第39話:はじめてはテントの中で
「まあ、魔物を退治はしなかったとはいえ、すごいよ。これなら立派な戦力だ」
言いながら、メアに近づく。
次の瞬間、天と地がぐるりと回転した。
「ぐへっ」
衝撃で声を漏らす。回ったのは、僕自身だった。いつの間にか、地面に倒れている。
「すまんな。近づくものは投げずにはいられんたちでな」
「そ、そんな極端な……」
地面を這うように、メアから距離をとる。
「いやー、今夜もいい夢をみたわい。人外に技を試すのは、やはり楽しいの」
メアが、満足したように笑う。
そしてその体から、光が天に向かって放たれた。光は空の遥か彼方まで飛んでいき、やがて見えなくなった。
夢って言ったか、あのじいさん。まさか別の世界で生きているところを、無理やり魂だけ連れてこられてやしないだろうか。それを、毎回、夢とでも思っているのか。
しかし、いくらないんでも、そんな無茶苦茶なことはないだろう。きっと僕の思い過ごしだ。
そんなことを考えていると、メアが、恥ずかしがるようにその顔を両手で覆っているのに気づいた。
「す、すみませんでした。ユウトさんまで投げちゃって」
「そ、その喋り方は、メアで間違いないよね」
「はい。モリべさんは天へ帰られました」
「モリべさんっていうのは、間違いなくこの世界で生きてた人で、その魂が天をさまよってる、ってことでいいんだよね」
「そうなんじゃないでしょうか。たぶん。生い立ちなどを話してくれたことはないですし、私も天を見たことがあるわけではないので」
メアが自信なさげに答える。
ますます、あの魔法がなんなのか疑惑が深まる。
「降霊とは初めて見たが、面白い技だな」
感心したようにエリルが口を挟む。
「す、すみません。本来は輪廻にまわる魂を、こうして呼び出したりして。でも、降霊できるのは、この世に未練を残す魂だけなんですよ」
「未練?」
「そうです。魂によって違いますけどね。モリべさんは、投げ足りないから死にきれない、って言ってましたけど」
「あの、じいさん、そんなに投げたがりなのか。合気は敵を倒すためのものじゃない、とか偉そうに言ってたくせに」
モリべというじいさんが何者なのかも気になるが、それは考えても仕方がない。それよりも、メアの戦闘力が実際どれくらいなのかが大切だ。
「じいさんは確かに強かったけど、魔物を倒せないのは困るな」
「す、すみません。他にも色々な方をお呼びできるので、ちゃんと倒すこともできます。ただ、モリべさんはしばらく呼んでなかったので、今回他の方をおしのけてき来ちゃって……」
「むこうから主張してくることもあるの!? 聞けば聞くほど、無茶苦茶な魔法だな」
「まあ確かに変わった魔法ではあるが、頼りにはなる。ユウトの千人分くらいの活躍はしてくれそうだ」
エリルは満足そうに頷いた。なにを言われても、スライムに変身し、その後も一体たりとも魔物を倒せていない男に、反論できることなどなにもなかった。
三人はまた、葬魂の村への道をたどった。時折、魔物がその行く手を塞ぐ。しかし、エリルとメアが、それを苦もなく片付けていく。
メアは降霊以外にも戦う魔法があるようで、その杖から放たれた妖しい紫紺の光をあびた魔物は、肉が溶け、骨だけとなった。そして、その骨は周囲の魔物を倒した上で、霧散して消えた。
その出会いから、メアに対してか弱いイメージを抱いていたが、実際は立派な戦力だ。僕よりもよっぽど実力がある。
そんなメアや、一緒に暮らす大人たちでも倒せない魔物が、森に出たということか。エリルであれば、その魔物に勝てるのだろうか。自分になにかできることはあるのだろうか。不安ばかりが募る。
やがて、目的地にたどり着く前に日が暮れてきた。
「今夜はこのあたりに泊まるか」
エリルが提案する。
「野宿ってことですか……」
僕は生まれてこのかた、野宿などしたことがない。最近は馬小屋で寝てはいるが、ふかふかの藁と屋根があるだけましだ。
まあ慌てるな、と言いながら、エリルが腰の袋に手を入れる。あの、魔物から取った素材を全て収納している袋だ。
その袋から、エリルがテントを取り出した。明らかに、袋の口より大きなテントが、エリルの手によって引き出されて、地に放られる。
その袋は、まるで未来の道具のようにも思える。
「これって四次元ポケッ──」
「いちいち驚くな、煩わしい」
僕の言葉は、エリルの声に遮られた。
テントは、ちょうど三人が入ったらいっぱいになりそうな広さだ。ここで、身を寄せ合って三人で寝るしかないか。
妖艶なお姉さんと、可愛い少女に、挟まれて、寝るのか。狭いが仕方がない。我慢しよう。
しかし健全な男女三人が、一つ屋根の下で密着して寝るのだ。なにか間違いが起きても不思議ではない。しかしいままで間違いなど犯したことがないのに、いきなり三人か。ちょっと難易度が高いな。
「お前は外な」
「そんなバカなっ!」
心のそこから叫ぶ。
「いや、なんか気色悪い顔してたからな。一緒に寝たくない」
「そ、そんな顔してませんよ。ねえ、メア?」
「うーん、どうでしょうねえ……」
メアが言葉に詰まる。
なんだ。そんなに顔に出ていたか。
「なんにせよ、三人も入ったら狭くて仕方がない。ほら、お前にはこれをやる」
エリルが再び袋に手を入れ、寝袋を取り出した。それを草むらに放り出して、自分はテントに入っていく。
申しわけなさそうな表情をしながら、メアもそのあとに続く。
僕はしばらく、夜風をあびながら呆然と立ち尽くしていた。
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