転・ふたたび

 別人格として、再び蘇えったもう一人の悪鬼、景。先ほど負った傷はどこにもなく、今ここへ来たばかりのように珍しそうに辺りを見回し、喜びの声をあげた。

「素晴らしい!こんなに歓迎してもらえるなんて、やっぱりボクは幸せものだなぁ~。それに君に生えてるその白い翼、とっても素敵だよ?引きちぎりたくなる…」

「変態ですかこの方は」

「おい!そこのロン毛!ボクは変態なんかじゃない!ちょっと人より特殊な思考があるだけさ」

「充分変態だぞお前」

「うるさいパッツン野郎!派手な頭しやがって!」

「これはおシャレだ!全身真っ黒のお前なんかに言われる筋合いはない」

謎に見た目の言い合いを始めた雷光を横目に、風流は痛む左腕を押さえながら、緑水の元へ行こうと立ち上がり、視線を後ろへ逸らそうとした。

「おいながれ!ボクを無視するんじゃない!ちゃんとボクを見ろ!じゃないと折角の痛みに歪む表情が見えないじゃないか」

 景は、根っからのドSだった。昔、数人に囲まれ、殴られまくってた時も、ただ眺めてるだけで、自分からは動かなった。でも一通りの行為が終わったあと、流が一人になったのを見計らうとひっそりと戻ってきては、今度はボロボロの流へ、何度も自分で手を下した。終わった。と思ったらいつもこいつが現れて、更に追い打ちをかけていく。今回もそんな景のやり方にそっくりな出現方法だった。風流は怒鳴られた恐怖で逸らした視線を元に戻すことができず、横を向いたまま固まって、震え始めた。

「そうそう。君はそうでなくっちゃ。さて、えーと、ボクの弟がお世話になったみたいだから、ちゃんとオレイしないとね」

「お前は…悪鬼じゃなのか?」

「ボクも悪鬼だよパッツンクン♪ボクと界は二人で一つなんだ。地獄へ落とされた時、ボクらは互いを喰い合って一つになった。だからボクは界でもあり、景でもある。さっきは界部分がやられちゃったから、残ったボクの部分だけこうやって再生したってワケ。わかる?」

 気持ちの悪い内容だった。互いの魂を喰い合って自我を残しつつ融合。そんなマンガみたいなことが実際、この世ではないけれど行われているなんて気色が悪すぎる。

「地獄ではなんでもありだと聞いたことはありますが、まさか、ここまで気分の悪いことが繰り広げられていたとは…」

「何言ってんの?こんなの、あのゴミみたいな場所ではフツーでしょ?みんな力をつけようと喰い合ってる。こんなとこでのほほんと暮らしてるようなお前らは知らないだろうけど。あ、ちなみに前の鬼神ちゃんはボクらが喰ったから、そこんとこヨロシクネ」

「お前!喰ったのか!?あの死鬼を!?」

さっきからちょこちょこ名があがる『死鬼しき』を風流は知らない。なんとなく、会話の流れからも新の悪役という感じがしないのだが、誰かに聞こうとしてもその隙がなく、なかなか尋ねられずにいる。

「喰った。あのお人よし、ちょろかったな。鬼神のくせに、力があるくせに、全然状況を改善しようとしないから、ボクらがみんなを代弁してヤってやったんだ!すごいだろ!やっとボクらは自由だ!あはははは!」

「景!いや、悪鬼!もう、気が済んだでしょ?も、戻りなよ。ここは君が来る場所じゃない」

悪鬼は片眉を吊り上げ、嘲るように笑っていた顔を歪め、憎悪と嫌悪の表情で風流を睨みつけた。

「北島の…分際で…この僕に、命令するな…お前が!お前がいる限り!ボクは落ち着けない!ボクに喰われろ!そうすれば戻ってやる!」

「なっ!?嫌だよ!ぼ、僕は風神だから…君に喰われるわけにはいかない…それに、こ、こは僕の…僕の家だから…侵略されるのも、ゆ、許せない!」

「はぁ?ハハハ!許せないだって?ボクらはあの死鬼を喰って鬼神になったんだよ?君に僕を追い払う事は出来ない。君は昔っからずっとただのボクらの玩具だからね」

「僕は好きであんなことされてたんじゃない!」

「嘘つけ。最後の方は従順だったじゃないか」

事実だった。従順だったというよりも、そうせざるを得なかった。周りの人たちは見て見ぬふりだし、親にも言えない。逆らわなければ時間は短くてすむし、痛い思いは少なくてすむ。抵抗してもしなくても同じなら、痛みは少ない方がいい。そうやって、生きてきた。そして最後の日、飛び込めと言われたから飛び込んだ。それだけだ。でも…

「従ってれば、酷くされない…から…抜けれるもんなら、抜けたかった…」

「残念だったな。お前は死んでも、そこから逃げられない。逃がさない…今度は永久に、ボクが葬ってあげるよ」

 悪鬼として復活を遂げた景は、卑屈な笑みを浮かべ、嘗めるように風流を不敵な視線で眺めると、両手に毒気の塊を出現させた。

「いい加減にしろよ悪鬼!逆恨みはやめろとさっきも言ったハズだ!死鬼を喰ったんなら記憶も流れ込んで来ただろ!こんなことをしても無駄だ!」

「あ?知らないね。あいつはあいつ、ボクらはボクらだ。ここへの進行が無駄だとしても、そんなことボクには関係ない」

「なら、どうしてこちらへ来たのです!?天界を乗っ取っても、ここが地獄と化すだけで、元いた場所と同じになるだけです。これ以上の理由とはなんです!?」

悪鬼は問いに答えるように、両手に出した毒気を片方、物凄い速度で投げつけ飛ばした。毒気は宙を飛び、風流の斜め後方にいた祐樹の片翼へ直撃した。

「ぐわぁぁぁぁ!」

祐樹の翼には直径二十センチ程の穴が空き、側にいた別の風の戦士二人が、地面に群がっている邪鬼たちの元へ落下しないよう両脇を支えた。

「祐樹!」

「あいつはお前の友だろう?まずは手短にあいつから消そう。ボクらはね、別に天界自体キョーミはないんだよ。ただそこに安穏と暮らす奴らの生活を壊したい。それだけさ!」

言い終わると同時に、残ったもう片方の毒気の塊も祐樹へ投げつける。だがこれは、支えに入った二人が風壁を作り、数メートルも弾き飛ばされながらもなんとか防いだ。

「へぇ、やるね。なかなかだ」

「いい加減にしろよ!!」

怒気を目いっぱい込め、雷光が動く。

「一人で飛べるか風流」

「なんとか…」

 風流を雲から下ろし、バチバチと電気を放ちながら、稲妻の矢を番え、下でうごめいている邪鬼の元へ一斉に放った。稲妻で浄化された邪鬼たちは、何十匹か一瞬で消え去り、その空間にぽっかりと、緑の芝が顔を出し、緑色の穴が空いた。その穴はすぐに他の邪鬼により埋め尽くされ消えたが、効果は絶大なようで、邪鬼の動きがさっきより少しゆっくりになっている。

「お前のスピーチはもうたくさんだ!さっさと消えて、いなくなれ!!」

「いいタイミングです雷光。私もそろそろ飽きてきた所です。そろそろ、そちらの方に引導をお渡ししてあげましょう!」

 緑水は緑の瞳の瞳孔を猫のように細くし輝かせ、左手の甲に右手で触れると、左手を高く掲げ、緑龍をもう一度呼び出した。

 雷光はその間も、無限に矢を悪鬼へ放ち続け、悪鬼の姿が眩く見えなくなるほど打ち込みまくった。悪鬼は一切抵抗することなく矢を浴びているようで、向こうから何も攻撃が来る気配がしなかった。

「風流!涙で浄化をしてください!」

後ろから呼ばれ、小さく輝く涙の粒がこちらへ一つ投げられた。

「もう一つ頂けませんか?祐樹の、翼も直してあげたくて!」

「申し訳ありませんが、今は一つが限界です。先ほどの放光と、次の準備の為そちらに力を割いていまして、固形への生成が難しいのです…」

「分かりました。ありがとうございます」

 龍の涙を握りしめ、祐樹の元へ向かった。片翼を負傷し、上手く飛ぶことが出来ない祐樹は両肩を仲間に支えられながら、宙に浮いていた。

「ふう…りゅ…?」

「祐樹…聖水はもう飲んだ?」

「うん…横の二人にも分けてもらってありったけ…でも、あんま効かないみたいだ…風流こそ、腕…やばいんじゃない?」

祐樹の翼に空いた穴はまだ向こうが覗けるほどの大穴が空いていた。これではまともに飛ぶことは出来ない。

「ボクは…自力で飛べるし、腕一本くらい動かせなくてもなんとかなる。でもここから落ちると邪鬼の群れに突っ込んでいくようなもんだし、危険だから…これ、使って」

風流は涙を差し出した。たった一つしかない、浄化の希望を。翼を失った友へ手渡した。

「これは龍の…ダメだ。これは俺は受け取れない。いらない」

「いいんだ。僕より祐樹のが力強いし、僕は…頼ってばかりで…いつも祐樹に…迷惑かけてたし…今も、僕のせいで狙われてるし…」

「何言ってんだよ!それはお前のせいじゃないだろ!さっさとそれ使えよ!俺はいい!さっき飲んだし、こいつらが支えてくれてるから、必要ない!」

渡そうとした涙を受け取ろうともせず、ぷいと横を向いて、こちらを見ようともしなくなってしまった。風流は差し出した涙を握りしめ、祐樹へぐいと至近距離まで寄ると、

「祐樹、ごめんね」

握り込んだ手で祐樹の腹を思い切り殴った。

「がはっっ…!」

祐樹は突然の衝撃に口を大きく開き、悶え、睨みつけると、その口へ祐樹が涙を放り込んだ。

『ゴクン』

勢いよく投げ込まれたソレは、弧を描きながら導かれるように喉元へ吸い込まれていき、そのまま飲み下された。

「おまっ…ゴホッ…!なん…ゴホッ…で…!」

 飲み込まれた浄化の雫は、瞬く間に浸透していき、祐樹の穴の空いた翼はみるみるうちに元の、純白で傷一つない絹糸の様なつややかさを取り戻した。

「うん。綺麗になった!もう大丈夫だよ祐樹」

にこっと笑った風流へ、翼を取り戻し自由になった祐樹が怒りの顔で掴みかかった。

「風流!お前!何てことしたんだ!それじゃあお前の腕が治らないだろ!何考えてんだよ!お前の傷だって!深いのに…!俺なんかの…」

「い…痛いよ祐樹…離して…」

「あ、ごめん…でも!」

「分かってるよ。でも、祐樹だってきっと、同じ立場だったなら、同じようにしてたでしょ?僕は、君を失いたくないんだ。あいつに…あいつから逃げるには足がいる。だから、先にその足を直したんだ。僕はいつでも逃げられる。それに、支えてた二人だってあのままだと危ないでしょ?的になっちゃう」

「それは、そうだけど…!でもなぁ!お前……はぁ…まぁもうないもんは仕方がないか…俺はお前から離れないからな。覚悟しろよ」

祐樹は風流の前へ出た。未だに雷光が矢を打ち込み続け、時間を稼いでくれていた。

「そっちは終わったようだな!!手伝え二人とも!」

「あなたはどうしてそんなに横暴なんですか!!行くぞ!風流!」

気に食わないながらも雷光の元へと合流し、風刃を打ち込む。風流は残った片腕から風刃を発生させ、痛みをこらえながら攻撃に加わった。少し後ろでは、緑水により着々と龍の浄化の準備が行われていた。

「緑水さん!あとどれくらいかかる!?」

「あと少し…二分ほどです!頑張れますか!?」

「見くびんな!余裕だっ!!いっ!?」

雷撃に打ち込まれ続け、放電しまくり光り輝いてる部分から、黒い何かが飛んできた。ギリギリでそれをかわした雷光は、避けるのに必死で、矢を射る手を止めてしまった。

「おい!雷神さ…」

ピタっと止まった攻撃の間を見計らったように、打ち込まれ続けた光が四散し、傷一つない悪鬼が不敵な笑みを浮かべながらそこに立っていた。

「あっはははははは!!今ので終わりか?雷野郎」

傷一つない悪鬼を見つめ、戸惑いを隠せない雷光へ、追い打ちをかけるように悪鬼が詰め寄った。

「あんな雷撃、痛くも痒くもない。ぬるすぎて、相手するのもめんどくさくて放っておいたら、勝手に勘違いしてくれたみたいでヨカッタけど」

「さ…さっきは、ちゃんと…効いてたハズ…」

「こそこそと人の後ろに隠れてないで、正面から言ったらどうだ流!!」

さっきまでの悪鬼とは明らかに違う。一体、何がどうなったのか、風流のつたない頭では考えがまとまらなかった。

「なるほど。鎧の力ですか…それは死鬼が身に着けていた力。あなたはそれを使えるのですね悪鬼」

また出た。死鬼だ。

「雷光…死鬼ってそんなすごい人だったの?」

茫然と悪鬼を見つめていた雷光は我に返り、自分へと問われた疑問に答えた。

「死鬼は、お前が来るだいぶ前天界にいた、元・天の層の神官だ…あいつは、天羅様に焦がれ、寝所とへ潜り込むと寝込みを襲ったんだ。その罰としてやつは地獄へ送り込まれ、そこで地獄をまとめる鬼神となり、神官としての浄化の力と、己が持つ、鉄壁防御の特だけを残して、今の悪鬼のような醜い姿を与えられ統轄を命じられた。腐っても元神官だからな、こちらへ来ようとか、逆らおうという気は一切起こすことなく何百年も、光の差さない、欲と罪が渦巻く地獄を一人でまとめあげた」

元・神官。衝撃の事実だった。風流が想像していた、ただ力が強くて優しい鬼神とは違っていた。同じ天界に暮らす仲間だったのだ。つまり、それを喰った悪鬼は、浄化の能力と防御の能力を身に着けたということ、こうなってしまっては無敵だ。でも、界の時の悪鬼には、雷撃も浄化の光も効果は抜群だった。ますます意味が分からない。

「死鬼…さんを食べた悪鬼は、無敵ってこと?でも…さっきはちゃんと攻撃、効いてたのに…」

雷光が崩れて攻撃をやめてしまってから、悪鬼に放たれる攻撃は風流と祐樹、風の戦士が放つ風刃だけになっていたが、それも効果をあまり示さず、当たる刃を涼しい顔で薙ぎ払われていた。

「ねぇ!これ意味なくない!?俺ら、どうすればいい!?後退、した方がいんじゃね?」

「離れてください!!!」

祐樹が言い終わっていくらかしないうちに、後ろから怒鳴るような緑水の声がした。全員意図を察し、光が通るであろう道筋を素早く開けた。同時に、二発目の龍による眩い浄化の光が、二人目の悪鬼の元へと飛び込んでいく。

 全員、光の先、悪鬼へと目を細め視線を向ける。光を真正面から受け、再び光の中へと身を沈め、悪鬼の姿は見えなくなった。しばらく放光は続き、やがて終息を迎え始めると、段々と目が慣れ、光の方をちゃんと見ることができた。

「なっ…!」

そこには全員が絶句する光景が広がっていた。驚きと恐れの表情でそれを見つめる。

「よぅ。やっと終わりかな」

天界で最大の浄化の光を浴び、消滅するはずの悪鬼はまだそこにいて、何事もなかったかのように立っている。浄化の力は彼には効かなかった。

「そんな顔しないでよ、傷ついちゃうなぁ。ボクだって眩しかったんだよ?最後まで耐えたんだから誉めてよね」

「なん…で…界の時は…ちゃんと、効いたのに…なんで!!」

緑水へと向けられた視線は、声をあげた風流へとめるように滑り降り、卑屈な笑みを浮かべた。

「なーがーれーそんな事もワカラナイ?さっき、そこのパッツンクンにも教えてもらったでしょ?あーそっか、界の時か。死鬼の力はほぼボクの方にあったからね、界はただの鬼みたいなもんさ。始めっから表に出すの良くないって、界が力を分けずに、ボクに預けたんだ。これでいいかな?」

力の譲渡だけではなく、分配まで自由なんて…これでは勝てない。負けてしまう。

「浄…化は効かないってこと?」

「ソユコト♪死鬼がまさか、こんな力を隠してたのは意外だったけど、案外便利だね、コレ♪」

下では未だに洞から邪鬼の侵入が続いている。このままでは天界が地獄と化して、こちらへ来た魂が全て堕とされ、次に生まれでる者がいなくなってしまう。風流は決断を迫られた。ここは風の層だ。決断を下すのは、ここを治める者に委ねられる。腕はまだ動かない。それでも頭はまだ動く。浄化は出来ない。なら、方法は一つしかなかった。

「雷光、ここを放棄しよう」

「本気かお前!?」

「このままじゃ全滅する。風の層を他から切り離す方法しかない」

「風流…本気で言ってるのか?俺たちの家を、捨てるのか?」

すぐ前で聞いていた祐樹は、振り返ることなく、背中を震わせ風流へ抗議と諦めの声をあげた。

「ごめん。今はこれしか…方法が、ないと思うんだ…ごめん」

拳を握りしめ、体を小刻みに震わせながらも、祐樹はそれ以上責めなかった。彼も分かっていた。それしかここを乗り切る手段がないということを。

「決まりですね。私の龍も、さっきので浄化機能はしばらく使えません。ここのおさの許可も下りたことですし、後退するなら悪鬼が傲慢になっているうち、油断している今がいいでしょう」

「なら、俺が…ヤツに雷をぶつける、それが合図だ…出したらすぐ上へ走れ。天羅様の元へ行くぞ」

 悪鬼へ声が届かないよう、仲間へは聞こえるギリギリの声量で声を発し、周りにいる者へ支持を出した。天の層への入口はここから少し遠いが、全速力で飛ばし、悪鬼が油断している今なら切り抜けれると、二人の神はコレに賭けた。

「何をコソコソしている?流…ようやく命を差し出す覚悟が出来たのカナ?」

「違う!お前なんかに、僕は、負けない!」

「強がっても、もうその腕は動かせないだろ?時期に毒は全身に広がる。なら、無駄に苦しむよりも、あっさりボクに殺された方がよくない?いいだろ?じゃあ君の前にいる邪魔な従者クンをどかせてくれるかなぁ?それとも一緒に逝っちゃう?逝っちゃう?」

自分にもう怖いものが何もなく、こちらが手も足も出ないと悟り、悪鬼は遠回しに風流を差し出せと言ってきた。もちろん、誰も風流を差し出す気なんて始めからない。

「どいて、祐樹」

「風流!」

驚いた祐樹は後ろを振り返り、風流を見た。本気の瞳をしていた。コクと頷いた風流を見て、油断させるための手段の一つだとなんとなく分かった祐樹は、仕方なくを装って、前へ進み出た風流に止める手を跳ねのけられると、大人しく後方へ下がった。風流と入れ替わるとき、横にいた雷光も驚きの表情を浮かべていたが、そちらを見ようともせず、悪鬼へ真っ直ぐと視線を向ける風流を見て、雷光も視線を悪鬼へと戻し、一瞬であろうその機を待った。

「わお♪意外と素直だね。負けないとかほざいてた割に、あっけなく前へ出てくるとか、ほんと弱すぎ。従者クンを盾にしちゃってもよかったのに。その方がボクも刺激があって面白いし」

黒いビームのような物が、瞬間、風流の横を通り過ぎた。その機を伺いつつ、慎重になっていたこちらが、何が起きたのか気づくの一瞬遅れた。みな、その攻撃の終着点を目視することは出来ず、その者が倒れて初めて認識をした。

「ふ…りゅ…う…」

前後を入れ替わってすぐの風流の横を掠め、後ろへ放たれたビームは音を立てず、静かに祐樹の胸元へ突き刺さり、彼の機動力を奪った。

「ゆ…うき…?」

綺麗な白い翼は、主の力の喪失と共にその浮遊力をなくし、体ごと真っ逆さまに落下を開始した。

 目の前で、一連の出来事をいち早く察し、唯一対応できた緑水は、落ちてゆく祐樹に手を伸ばそうと試みたが、間に合わないとすぐに思い直し、祐樹の方へ片手をかざし、仮の肉体を与えられた魂を、魂だけの姿に戻し、手元に引き寄せた。

「祐樹君は、これでなんとか大丈夫です…」

祐樹が打たれ落下し、仮の姿を失い、魂という光る玉の存在へと身を変えていくのを風流は茫然と見ていた。かつて共に笑いあった友は、かつての悪友に打たれ、その身をなくした。間一髪で緑水が魂へと変換し、消滅という危機は免れたが、それでもかつて祐樹だった魂は濁りがひどく、光の渦の中に黒い渦が共存し渦巻いていた。

「祐樹?なん…で?返事してくれよ!祐樹!祐樹!祐樹!」

風流は緑水の手の中にある祐樹の魂へ茫然と駆け寄り、その濁った魂へ涙ながらに語りかけた。当然返事はなく、眠るように落下していった魂は、そのまま眠りについていた。

「ハハッ!これはいい!どうだい流!ボクからの君へのささやかなプレゼントだよ?気に入ってくれかな!君があまりにもすんなりあの子をかばうから、ボク嫉妬しちゃったんだよね、いい顔だよ流!昔の、始めての頃みたいでゾクゾクする!君はやっぱり最高だよ!」

泣き叫ぶ風流の声で、悪鬼は興奮状態い陥っていた。緑水から魂を受け取り、動かない片手を無理やり持ち上げ、抱えるように抱きしめながら、風流は悪鬼をにらみつけた。

「風流、祐樹君の魂を槍の水晶へ。そのままだと毒に侵され死んでしまいます。水晶へ流し込み、浄化を待ちましょう」

力の入らない手で魂を支え、空いた方の手で槍を出現させると、柄と矢じりの間に埋め込まれた水晶へ、祐樹の魂を封じた。水晶は一度小さく光り、濁りの部分を点として刻み込みながら、祐樹の魂をその身に吸い込ませていった。

 その場に残された、黒い点を宿す水晶がついた槍。風流は強く握りしめ、再び下卑た表情を浮かべる悪鬼をにらみつけると、動かない片手をだらりと垂らしたまま、槍から風刃を放った。悪鬼はなんなくそれを弾き飛ばし、ますます表情を高揚させた。

「いいねぇその顔!君のそんな表情は久々に見るよ!こうでなくっちゃ、界を失ってまでここまで来た意味がない!ほんとはね、流、僕らはキミを探しに来たんだ。君がこっち側にいないから、怒りで狂ってしまいそうになってね、相談してあっちにいる君を捕えて、こっちに連れてきて一緒に暮らそうってね、界と決めたんだ。でも邪魔が入ったからそいつを喰って、みんなを騙してまでここに乗り込んだ。ちゃんと当たりを引けたようで、ボクは嬉しくて嬉しくて…今すぐ君を切り刻んであげたいほどだよ」

 槍を握りしめ、悔しさで「もうどうでもいい」とあきらめかけた時、声が、頭の中で響いた。

『風流。諦めんな。俺は、まだ死んでない。お前があいつの元に行っても、この状況はきっと変わらない。負けんな』

「祐樹?話せるの?」

『お前の頭の中だけだけどな。その槍はお前の一部だ。そこに身を置く俺も、お前の一部だ』

「そっか…よかった…」

「ああ?何独り言いってんの?ついに壊れた?ブロークンした?」

祐樹の『声』は風流にしか聞こえていなかった。さっきまでにらみつけていた瞳に穏やかな光が戻り、表情が少し和らぐ。そんな風流の変化が、正面に佇む悪鬼には諦めの表情として映った。

「まぁいいや。さ、早くおいで。ボクがちゃんと汚してあげる」

悪鬼は風流へと手を差し出し、穏やかな表情になった風流へ一歩歩み寄った。黙って大人しくして、ひたすら自分の存在を薄くしていた雷光は、この機を逃さなかった。計画通り隙をついて、後ろ手でひっそり練り上げていた大きめの雷塊らいこんを放った。

「!?」

失念していた方向からの急な攻撃にたじろぎ、悪鬼は後ろへ後退させられた。手で顔を覆い、眩しさから赤黒い瞳をかばった。

 雷光の合図とともに、その場にいた者は音もなく素早く天へと向かい、走り出した。翼をはためかせ、龍にまたがり、雲に乗って。予想外の行動に悪鬼は怒りを露わにし、怒鳴り散らしながら少し遅れて追いかけた。

「ふざけんな!今更逃げるだと!!許さない許さないゆるさないいいいいいい」

怒りを黒い翼に乗せ、一気に追いすがって行く。速度の速い龍が先頭を切り、道を指し示す。

「みなさんこちらです!あそこまで頑張ってください!」

 龍を駆け、一気に飛ばし、先に出入り口に辿りつくと、風と天の狭間の切り離し作業に取り掛かった。間を繋ぐ階段を消去し、ごく僅かな隙間を残して、出入り口を小さくすぼめた。

 緑水は天の層側の入口に待機し、こちらへ向かってくる仲間へ案内を兼ねて叫んだ。

「入口はこちらです!この穴の大きさはこちらで操作するので、気にせずみなさん突っ込んできてください!」

「お前ら先に突っ込め」

「ですが雷神様…」

「お前らは風流の大切な友であり、民だ。そんなやつを差し置いて、俺だけ先に突っ込めねぇ。いいから行け。全速力でかっ飛ばせ!!」

 雷光は前を駆けていた自分を風の戦士たちへ譲り、先へ進めと促した。後ろでは悪鬼が追い付こうと怒りの形相で向かってきていた。ケガを負い、思うように力の入らない風流に手を伸ばし、引っ張るようにして掴むとそのまま雲を走らせた。

「急げ風流!このままじゃ追いつかれるぞ!」

「ごめん!ありがとう!思うように翼が動かなくて…」

「毒にやられかけてんだろ!無理するな!俺がお前を引っ張るから!そのまま翼だけ広げてろ!」

「うん!わかった!」

 翼を最大限大きく広げ、空気抵抗を最小にすることだけに専念し、その身を雲を操る雷光へ預けた。後ろを振り返る余裕はない。けれど、黒いモノが着々と近づいて来ていることは、風の感じで分かった。このままでは追いつかれてしまうということも。ギリギリまで粘ってみるつもりではいる。けれど、もしもの時も来るかもしれない。その時は迷わずこの手を振り払う。覚悟は出来ていた。

「なぁぁぁがぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!このまま逃げおおせると思うなよ!!止まれ止まれとまれぇぇぇぇ!!!!!」

黒い光線を手から無数に放つ悪鬼から、それを風の動きを読んでギリギリで避ける。という行為を繰り返し続ける。

「クソッ!しつけぇなあいつ!愛されてんなぁ風流!」

「や!やめてよ雷光!あんなのただの暴力だ」

「まぁな。無理やり相手を従わせようとか、一方的に押し付けるのはよくねぇ。虫唾が走る!前のやつらは後少しで着くぞ!こっちも後一息だ」

 緑水が残した通路に向かい、風の戦士たちは次々と飛び込んでいく。残るは雷光と風流二人だけだ。後ろではもう手が届きそうな距離に悪鬼が迫ってきている。悪鬼と風流の距離が近付くにつれ、攻撃の数が減り、前進することだけに集中している。

「ヘッヘヘ!後少し…あと少しだよ流クン!ボクから逃げ切れるかな!」

「もうあきらめてよ!」

「それは無理だ。もう届きそうなのに…それに、ボクは諦めが悪い」

 そうセリフを吐かれた直後、右足首にひんやりとした感触が触れた。

「もう着くぞ!風流!とばす…!?」

風流は雷光の手を無理やり振りほどき、目的の穴へ風壁を放ち、その力で雷光を押し飛ばした。

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