承・たたかい

 階段を飛び越え、天の層への入口へ辿り着いた。着いた場所は広く、そこで社交界でも開かれるのかと思うほど煌びやかな部屋だった。風流は辺りを見回し、そこに人影がポツポツと存在しているのに気づいた。

 一番近くにいた赤い瞳の、燃え盛る赤い炎の翼をまとい、腰まで伸ばしたストレートでつややかな紫色の髪をなびかせた、強そうな女の人がこちらに気づき、話しかけてきた。

「風雲殿。ご無沙汰しております。ついに転生されると聞いて驚きました。そちらが新しい風神さんですか?」

「そちらも元気そうだな陽火ようひ。新しい風神の風流だ。まだ知らないことの方が多く未熟だから、先輩としていろいろとフォローしてやってくれ」

陽火と言われた女性は、にこりと二人へ笑みを浮かべた。

「ええ。もちろん。われが炎神になりたての頃、風雲殿にいろいろご指導して頂き感謝しております。そのご恩は彼を通じてお返しすると誓いましょう。そなた、名はなんというのです?」

 突然こちらに話を振られて、顔をぬっと目の前まで近づかせてきた陽火に、蚊帳の外だと勘違いしていた風流は、身を縮こまらせてしまった。聞いていた通り、炎神は美しく妖艶だった。着ている炎をあしらった赤いドレスには、深めのスリットが入っており、彼女の美脚がこれでもかと顔を出していたし、胸元から、今にも零れ落ちそうな二つの物に視線がいかぬよう、目を逸らすことにいっぱいいっぱいだった。おまけに声にまで色気が漏れ出しており、耐性のない風流には刺激が強すぎた。

「あまり、こやつをいじめないでやってくれるか陽火」

「あら?名前を聞いただけなのだけれど…」

「この子には、お主の刺激は強すぎる。そんなに顔を近づけては、話すものも話せぬ」

そう言われて、ようやく離れた陽火の美しい顔に安堵のため息を漏らし、胸元を見ぬように、失礼のないようにとたどたどしく返事をした。

「名は風流です。えと、よろしく…お願いします」

ペコリとお辞儀をしてみせた。

「まぁかわいい!我は炎神の陽火。風の層とはお隣さんですから、何でも聞いて下さいな」

ニコリと微笑んだ陽火に「はい」と返事をする間もなく、次の声の主が叫ぶ。

「おい!そいつが次の神か?」

突然、大声が響いた。ドーム状になった室内ではその声が何倍にも反響し、大きく、部屋全体からの言葉のように響き渡った。実際の声の主は炎神の丁度真後ろ、風流からは見えない位置にいた。ぷかぷかと低めに浮かぶ雲に乗り、綺麗に切り揃えられたオレンジ色の長めのボブカット。黄色く鋭いまなざし。黒いベスト一枚を素肌の上に着込み、鍛え上げられた肉体がその下から垣間見えた。少年はそのままこちらへビュンと近づいて来ている。怖すぎて、風流は横にいた風雲の蔭にひょいと逃げ込んでしまった。

「おい!ガキんちょ!仮にも今から神になろうってもんが、人の後ろに隠れるんじゃねぇ!ビクビクしてねぇでさっさと出てこい」

雷光らいこう!言いすぎです!風神はそれでいいのです。あなたも知っているでしょう?」

「ああ?知らねえよ!俺は雷神だ。他の神のことなんざ知らねえ。ただ、これから風を背負ってくモンが、俺様ごときにビビッてたんじゃ、守れるモンも守れねぇだろうが」

 最もだ。風流は覚悟を決め、腹をくくって前へ進み出た。

「やりゃー出来るじゃねぇか。名は?」

「ふう…りゅうです」

「あ?聞こえねえな?」

「風流ですっ!!!」

ちょこっとだけ腹がたった風流は、お腹の底から今まで出したことのない大声をだして、怒鳴るように名前を言った。そして言ったことを後悔し、顔を俯かせ、絶対殴られると覚悟を決め、胸倉を鷲掴みにされるその瞬間を待った。予想に反し、殴られると気を張っていた風流に飛び込んできたのは、高らかな笑い声だった。

「あっはははっは!お前!おもしれえな!俺は雷神!雷神・雷光だ。あまり絡むことはねぇと思うが、よろしくな風流!」

「え?あ。はい、よろしくお願いします…雷光さん」

「雷光でいい。俺はかたっくるしいのは嫌いだからな」

「や。でも…」

「ら・い・こ・う」

「雷…光…」

「おう!よろしくう!」

乗っていた雲から飛び降り、慣れ慣れしく腕を肩に回し、さっきの怒声はどこへやら、とてつもなく満面の笑みを称え、人懐っこい表情に打って変わっていた。横で黙って成り行きを見守っていた風雲は、やれやれといった具合に肩を竦め、陽火も、全く!みたいな表情を浮かべながら、陽気に肩を組んで笑っているオレンジ色の髪の少年を眺めていた。当事者の風流も、笑っていいのかどうすればいいのか分からず、ぎこちない笑みを浮かべて、頭をわしゃわしゃしてくる雷光のされるがままになっていた。

「全く。ヒヤヒヤさせないでくださいよ雷光。あなたはただでさえ、見た目もよくないのですから、あまり驚かせてはいけません」

 後ろで動くことなく、じっとこのコントのような流れを、流れる水面のように眺めていた者があった。風流が視線を向けると、その先には、男なのか女なのか曖昧な、中性的な顔立ちの人が壁に寄り掛かっていた。

 美しいターコイズブルーの膝上まである艶やかな髪を垂らし、緑色の深い瞳、燕尾服と軍服を掛け合わせたような服を纏い、陽火よりも美しく端正に整った顔をして、こちらをじっと見つめていた。

「初めまして。次期風の神。私は龍神・緑水りょくすい。以後、お見知りおきを」

ここに来てから初めての、丁寧な言葉使いと、紳士的な反応に逆に驚いた。風流も丁寧に挨拶を返し、この広間に四神が勢ぞろいした。

「風雲さん。この度はおめでとうございます」

「ありがとう緑水。次は四神の中でお主が一番歴が長い。後は頼んだぞ」

「はい。荒くれ物もいますが、お任せください」

「おい緑水さん、それ俺のことじゃないだろうな」

「あなた以外に誰がいるのです?野蛮な神は一人で充分ですよ」

「あのなあ!俺は野蛮じゃねえ!強いんだ!最強なんだよ!」

「まあまあ落ち着いて二人とも。さ!天の間へ行きましょ。そろそろ時間だわ」

ふん!と鼻をならし、背中にも目に見える程に怒りを撒き散らし、雲に飛び乗ると、奥にある扉へ一息に向かった。雷光とは対照的に始終笑みを絶やさず、何を言い返されてもニコニコと話していた緑水は、そのまま徒歩で長い髪をなびかせながら優雅に足を踏み出し、釣られるようにして、残りの三人も後に続き扉の奥へ歩みを進めた。


 天の間、そこは代々、神が転生の儀を行う際に使われる特別な空間だった。広間から扉を抜け、螺旋状になった階段の先にそれはある。広間よりこじんまりとしたその部屋は、一般的な水晶と共に、四色の一回り小さめな水晶が、円を描くように台座に飾られ、赤・青・緑・黄・白とそれぞれ光を放っていた。

「ようこそ、みなさん。お待ちしておりました」

水晶の置かれた台座より奥、そこに、小柄で白いドレスに身を包んだ天の神、天羅が堂々とした眼差しで五人を出迎えた。四神たちは胸に手を当て、お辞儀をし、風流もそれに倣ってぎこちないお辞儀をした。

「この度は、わたくしの呼びかけに応じてくださり、感謝いたします。お知らせした通り、これより風神・風雲転生の儀、並びに風流への継承の儀を行います。久方ぶりの神の転生。みな、滞りなく終えるよう、よろしくお願いします」

 それから各々移動し、風雲は円の中央へ、炎神は赤、雷神は黄、龍神は緑、そして風神予定の風流は青の水晶の前へ行き、残った白い色を放つ一回り大きな水晶の前へは天神が立った。

「風流、玉をその手に取って」

 光輝く玉に見惚れていた風流は、天羅の優しい声音で我に返り、言われた通り、恐る恐る台座から青水晶を持ち上げた。

「そう、そのまま胸の前で両手で持って構えていなさい。いいと言われるまで決して離さないで」

 風流はぎゅっと水晶を握り込み、胸の前に構えた。その仕草を確認した天羅は、一人一人丁寧に全員へ視線を送り、最後風雲へ向けて深く頷くと、白く光る水晶へ手をかざした。他の神たちもそれを見て、見計らったように全員がほとんど同じタイミングで手をかざし、みるみる水晶の光を増幅させていった。

 増幅された光は部屋全体をカラフルに染め、濃いめの虹に包まれたような空間に色を変えると、見たこともない美しい雰囲気を醸し出して、まるで世界の終わりを目の当たりにしているかのような幻想的な風景を広げた。

 五つに混ざりあった光は、やがて中央に立つ風雲の足元に一つに集約し始め、段々と大きくなり、足元から包み込むように伸びていくと、徐々に全身を飲み込んでいった。

 風流は光の中に消えていく風雲を、水晶玉を握りしめたまま、見つめていた。光に飲み込まれていく風雲と最後に目が合い、にっこりと微笑みを投げかけられた風流の目に涙が滲んだ。そして光は風雲の全身を包み込み、全てを光の中へ仕舞いこむと、膨らんでいた光は逆に段々と丸まるように小さくなっていき、やがてゆっくりと光の玉は姿を消した。


 円の中心にいた風雲の姿は、もうそこにいなかった。

 

 無事に転生の儀式を終えたのだ。

 中心にいなくなった人影を、遠い目で見上げ、天羅は水晶から手を離した。

「風流、もう玉を離しても大丈夫ですよ。台座へ」

誰もいなくなった中心を見つめ、この場に人がいることを忘れていた風流は、突然の呼び掛けに、持っていた水晶を落としそうになり、危うく落としかけた。あまりに壮大な出来事に、握りしめていた水晶玉は汗で滑りやすく、慌てて両手で大事に掴み直し、台座へ丁寧に戻した。

 光を放っていた水晶たちは五つともその光を失い、ただの色水晶となって五つの台座にそれぞれ鎮座していた。

「風雲様は、行ってしまったんですか?」

 帰ってくる答えなど分かっていた。分かっていたけど、確かめずにはいられなかった。

「風神として千年、風の層を想ってきた神は、新しい命としてまた、ただの人として地上に生まれ落ちるのです。魂は続く。ですからあなたもまた、どこかで彼に出会えますよ。風流」

「しんみりした気分は終わりだ!風雲様は生きに向かったんだ。泣くな。お前は今から風神・風流だ。風の長らしく、強くなれ」

 さっきまで横にいた人が、目の前からいなくなることが、こんなにも悲しいのかと、流れ出る涙はとまってくれなかった。

「泣かせておあげなさい雷光。今だけは」

「ちっ…緑水さんは優しすぎなんだよ」

そう言いながらも、雷光もそれ以上は何も言わなかった。

 落ち着きを取り戻し、涙が治まろうかという頃、風流の胸を小さなざわざわした感覚が襲った。そのせいで零れそうになっていた涙はぴたりと止み、ざわざわは段々と大きくなっていく。風流の心の変化をいち早く悟った緑水は、

「どうされました?何か気になることでも?」

「なにか、ざわざわするんです。全身が黒くなりそうな何かが…」

風流の言葉に、その場にいた全員の顔が固く、鋭さを増した。

「風流。その話わたくしたちに詳しく話して頂けますか」

「え?」

「風の神は風を操るもの。天界に流れる風、全ての源なのです。何か天界で変わったことがあれば、それが米粒ほどの大きさでも、風神である者は感じ取ることができます。それが所謂いわゆる風の知らせと呼ぶもの。自然にその身になだれ込んでくるのです。ですから風の層は上の階に存在し、あらゆる事柄を素早く伝えられるよう、天の層の近くに位置します。今その身で感じる違和感の正体は、まだあなただけしか気づいていません。ですので、その正体を少しでも詳しく探り、お伝えできますか?」

 風流はまだ、風神になったばかりだ。上手く出来るかは分からなかった。でもこの胸の違和感は段々と膨らんできている。風流もこれが何か知りたかった。

 目を閉じ、風に任せて神経を張り巡らせる。

「木?閻魔…王が、いない…隠れてる…洞…黒い者が…中に…うわあああああ」

「どうした風流!大丈夫か!」

「黒いやつが襲ってきた。来る。あいつらが来る!逃げないと!みんないなくなる!」

風流は必死で雷光の胸倉を引っ掴み訴え、叫んだ。黒いやつが何なのか、はっきりと分からなかったが、感覚が、風神として覚醒した全細胞が危険だと警鐘を鳴らした。

「これは少々まずいかもしれません。天羅様。閻魔王が隠れたということは、どうやったかはわかりませんが、きっとやつらが這い上がってきたのでしょう。洞に侵入したと風流は感じ取りました。急がないと間に合わなくなります!」

「洞から入られたら全層にやつらが来ちまうぞ!」

「我ら炎の民はまだ戦えるけれど、風も水も、そんなに戦力は多くないはずですわ」

「落ち着きなさい。わたくしたちが慌てても仕方がありません。各自持ち場へ戻り、準備を…」

 その時、側に置いてあった水晶が一斉に光始めた。通信が各層の水晶を通して送られてきたのだ。各々、自分の色の水晶の元へ行き通信を開いた。が、言っていることはどの層も同じだった。


『洞から邪鬼が入ってきた』


 どの連絡もそう言っていた。


「俺もすぐ行く!お前らは一般の民を非難させ、稲妻で結界を作れ!」


「洞を燃やしてはなりません。市民誘導しつつ、火で囲い一気に燃やし尽くしなさい」


「こちらにも来てしまいましたか。市民揺動後、水牢すいろうを形成し、木を包み込みなさい。龍を使います」


「風流、あなたも支持を飛ばすのです。風神として最初の仕事です。気負わずに民たちの為に出来ることを」

 儀式の際、ずっと握っていた水晶玉を通して、風神としての知識や力は風雲から風流へなだれ込んでいた。だから何を指示すればいいかも、自分がどうするべきかもだいたい分かっている。ただ自分で経験していない、知識としての力は根付くまでに少し時間がかかる。各神の対応を感心するように聞いていたのもそのせいだ。

 風流は「はい」と頷くと、水晶に向き直った。青水晶へ連絡をしてきたのは見知った顔であるリリだった。知らない人じゃなくて良かったと感じたのは、後にも先にもこの時だけだ。

「リリさん。戦わない人たちを隔離して、洞の周りを竜巻で囲い込みましょう。中に刃を走らせて一匹ずつ、ここから去ってもらうんです」

「分かりましたわ。風流さん…様もお気をつけてください」

「さんでいいですよ。僕をこれからも助けてください」

「当然ですわ。では風流さん、お帰りをお待ちしておりますわ」

リリからの通信が終わり、元の青水晶へと戻った。他の通信も既に終わり、自分の層へ帰ろうと、四人の神たちは足早にこの部屋を出て行こうとする。

「お待ちなさい」

 天羅の凛とした、透き通るような声が部屋にこだました。帰ろうとして歩みを踏み出していた者は歩みを止め、一斉に天神・天羅の元に八つの眼差しが向けられた。

「先ほど、閻魔王より、極秘の連絡が入りました」

その場にいた者が息を飲むほどの緊張感。閻魔の間は既に地獄からの侵略により、機能していないだろう。そんな中、天羅へ通信を送ったということは、よっぽどのことなのだ。風神が感じ取ることの出来ない程の何か。か、それ以上の緊急事態。事はそれほど切迫していた。

「閻魔王は別空間に退避し、無事です。ですが、五つの洞は邪鬼の手に落ちました。ここまではあなたがたが見聞きした通りです。閻魔王は、空間に逃げ込む際、鬼神きじんの姿を見た。と言っていました」

「馬鹿な。今の鬼神は確か、こちらへの介入を好まないはずです。どうして今更…」

「緑水の言う通りです。ですが最近、鬼神の入れ替わりがありました。その者は悪鬼あっきと名乗り、こちらへ来ようと画策していたそうなのです」

「入れ替わりだと!?そんな情報、こっちには何も入ってねぇじゃねぇか!一体いつの話なんだ!?」

 四神たちはお互い顔を見合わせ、なぜだ!とか、知ってたか?とか言い合って、場の空気が一層緊迫し、悪くなっていく。風流だけはただ黙ってじっと話を聞いていた。新米な風神では、何がどう違って、どこが矛盾しているのか全く分からなかったからだ。

「前任の死鬼しきは、今の鬼神・悪鬼あっきに四年前、倒されてしまったようです」

「四年も前に?我らの耳になぜそれが入らなかったのでしょう?まさか隠蔽?」

「そうとしか考えられません。私たちを欺くために秘密にしていたのでしょう。鬼神に入り込まれては厄介です。今のうちに、洞の機能を止めなければ!天羅様」

こくりと頷いた天羅は、一早く洞の機能を止めた天神層から、各層へ一人ずつ術者を送ることを決めた。水晶を通して伝達を施し、術者は各層へ向わせている。と連絡を受けている時、

風流に、体を流れるような痺れが襲った。その反動でその場に膝をつき、倒れ込んでしまう。

「どした風流。緊張か?」

痺れは治まることなく、ドクドクと波打ち、心臓の鼓動にまで影響しそうな勢いで、瞬く間に全身に広がった。


 目を瞑る必要もなかった。


 その独特な黒い感覚。毒気に襲われたような痺れ。

 

 鬼神・悪鬼が、ここへきた。


「来た…」

「何が来た!風流!」

「鬼神が、入ってきた…!!」

「なっ!!!!」

皆が絶句する中、唇を引き結び、覚悟を決めた表情で、天羅は天界をまとめる者らしく支持を素早く飛ばした。

「各層の洞切り離し作業には、龍神、あなたが担当してここから遠隔で行いなさい」

「遠隔…前代未聞ですが、やってみましょう」

「おい!待てよ!俺らは…」

「風流殿。鬼神は今どこに?」

「か、風の層に…」

「よりによって風の層なのですか…」

天羅は少しだけ思案したのち、他の神へ風の層へ向かうよう指示をだした。もちろん、自分の層をほっぽって、他の所へ行くなど、皆承諾しかねたが、

「毒気の源のような存在を先に滅しなくては、この天界に未来はありません」

そう強く叫ばれ、鶴の一声の如く皆、大人しくそれに従った。

 天神を除く、四人の神たちはすぐさま行動に移った。

 まず龍神は、透き通るように透明な二刀の剣をその身に抱え、天の層の洞へ行き、そこで入り込んだ邪鬼を排除したのち、一層ずつ、洞と閻魔の間切り離しの遠隔作業に取り掛かった。雷神は稲妻を模した弓を抱え、炎神は炎のように赤く燃えるような色をした剣を構え、風神・風流は使いなれた槍をその手に持ち、風の層へ三神と共に向かった。天神・天羅はその場に残り、各層にいる連絡係へすばやく支持を飛ばすと、自身も部屋を退出し、天の層へ乱入してきた者の排除へ加わった。


 風の層は天の層の一つ下だ。邪鬼が溢れかえり、上へとなだれ込むことがあれば、天界は地獄と化し、この世に天国というものがなくなってしまう。それほど重要な役割を担っている階層を、入口を無防備にするわけにはいかなかった。

「おい、炎神。お前はここに残れ」

「何を言うんです!みなで迎えと、先ほど天羅様がおっしゃっていたというのに!」

「何もここの層を守れっていうんじゃねぇ。風と天を繋ぐこの空域にいろと言ってるんだ。ここを突破されたら後がない、火はアイツらが最も苦手とするもんだしな」

「それでは雷光が残ればよかろう。我は行くぞ。我の方が、風との相性もよい」

「知ってるさ。だからだ。もし俺が、ヤツを逃がしちまったら、風神をそっちに向かわせる。そこで最大限に力をふるってくれ。最後の砦だ。陽火、お前の大切な天羅をみすみす渡したくはないだろう?」

 陽火は言い淀み、視線を雷光へと向けた。雷光は大真面目な顔でそれを受け止め、視線を逸らさず、しばらく見つめ合った。

「はあ…いいでしょう。ですが雷光、ここへは一匹も来させない。そのつもりで向かいなさい。我の炎が暴れ狂うことのないように。我もここから火の玉を飛ばし援護します」

「分かってるさ。行くぞ風流!お前の力と風の力、俺に見せてみろ!」

「ちょ!待って!いきなり言われても無理だって!あ、陽火さん、ここ、よろしくお願いします」

 風流は陽火からの返事を待つこともなく、雲に乗り颯爽と向かっていった雷光を慌てて追いかけた。

「世話の焼ける坊やたちね」

陽火が放った言葉は、遠く飛び退って行った二人へ届くことはなかった。が、風を連れた風流の耳には、それが鮮明に聞こえた。もう声は届かないほどに離れてしまっていたが、風に運ばれた声は風流の耳に届き、空を飛びながら雷光に聞こえていないかとヒヤヒヤした。

「どした?なにか俺の顔についてるか?」

「いや、雷光さ…雷光はすごいなって思って」

「ったりまえだ。俺は雷の長だ。家族は全力で守る」

「家族がいるの?」

「あ?ちげぇよ!神は親みてぇなもんだ。んで、そこに住む者は等しく俺の子供だ。ガキが困ってたら助ける。当たり前だろ」

「フフフ雷光って優しいんだね」

「うっせ!黙って飛んでろ!」


 風の層の一角に黒い者が渦巻いている空間があった。まるでカラスが大群で押し寄せ、そこにいる者を食らうタイミングを見計らっているような、そんな光景だった。

「あそこか。突っ込むぞ風流!歯食いしばっとけ!」

 雷光は弓を構えた体制のまま、バチバチと鳴る稲妻を矢にして番え、何千という稲光を正面へ放ち、黒い群れへと単身突っ込んでいった。風流も負けじと、鋭くとがらせた風を風刃として黒い群れへ解き放ち、自身も雷光より少し下辺りに槍を構えて突っ込んだ。

 渦巻くカラスのようなそれは、全てが地獄からの咎人、邪鬼であった。翼をもたない邪鬼は風に巻き上げられ、竜巻の中に捕らわれて宙を飛ぶカラスのように、無様に舞い上がっていた。

 そんな中に突っ込み、地面へと着地すると、見知った声が届いた。

「ふう…りゅう?風流!お前!今までどこにいたんだよ!心配してたんだぞ!風雲様どっかいっちゃったのに、呼ばれたお前が帰ってこないとか俺てっき…り…それ…その槍のとこにある玉…風神の…」

 祐樹は別れた時のまま、赤い鎧に身を包み、竜巻を操るものの中にいた。心配をかけて申し訳ないという思いと、風神になってしまったことをどう伝えればいいのか、という思いが交錯し、一瞬状況を見失いかけた。

「おい!風流!鬼神はどこにいる!」

雷光が発した声に首を振り、祐樹に背を向け、新しく生まれ変わった自分のことを伝えた。

「風雲様は転生された。僕が、新しい風神になったんだ。ごめんね祐樹」

「な!お前が風神?マジかよ…雷神様と突っ込んできたからまさかとは思ったけど…ハハハそっか……俺は、お前について行くぞ風流。ごめんはなしだ」

 てっきり幻滅されて、距離を置かれるかと思っていた風流は、嬉しすぎて涙が止まらなかった。祐樹はずっと味方でいてくれる。それがすごく心強くて、泣いている場合じゃないのに涙が溢れてくる。だが、こうしてる間にも邪鬼たちの進行は止まらない。風流はなんとかぐっと涙をこらえ、祐樹に泣いているのを悟られないよう背を向けたまま涙を拭い、

「ありがとう祐樹」

そう告げると、上にいる雷光の元へ飛んだ。

「もっと上だよ!雷光!上にいる!」

 鬼神の居場所を伝え、戦うと、絶対守ると自分に誓った。雷光が言ったように、風流は風神だ。風の民の長。親だ。ほんの数時間前まで守られる側で、覚悟が出来ておらず、言われるがままにここまで来てしまったが、守りたいと、ここに住む者たちを祐樹を守りたいと、やっと風神としての自覚が目覚めた。自信のなかった自分を振り払い。守る為、刃を振るう決意をその身に宿した風流に、もう迷いはなかった。


 槍を片手に構え直し、槍と、風の刃を渦へ放ち、邪鬼の数を少しずつ削っていきながら、稲妻の矢を放ち続ける雷光の横へ行き、邪鬼がグルグルと回り、黒い渦と化している箇所で、上の方で巻き込まれている邪鬼の一帯。鬼神がいるであろう位置に視線を投げた。

 邪鬼には飛ぶ機能は備わっていない。つまりこの風の流れを止めてしまえば、巻き込まれて回っている黒い邪鬼が、全て地上にいる祐樹たちへと降り注ぐ。何としてもそれは阻止しなくてはならない。風流も雷光も鬼神の位置を正確には掴めていないまま、黒い渦へ向けての攻撃は休めることなく続け、鬼神の位置を探った。

 渦の中に絶やすことなく攻撃を与え続け、着実に数を削っていた二人は、突如頭上に現れた黒い塊に気付くのが半拍遅れた。塊は黒い矢を二人に向けて放ち、ギリギリでかわした二人へ向けて、再度矢が放たれた。風流は風の盾を形成し、それを打ち砕き、逆に風の刃を打ち返した。刃は黒い塊へと届き、黒い血が一滴、ポタっと風流が纏っていた青い鎧の肩部分に滴り落ちた。そしてその部分から小さく煙があがり、丸く黒く変色して酸が垂らされたように瞬く間に錆びてしまった。

「なんだよ、これ…」

「毒気だ。鬼神はヤツ自体がそのデッカイ塊みたいなもんだ。血でも汗でも、ヤツから放たれるモンは全て、俺らには毒でしかない。当たるなよ風流!」

「そんなの、どうやって倒すのさ!」

「だから俺らが選ばれたんだ。風は浄化能力が水には劣るが高い。俺は強い。そういう事だ。風と雷。二つで牢獄を作ってヤツを捕らえるぞ!」

「え?何か理由おかしくない?あれ?」

「気のせいだ!とーにーかーく!緑水さんが来るまでの辛抱だ。こらえろ!」

なら始めっから彼がくればいいのにと、愚痴りたくなったが理由は分かっていた。緑水は水を操れる。少し時間がかかるが、今頃は天の層から遠隔で五本全ての木の水分を操作し、魂が通り抜ける機能を押さえ込み、洞からの侵入を一時的に遮断。そこへ天羅が一本ずつ遠隔で機能を停止していく。という作業を行っている。無論、その木の前へ行けば一瞬で済むのだが、地獄のトップ、鬼神が来ているとなれば、そういうわけにもいかなくなる。遠隔で操作するには龍神の力は不可欠。なので洞の機能が停止してからでないと緑水は来られない。他の層の動向も心配だが、洞の機能を停止してしまえば、これ以上邪鬼が侵入してくることはないだろう。風流は腹を括り、目の前にいる鬼神・悪鬼を捕らえることに集中することにした。

「で、どうすればいいの?」

「まずはヤツの翼を折る。その為にヤツより上に上がる。俺が上から攻めるから、お前はその隙に上がってこい!」

風流の返事を待たず、雷光は稲光にその身を変え、上にいる鬼神へとその身を走らせた。光は一気に鬼神を通り越し、鬼神の真上へ到着。その身を元の姿へと戻すと矢を番え、鬼神を挟み込む形で布陣した。

 上下に挟まれ、焦った鬼神は黒光りするコウモリの翼を羽ばたかせ、眼光の鋭い雷光ではなく、下でオロオロしている弱そうな風流の元へ突進してきた。

「え。うそ!こっち!?うわぁぁぁぁぁ!!」

槍を構え、突き出された鋭い爪を槍の柄で受け止め、鬼神と空中で押し合いをした。悪鬼と風流の顔が、そこで初めて間近に近づいた。

「お前…北島…か?」

「なか…た…?」

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