて』

『ご武運を』

 陽火と緑水は通信を終えた。

 気付くと目の前では、黒い蔓のような物で手を吊るされ、首元に刃を突きつけられながら、翼に損傷を負い弱り切った風流の姿があった。いつもなら飛び出していく雷光が隣で拳を握りこみ、グッとこらえている。通信中は意識をこちらに保っていなかったので、一応状況を把握しようと雷光へ小声で話しかけた。

「雷光、今どういう状況ですか?」

「は?今見てただろ、まんまじゃねーか」

「いえ、陽火と通信を行っていましたので、あまり見てはいません。状況的に風流の命が天秤にかけられて、あなたが飛び出せずにいるみたいですが」

「だいたい合ってんよ。悪鬼のやつ、ここを閉じろと言ってきた。風流捕まってんのに、そんな事出来るかよ…」

 通路を閉じる…風流は弱り切り、恐らく抵抗する力は残っていない。でも、そんな風流を悪鬼はすぐに殺す気はなさそうだった。風流の命が悪鬼の中にあるうちは、恐らくは彼は無事。命を取られることはない。なら、その間に態勢を立て直し、再度あちらへ侵攻し助けに入るという選択肢以外ない。緑水は決断を下すことに決めた。

「悪鬼さん」

「何だい美人さん。しゃべったらこいつの耳を切…」

「あなたの条件を飲みましょう。この通路を閉じます。しばらくは風流をあなたへ預けておきます」

「ちょ!!何言ってんだよ!ふざんけな!!あいつになんか渡すかよ!」

緑水はギロリと鋭い視線を雷光へ向けた。あまり怒りを表すことのないその瞳は、それだけで充分凄みを含み、威圧感に溢れていた。

「わ、分かった…よ…クッソッ!!」

側にあった壁を強く殴打し、雷光は身を引いた。

「後程、必ず返して頂きますので、それまで大人しく待ってやがれ。です」

「綺麗な顔で毒吐いちゃうんだ。実は腹黒?」

「いいえ。『実は腹黒』ではありません。私は『根っからの腹黒』ですので」

ニコリと悪鬼へ言葉を放つ。そして剣の柄にある水晶を握り込み、風流へテレパシーで念を送った。

『私たちは一旦下がります。ですが、必ず戻ってきますので。それまでどうか耐えてください』

『あり…がとう…ございます…僕なら、大丈夫です。景は…悪鬼は僕を殺さない。昔からこいつは…死なないギリギリが好きなんだ。だから心配しないで…それに…僕はもう…飛べない、から…ごめんなさい』

 少しだけ、風流の口元に笑みが浮かび、涙が零れ落ちた。緑水はそれを千切れるような想いで受け止め、天と風の入口を完全に切り離そうと操作を始めようとした。

「ほら、風流。みんなにバイバイってしてあげよう?ほら、手」

風流の使えない左腕を掴み、ブラブラと血が滲む手を左右に振った。作業に入ろうとしていた緑水はそこで、あるものに気付き、一旦手を止め、振られた手を振り返し、黙りこくっている雷光に向けて、

「ほら、あなたもちゃんと挨拶をしないと」

「今更…挨拶なんて出来るかよ…」

「まぁそう言わず、ほら、あちらをご覧になってください。手、振った方がいいと思いますよ」

渋々と雷光は、手を無理やり振っている格好にさせられた風流を見た。そこで雷光もあるモノに気付き、手を大きく振り返した。

「おや?さっきまでふさぎ込んでた彼まで手を振るとは…まぁ最後ですし、名残しいのかな?ねぇ流?」

 風流にはもう、ほぼ意識が残っていなかった。毒の魂への浸食が緩やかに、ゆっくりと風流の体と意識を蝕み、それを遅らせようともがいていた神気も底をつきかけていたからだ。唯一残った意識で把握出来たのは、目の前にまだ二人がいることと、その二人がこちらに手を振っていることだけだった。声はもう、何も聞こえていなかった。二人にさよならと言われている。その感じがとても切なくて、でも彼らが無事に逃げ出せると知れて嬉しかった。風流の槍に封じてしまった祐樹の事を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、また緑水か誰かから水晶を通して通信が入るかもしれず、内から手放すことが出来なかったし、もう指一本動かせない今の状況では槍を投げることすら困難だった。

 悪鬼が風流の片手を放し、

「じゃ、もういいかな…そろそろ…」

と、話していた直後、悪鬼の元へ何者かがタックルを交わした。その衝撃で、風流を繋ぎとめていた黒いモノが解け、浮く力のない風流は落下を開始した。が、すばやくタックルをかました者がキャッチし、力任せに緑水と雷光がいる方へ思いっきり放った。

「ちょっ!うわっっ!!」

緑水が穴を瞬時に広げ、横にいた雷光が顔面に向かって飛んできた風流を、自身がひっくり返りながらもなんとか受け止め、意識のない風流を抱きとめた。

「リリさん!!」

 緑水は悪鬼へ果敢にもタックルをかました、ピンク色のフリフリした服を着た人へそう呼びかけた。

 風の層へ残った人たちを誘導し、避難させていたリリは、まだ逃げてはいなかった。本来なら一緒に避難を果たし、ここにいるはずのない人物だ。悪鬼も油断をしまくっていたし、緑水も雷光も、その姿を認めるまではもう誰もいないと思っていた。

「風流さんを!あたくしたちの長を!どうか!!」

 それだけ言うと、さっきタックルをかました相手の元へもう一度舞い戻り、何が起きたか茫然としている悪鬼へ再びタックルをかますと、そのまま地面に押しながら落下していった。

「クソッ!!なんだこの女!どこから湧いてきた!?離せ!離せぇぇえ!!」

「あなたは、あたくしと一緒にいくんですわ。あたくしたちの長は、そう簡単にお渡しできませんの」

悪鬼の抵抗する声は空しく遠ざかって行く。緑水はリリの意向を汲み取り、素早く、天と風の層を繋ぐ穴を塞いだ。

「なん…だったんだ…」

「あの方は風雲殿のお付きだった、リリという方です。住民の避難を担当されていたハズですが、なぜ…」

「てことは、風流もそいつの事、知ってっかな。俺ら恨まれるな…」

「いいえ。その役目は私だけで充分です。結果的に入口を閉じたのは私ですし、あなたはそこでひっくり返っていただけですから」

 新たに抗議しようと、受け止めた風流の腰に手を回し、態勢を起こそうとした時だった。風流の脇腹辺りに、ごろりと丸いものの感触を感じた。風流を抱き起し、地面にゆっくり寝そべらせると、丸い物がある服の辺りに手を突っ込んで、それを掴み出した。

「これは…風の水晶…」

 風流の服の中に突っ込んであったのは、風の社にあるはずの水晶だった。悪鬼に捕まり、ぶら下げられている時には、こんな膨らみはなかった。だとすると、考え付く答えは一つ。

「リリさんが…風流をこちらへ放る時に入れたとしか考えられませんね。きっとこの層が穢れていく行くのを感じたのでしょう…水晶には、民たちの魂が避難しています。これを奪われるわけにはいきませんからね」

「でも、緑水さんそれ見捨てる気だったんじゃ…」

「人聞きの悪いことを言わないでください。邪鬼なんかがコレに触れられるワケがないでしょう。浄化の塊のような水晶に触れれば、邪鬼は一瞬で消滅ですし、持ってくるまでもないと思ったのです。悪鬼とて、これには結界もありますし、触れられないでしょう。ですから心配することもないと思ってたんですけどね」

 まさかそれをリリが持ち出し、風流に預けるとは思わなかった。水晶にまで影響がありそうなほど、穢れの濃度があがっているのだろうか…既に道を閉ざしてしまった風の層は、今いったいどうなっているのだろう。

「風流!」

ふと顔を見上げると、肩を大きく上下させ、疲れ切った顔の天神・天羅がいた。

「天羅様!こちらの邪鬼の浄化は終わったのですか?」

「こちらはもう大丈夫です。それより、何があったのです!?この姿は…風流は毒気を浴びすぎです!このままではいずれ…早く浄化しなければ!彼を転生の間へ!あそこで毒を消し去りましょう!」

 意識のない風流を抱き起そうと天羅は手を首周りに回した。

「俺の雲に運ばせる。緑水さん、天羅様に風の水晶を…」

「持ち出したのですか!?」

「風の層は、最早手遅れになりつつあります。気を利かせた者がこれを持ち出し、私たちに預けてくれました」

「気を利かせた者?こちらの風の戦士たちの誰かですか?」

 風流が投げ込まれた時、少し離れて見ていた風の戦士たちは、倒れ込んだ雷光と風流の元へ駆け寄り、リリが悪鬼の元へ戻って行くのを、オロオロと見ていた。自分たちが行くよりも早く事が収まり、穴は塞がってしまい、行動を起こすことが出来なかった。風神の交代はまだお披露目がされておらず、自分たちと同じ戦士の、しかも、わりと若輩者の風流が風神の任についたことをまだ受け止め切れてない者もおり、突然の交代にまだ戸惑いが残っていたからだ。だが、それは認めていないわけではなく、まだ理解できないに等しかった。

「いえ、彼らではなく、案内係のリリです。彼女は果敢にも風流を逃がすため立ち向かい、今はこの向こうにいます。体制が整い次第、彼女の救出と、風の層の奪還に向かいますが、私の龍の力でも敵わなかったので、まだ、その策が浮かびません」

「あなたの浄化の力が効かない!?そんな…なぜ…ま、さか…」

「はい。悪鬼は…死鬼を喰いました。その…影響かと…」

「食べた?あの死鬼を…そんな…だって…あの子は…」

「どうやら優しさに付け込んだようです…あなたのせいでは、ありません」

 崩れ落ち、抱えていた風流の頭を、ストンと小さな膝に下ろした。自分が地獄へ追いやったせいで、喰われてしまったと、天羅は悔いた。毒気にその身が影響されないよう、飲み込まれないようにと、配慮して死鬼の中に残しておいた浄化の力が、こんな風に影響するとは想像できていなかった。

「わたくしが、よかれと思って残しておいた彼の力が…こんな…こんな結果を生むなんて…ごめんなさい風流…あなたをこんなにも傷つけてしまった…」

「天羅様は悪くない。悪いのは喰ったあいつだ!さっさとこいつから毒気を抜いて、ヤツの元へ行くぞ。俺はもう負けねぇ」

 雲を手元に引き寄せ、天羅の膝元に寝そべる風流を抱き上げると、雲の上に乗せた。

「よし、じゃあ先にこいつ運んでるぞ」

「お待ちなさい雷光。わたくしも参ります」

「分かりました。スペース開けるんでちょっと待ってくださいよ」

 雷光は雲を少し大きく補正し、横たわる風流の体を少し端に寄せ、空いたスペースに天羅を案内した。

『緑水、緑水、聞こえますか』

 緑水の元へ通信が入った。炎の層と風の層を切り離す作業を任せた、陽火からだ。緑水はまだ悟られないように心でその呼びかけに答えた。

『ええ、聞こえます。どうされましたか』

『風と炎の層は切り離しが終わった。けれど、申し訳ない。我は、ピンクのおなごを放っておけなかった…彼女はわたくしの層へ放り込んだので無事です。その代わり、我がこちらに残らざるを得なかった…通信はずっと開けておきます。もし、閉じるようなことがあれば、察してほしい…』

『それは聞き捨てなりませんね。風神が変わったばかりなのに、炎神まで変わられてはいろいろと困ります。私たちが行くまで死んではなりません』

『ええ、分かってるわ。もちろん、鬼神なんかにくれてやる命なんてないもの。上手く言いくるめて、そなたらが来るのを待っているから』

『陽火、すまない』

 それきり返事はなかった。だが、通信はまだ開いている。恐らく戦闘に入ったか、意識を飛ばされたかのどちらかだ。後者はあまり考えたくはないが、それでも生きていれば助け出せる。緑水は、今あったことをまとめて目の前にいるメンツに話した。

「やけに静かだと思ったらそういうことか…まぁ陽火なら頭もいいし、なんとか無事に切り抜けるだろ…俺らはそこに突っ込むだけだ」

「事はそう簡単ではありませんよ雷光。私たちにはまだ、これといった策がないのですから」

「分かってるよ。まぁ、何をやるにもこいつの目が覚めてからだ。緑水さんはそいつらを頼んだ」

 傍でオロオロとしている風の戦士たちを緑水に任せ、自分は雲に飛び乗ると、気を失っている風流と天羅を乗せ、さっさと行ってしまった。

「全く…人使いが荒いヤツですね。で、あなたたちはどうしますか?一応ここで暮らすことも可能ですが、これからどうなるか分かりません。出来れば、あなたたちも水晶へ避難して頂けると、大変とてもありがたいんですけど」

 そこにいた戦士たちがお互いに顔を見合わせ、話し合いをしている間、緑水は陽火の様子を探った。呼びかけても未だに返事はなく、まだ繋がる気配はなさそうだった。早々に諦め、目の前の集団の話し合いが終わるのを待った。

「あの、私たちは、これからの戦いでお邪魔でしょうか」

風の戦士の一人、ほっそりとした男性が、恐らく代表でこちらに話しかけてきた。

「う~ん。邪魔ってわけでもないんですが、あなたたちを守りながら戦うのは少々だいぶしんどいので」

「私たちは…弱い…と…?」

「はっきり言うとそうですね。激弱ですね。風流のお友達の時みたいに、的になられては面倒なので」

にっこりと笑みを返し、曖昧にせず、ハッキリと緑水が感じた真実を伝えた。風の戦士たちは、分かりやすい程落ちこんでいたが、それが風に生まれ落ちた理由であると、緑水はよく知っていた。

「あなた方は優しく弱い。なぜ、風の層で生まれたか、なぜ風の層では戦士の数が少ないか知っていますか?」

「い、いいえ」

「こちらへ魂を振り分けるのは、閻魔王が基準を元にして独断と偏見で決めています。一般的に風へ送られる基準は、心根が純粋であること。雷は力が強い者、炎は心が強い者、私の受け持つ水は嘘偽りない者、という感じで振り分けられます。その中でも風は心の弱い者が主に割り振られ、力もそれほど強くありません。あなたたちも当事者ですのでよくお分かりでしょう。ですから、自分を責めてはなりません。何も悪いことではないのですから」

 弱いことは悪いことではないと、気落ちしている戦士たちへ告げた。気まぐれに吹く風のように、自由に思うままに過ごしてほしいという願いを込めて、風の層へ案内され、気ままに過ごしてきた風の戦士たちには、戦うという悪の行為には根っから向いていない。それでも強くなりたい。という一部の人たちの為に稽古もするし、風の層に与えられた武器、槍の訓練も志願したものは誰でも行うことが出来る。雷の民のように戦う事が好きな訳ではない為、お遊び程度の生ぬるい稽古では、今回の事態に対応は出来ないのだ。

「私たちが…入った後、風流を…私たちの長を、どうか…お助けしてくださいますか?」

「お約束しましょう」

「ありがとうございます…ではよろしくお願いします」

風流の懐へリリがそっと忍ばせ、雷光が見つけた水晶は緑水が預かっていた。天羅に渡すタイミングを忘れ、そのままずっと大事に抱えていた緑水は、軽く上に掲げ、

「あなたたちが目覚める頃には、全て元に戻っているでしょう。安らかにお眠りください」

目の前の風の民たちは、人型から、丸い光る魂へと姿を変え、緑水が掲げる風の水晶へ吸い込まれていった。魂たちが吸い込まれる間、ずっと輝きを放っていた水晶は、その職務を終えると、光を終息させていき、輝きを内へと仕舞いこんでいった。

「さってと、私も行かなくては…」

 深く深呼吸をし、全ての風の民が集約された水晶を懐へ納めると、自身も天の社へと流れるように歩んでいった。


 転生の間へ、いち早く辿り着いた雷光と天羅は、転生者の神が立つ場所へ風流を運び込み、そっと下ろした。

「天羅様、これでいいですか?」

「はい、大丈夫です。彼は毒気を浴びすぎているようなので、少し、時間がかかりそうですね…」

「俺は、どうすればいんですか」

「転生時の時のようにお願いします。緑水が来次第、浄化作業に本格的に入ります」

 雷の黄色い水晶の元へいき、転生時のように意識を集中。力を水晶へ込め始めた。天羅も同じように水晶へ手をかざし、力を注ぎ入れる。黄金色の光と、真っ白に純白な光が風流の元に集まり、注ぎ込まれた。注ぎ込まれた光は少しずつ傷を修復させていき、左腕と両翼の傷を少しずつ少しずつ縮めていった。

「くっそ…結構思いっきり注いでんのに、このスピードかよ…ありえねぇ…」

「全員揃っていないので仕方ありません…それに思ったより、風流は毒気を浴びたようですね…芯まで来かけているとは…」

「緑水おっせえ…早く、来いよ…」

 しばらく注ぎ込み続け、ようやく緑水が転生の間に現れた。天羅と雷光はわりと全力で注ぎ続けた為、一旦手を止めその場にへたり込んだ。

「おや、そんなに時間を喰ってしまった気はなかったのですが、待たせちゃいましたか?」

「待たせちゃいましたか?じゃねぇよ…全く…涼しい顔しやがって…」

「だってまだ何もしてませんもん」

「うっせぇ…さっさと取り掛かりやがれ…」

疲れ切った二人を横目に、水の緑水晶の前へ移動し、横たわる風流を覗き込んだ。

「困りましたね…お二人がヘトヘトになるまでやったのに、コレですか…」

傷は、ほとんど塞がっていなかった。天神と雷神が全力で注ぎこみ、座り込むまでの力を消耗したというのに、ほとんんど前の状態と変わりがなかった。

「緑水。なぜ、彼はあんなに毒気を身に宿しているのですか?これでは時間がかかりすぎます…」

「三発も毒の塊を喰らえば、自ずとそれくらいは広がるでしょう…それに、腕のケガは侵されてから時間が経っていますので…」

天羅のため息を横で聞きながら、緑水も水晶に手をかざし、力を注ぎ始めた。二人がかりで取り組んでいた浄化を、一人でやるという無茶苦茶なやり方だが、その身に龍を宿す緑水は、天界最強の天神に浄化能力が匹敵するか、それ以上だったので、天羅も雷光も、普通なら注ぎ込みすぎて倒れてしまいかねない行為でも止めなかった。

 しばらくして、水晶から手を離し目を風流へ向けたまま、

「これでは埒が明きませんね…もはや転生レベルの毒気の進行具合です」

「だから言ったではありませんか。三人一緒にやっても、恐らく根底までは完全に抜くことが出来ないでしょう…せめて陽火がいたならもう少し、楽だったのですが…」

 陽火…風の層で連絡が途絶え、未だに連絡がつかない。もし自分の層にいるならば、遠隔で力を送ってもらい、なんとかなったのだが、今更悔やんでいても仕方がないことだった。

 緑水は考えた。考えて、今までやったことのない、前代未聞の答えに辿り着く。

「…風の…風の民のみなさんに…力を貸して頂くのは、可能でしょうか?」

「は?何言ってんだ?だいたいもうみんな水晶ん中だろ…どうやって…まさか、水晶を取り換えるのか?」

「いいえ。厳密には、水晶から水晶への力の受け渡しです。今まで前例もなく、出来るかどうか全く分かりませんが…」

沈黙がこの空間に流れた。静かな空気に振動を与えたのは天羅だった。

「やりましょう。やり方は緑水、もう察しがついているのでしょう?」

「フフ、さすが天羅様。もちろんある程度の手段は考えております。が、成功するかどうかはまた別ですけど」

「よし!緑水さん!俺は?俺なにすればいい!?俺様も全力で手伝ってやる!!」

まるで、子犬のように見えない尻尾を振りながら、ギラギラとした視線を緑水へ放つ雷光に、思わず二人の緊張していた顔が綻ぶ。

「まぁまぁ落ち着いてください。そんなに尻尾ブンブン振らなくても、ちゃんと支持は出しますから」

「し、尻尾なんか生えてねぇし!」

「雷光、わりと、わたくしにも尻尾見えましたよ?フフフ」

「天羅様まで!くそっ!後で責任とれよ緑水さん!!」

顔を真っ赤に染め、小さな子供のように拗ねてしまったが、雷光はちゃんと緑水が出した、『風の水晶を手に持つ』という指示に大人しく従った。

「まずはちゃんと力の譲渡が行えるか確認しましょう。私が中の者たちへ話しかけますから、そのまま動かないでくださいね雷光」

「わかってるよ。てか、俺が水晶持ってるんだから、俺がやった方が…」

「あなたでは怖がらせてしまいますからね」

 雷光の手の上に収まりよく乗り、ほのかな光を放つ水晶へ緑水が手をかざし、まずは反応するかどうかを確かめた。かざした手に呼応し、光は少しだけ強くなった。

「とりあえず反応はして頂けたようですね、では、台座の元まで移動を」

そういうとプチっと自分の髪を一本抜き、風の水晶が置いてある台座の元へ移動すると、抜いた髪の毛を、台座の水晶と雷光の持つ水晶の上に手で押さえて起き、橋のようにすると、雷光の持つ方を光らせると、髪の毛を通して台座の水晶へ光が移るかを試した。光は髪の毛を伝い、ゆっくりと移動すると、光を失っていた台座の水晶を細々と輝かせた。

「どうやらこれでいけそうですね」

「まさかの髪の毛かよ…」

「緑水の髪は、水の要素がありますからね。想いを通すのに向いているんでしょう。さすが緑水です。よくぞ思いつきましたね」

二人の驚く顔をチラとも見ずに、緑水は黙々と作業をしていた。長い髪の毛を丸く結び合わせ、台座の水晶の下で一方を固定し、一方を雷光の手の上にある水晶の下で動かないように固定した。これで、全ての準備は整った。あとは、

「雷光、このまま雷の水晶へ力を注ぎつつ、この位置をキープしてくださいね。動くと髪の毛、外れちゃいますから」

「お、おう…」

プルプルと片腕を震わせつつ、持ち前の筋力でそれをなんとか防ぎながら、雷光は隣にある自分の持ち場についた。緑水は雷光の手の上の水晶へ、

「あなたがたの長を助けるためにどうか、お力をお貸しください」

と、手をかざしながら語りかけ、ぼうっと光が差すのを見届けると、手を離し、向かい側にある自分の持ち場へ向かった。

「では、始めましょう。緑水、雷光、よろしくお願いします」

合図と共に一斉に水晶が輝き、室内が緑、青、白の鮮やかな光に染まった。水晶の中にいる風の民たちも、緑水が結び付けた髪の毛を通して、力を注ぎ込み、風の力となって、風流の元へと降り注いだ。

 三人の神と、複数の魂の力を注ぎ込まれた風流の傷は、徐々に塞がっていき、黒く変色していた皮膚も、元の正常な色合いを取り戻していった。体内に残る僅かな毒気を全て浄化し、風流の中から完全に消え去ったのを確認すると、浄化の儀の終了を天羅が告げ、水晶から手を離し、全員疲れ切って地べたにへたり込んだ。雷光は持っていた水晶から髪を抜き取ると、水晶を膝で抱え込むようにして座った。ずっと水晶を支えていた手をだらんと床に垂らし、プルプル震える二の腕を片手でマッサージしながら、

「きっつい…マジこれ、腕持ってかれるわ…」

「おや、筋肉バカの腕でもキツかったですか?これは意外ですね」

「てっめ…後で…殴る…」

「私は痛いのは嫌いなので、黙って殴られてやる気はないですけど?」

「遠回しに反撃するって言ってるのか?」

「反撃ではありません。倍返しですよフフ」

意地の悪い笑みを称え、お互い顔を見もせずに背中で言い合いをしていた。力を出し切り、振り向くのも億劫だったのだ。

「フフフ…お二人とも仲がよろしいのね」

「よろしくねぇ!」

「同感です。こんなのと一緒にされてはたまったもんじゃありませんね」

「こんなのってなんだよ!」

「あらあら♪フフフフ」

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