第42話:最大の報酬

 話がまとまり、ハザムが立ち上がろうとするが、ふと思いついたように、僕に話しかけてきた。


「メアは、街でつらい目にあいませんでしたか」


「それは……」


「葬魂の一族であることを街であかすことが、どれだけ危険なことか、私はよくわかっています。娘の身にどういうことが起こったのか、知っておきたい」


「メアは、街のギルド協会で、必死にいろいろな冒険者に助けを求めていましたが、相手にされていなかったようです。それどころか、乱暴な冒険者に暴言をあびせられもしました」


「やはりそうでしたか……。しかし、怪我はしていないようだったので、なによりです。この国には、紫紺の一族に対して、かなり過激な行動を取るヒトもいます。信心深い人ほど、その傾向が強い」


「ギルドの冒険者は、現実主義というか、そこまで国教を深く信仰する者は少ないからな。むしろ、国に属する軍の方が、葬魂の一族へのあたりは強いだろう」

 エリルが言う。


「メアもそのあたりは心得ていて、直接ギルド協会へ向かったようですね。あの子にとって、一人で遠出するのははじめてのことでしたが、うまくやってくれたようです」


「遠出っていっても、テトラ・リルからここまで、そんなに離れていませんでしたよ」

 たった二日間の道のりだった。それを、はじめての遠出というのは、違和感がある。


「葬魂の一族は、成人するまで村をほとんど出ません。学ばなければいけないことが多いですし、この国は、私たちには生きづらいところです」


「そんな……」


「これでも、ずいぶんと平和になった方です。昔はもっと、直接的な侵攻を受けて、多くの死人が出たこともありましたから」


「そんなことは、間違っている」

 衝撃を受ける。国にも認められず、迫害され、外に出ることもかなわず大人になるまでずっとここで過ごすというのか。自分が憤ってもどうしようもないことは分かっているが、そうせずにはいられない。


「あなたは、珍しい方ですね。この国で、あなたのような方にお会いしたことはこれまで一度もありません」


「それは……」

 僕はいいよどむ。自分がよそ者であることを、説明しようとすると、話がややこしくなる。


「そんなあなただからこそ、メアも信頼を寄せているのかもしれません」

 ハザムはほほ笑む。


 僕は、やはりなにも答えられない。


 もしかしたら、僕はたまたま他の世界で育ったから、メアを助けようと決めただけで、もし僕がこの世界で育っていたら、ギルドの冒険者たちと同じ態度を取っていたのだろうか。


 黙り込む僕の様子を見て、ハザムは話を続ける。


「あの子は内気な子なんです。それにこの村の子は、外の世界の危険について、なんども聞かされて育ちますから、警戒心も強い。何度か、大人たちと一緒に村の外へ出て、外部のヒトと接して嫌な思いもしている。そんなあの子が、お二方の前では安心して笑顔を見せていました」


「僕は、大したことはなにも」


「いえ、本当に感謝しています。この世界が、あの子にはじめて優しさを向けてくれた。そんな気さえしています。これまで我慢ばかりさせてきましたし、きっとこれからもつらい思いを沢山する。だから、外のヒトと関わって、笑顔を見せる娘を見て、親としてこんなに嬉しいことはありません」

 ハザムが二人に頭をさげる。


 歳上の人に、こんなに改まって礼を言われることなどほとんどない。なんともむず痒い気持ちになって、僕もただ、会釈する。


 街の人のメアへの態度が異常なだけで、僕は普通のことをしているだけなのだと思う。それでも、それがメアにとっての救いになるのであれば、僕にとってもそれは嬉しいことだった。


 メアを手助けすることにして、本当に良かった。


 人のために働きすぎて、一度死んでしまった経験から、人のために行動することにためらいを覚えていた。しかし、自分の選択は間違っていなかったのだと、ハザムの言葉を聞いて、そう思える。


 その後、近くの小川の場所も教えてもらい、湿らせた布で体を吹きあげた。ハザムは僕とエリルに、それぞれ小屋を用意してくれた。そこには小さいが寝台もあった。


 寝台に寝転がって疲れを取る。二日間、歩き通しで、足がしびれていた。


 また、先ほどのハザムの言葉が思い出され、つい頬がゆるんでしまう。まっすぐ感謝を向けられるのは、こんなに嬉しいものだったか。


 前の世界でオンラインゲームの管理人をしていて、そうしたことは少なかった。ユーザと顔を合わせることはなく、メッセージが届く時は、大抵が苦情ばかりだ。感謝のメッセージを送ってくるユーザなどいない。


 同僚から礼を言われることはあっても、仕事なので手助けするのが当然といった部分もあり、形式的な礼が多かったように思える。


 このRPGのような世界で管理人だなんて職業になって悩んでいたが、そんなことは気にせずに、一冒険者として人助けをするのもいいかもしれない。そんな考えが、僕の中に広がっていった。

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