第41話:葬魂の村

 森の中には、魔物どころか、獣の姿もなかった。やけに静かだ。


 しばらく進んだところで、メアは杖を掲げた。目の前の空間が歪む。その時はじめて、光の膜のようなものが行く手を遮っていることに気づいた。メアの前方だけ、その膜が消える。


 メアに促されるがままに、僕とエリルはそこへ足を踏み入れる。続いてメアも入って来た後に、再び膜が閉じた。揺らぎがなくなり、そこに光の膜があるとは分からなくなった。きっとこれが隠匿魔法だろう。


 さらに先に進んだところで、森が切り開かれた一帯があった。木造の小屋が点在する集落も見える。その集落の奥から、一人の細身の男がこちらへ向かって来た。紫紺の髪が風に揺れている。


「お父さん!」

 メアが嬉しそうに駆け寄って行く。


「心配したぞ。無事でよかった」

 男も破顔する。腕を広げ、飛び込んで来るメアを受け止めた。隠匿魔法を通った者がいたことで、すでにその到着を知っていたのか、驚いた様子はない。


 しかし、男は僕とエリルを見て目を見開いた。


「メア、この人たちは?」


「テトラ・リルの冒険者だよ。助けにきてくれたの!」


「冒険者が……私たちを?」

 男は警戒の目をこちらに向けてくる。やはり葬魂の一族と、外部との関係はよくないようだ。なぜ僕たちが手助けをしようとするのか腑に落ちない様子だった。


 どうも、と僕は会釈する。男はいぶかしげな態度をとりながらも、僕たちを小屋の一つに案内してくれた。机を挟んで、親子と、僕とエリルが向かい合う。


 メアの父親は、ハザムと名乗った。


「それで、君たちは本当に魔物を退治してくれるのか? わざわざ来てもらったところ悪いのだが、私たちでも討伐できない、強力な魔物だ。たった二人の加勢ではどうしようもない」


「お父さん、二人に失礼でしょ! エリルさんは、レベルセブンの冒険者なんだよ」

 メアが父親をたしなめる。あれ、僕のことには、言及しないのか。


「そんな方が、私たちのために、どうして……」


「まあ、いろいろと、巡り合わせでな」

 説明が面倒なのか、エリルが投げやりに言う。


 ハザムは、口を開きかけたが、何も言わずに頭を下げた。そして、娘に視線を向ける。


「メア、村をまわって、報告しておいで。みんなお前のことを心配していたんだ」

 ハザムに促され、メアは立ち上がる。それではまた、と二人に笑顔を見せて、小屋を飛び出して行った。


 それを見届けて、ハザムは改めて二人に向き合う。


「ここまで来てくれたお二方です。メアも信頼しているようですし、お二方を疑うような真似は私も致しません。話を、聞いていただけますか」


「もちろんだ。そのために来た。まずは、魔物について聞かせてくれ」


「魔物は、ヒュドラです」


「ヒュドラ……」

 名前を聞いて、エリルが考え込む。


「凶暴な魔物なんですか?」


「まあ、個体数も少なく、やっかいな魔物であることは間違いない。しかし葬魂の一族の戦闘力で狩れないほどの魔物ではないはずだが」


「それが、魔物は、未知の魔力を帯びていまして。その凶暴性も耐久性も、普通のヒュドラとは比べ物になりません。いくつかの集落が、一体の魔物のために壊滅させられました」


「どうやら単純な魔物討伐では済まなさそうだな……。それで、その魔物はいまどこに?」


「森の奥で眠っています。数日暴れては、数日眠るということを繰り返しておりまして。どうにかこの集落は隠匿していますが、魔物はこちらへ徐々に近づいており、見つかるのも時間の問題です」


「あの、この村から、逃げ出すんじゃだめだんですか?」

 僕は話に割り込む。エリルの力を借りればなんとかなると考えていたが、未知の魔力などと聞くと不安になってしまう。


「私たち葬魂の一族は、この森以外に行き場はありません。街でまともに暮らすこともできない。それはあなた方もよくご存知のはずだ」

 ハザムは残念そうに首を横に振る。


「でも、生きていくことは、できるはずです。力を貸してくれる人も、多くはないかもしれないけど、きっと見つかります」


「この森を守らなければなりません。この森には、昔から迷った魂がよく集まる。それを天に還してあげることが、私たちが担った役割なのです」

 静かに、しかし確固たる意志を持って、ハザムは言う。


 魂を天に還すというのが、本当のことかも分からないが、彼らにとってそれが大事なことだというのはよく分かった。結局、メアに力を貸すと決めた以上、魔物を倒すしかないのだ。


「話は分かった。力を貸そう。私たちが先頭に立って戦うが、葬魂の一族の力も貸してくれ」

 エリルが結論を出す。


「もちろんです。これは、私たちの戦いです。お二方だけを危険な目にあわせるわけにはいきません。まずは、それぞれ小屋を用意しますので、そちらにご滞在ください。魔物が動いて、もしこの集落に近づくようなことがあれば、こちらから攻撃を仕掛けるつもりです」

 ハザムの説明に、エリルが首肯する。


 僕も異論はなかった。自分でメアを助けると決めておいて情けないが、他にどうしていいかもわからない。エリルの力を頼って、自分はそれを精一杯援護するしかない。

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