第38話:それぞれのスタイル

 落ち着く間もなく、奇声が遠くから聞こえてくる。


 ハイゴブリンたちが、群れをなしてこちらへ向かってくる。やはりこの魔物は集団で行動するのだ。


「あの、私に任せてもらえませんか」

 メアがおずおずと切り出す。


「そうだな。村で暴れる魔物と戦う前に、力を見せてもらった方が連携も取れるようになるしな」


 メアが、骨の杖をかかげ、詠唱をはじめる。


「未練に迷う魂よ。いま汝に救いを与える。我が求めに応じ顕現せよ」

 そう、魔法といったらこういう呪文だ。この世界にきて、ようやくそれらしいやつがでてきた。


 いままで僕はダサく短い呪文名を唱えるだけだった。僕もメアの真似をしてそれらしい詠唱をしてみようか。気分がのれば、魔法の威力も上がるかもしれない。


 そんなことを考えていると、空から白い光が尾を引いて真っ直ぐにこちらへ墜ちてきた。その光が、メアを直撃する。砂埃があたりにたちこめる。


「だ、だいじょうぶ?」

 彼女の魔法なのだろうが、つい心配になって声をかける。


「それはわしに言うておるのか、小僧」

 この場にいるはずのない、年老いた男の声が聞こえる。


 僕は声の主を探してきょろきょろとあたりを見渡す。降霊ときいていたが、ここまではっきり喋るのであれば、それは召喚ではないのか。


 激しい落光によって舞い上がった砂埃が、ようやく晴れる。しかし、そこにはメアの姿しか見えない。


「わしに言うておるのか、と問うたのだ。お主、わしより耳が遠いか」

 声の主は、間違いなくメアだった。


「ど、どうしちゃったの? 本当にだいじょうぶ?」


「老いたとて小僧に心配されるほど落ちぶれてはおらんわ」


 あれ、これ、降霊って、人格まで乗っ取られちゃうのか。それ魔法として欠陥なのでは。


 意外すぎる結果に、理解が追いつかない。こんな気難しそうな老人なんかを降ろしてどうするのか。凶暴な魔物たちが近くに迫っているというのに。


 その魔物の群れは、突然目の前に光の矢が降ったのを目にして、驚いて身を固めている。しかしメアが姿を現し、他に何も起きないのを見ると、再び襲いかかってきた。


「メア、下がって!」

 老人の精神で、魔物の相手をできるとは思えない。きっとメアの魔法が失敗して、思っていたのと違う魂を呼んでしまったのだ。メアを守るため僕は駆け出す。


 僕がメアのもとに着くよりも早く、先頭の魔物の棍棒がメアの身に迫る。


 しかし、メアを捉えたはずの魔物は、逆に身をよじってその場に倒れた。メアは何事もなかったかのように立っている。


 他の魔物たちが殺到する。メアは杖を手放し、徒手のまま身構える。そして、魔物たちの棍棒や爪が、メアに触れようかというその時に、魔物はバランスを崩して転倒する。


 おもしろいように、屈強なハイゴブリンたちが、ころころと地面に転がる。


 何が起こっているのか。僕は、固唾を飲んでただ見守る。


 倒された魔物たちが、むくりと起き上がる。致命傷を受けたわけではないようだ。それどころか、怪我ひとつないように見える。そして、再びメアに殺到する。


 また同じことの繰り返しだった。メアに触れる度に、魔物が転がる。魔物たちは何度も起き上がり、襲いかかるが、すぐに地面に倒れ伏す。


「これって……」


「合気という技じゃ。どうだ、わしはすごいであろう」

 メアが誇らしげに胸を張る。


 RPGの世界に、合気道? そんなのありか。


「おじいさんは何者なんですか」


「ウエクサ・モリべと申す。よく、名を覚えておけ。わしほどの達人にはそうそう出会えんぞ」


 名前の響きは、やはり僕の元の世界のものに似ている。これは大丈夫なのか。間違ってとんでもないところから魂を引っ張ってきてはいないか。


 頭を悩ませる僕をよそに、モリべと名乗った老人は、魔物を転がし続ける。


「ええと、モリべさん?」


「なんじゃ」


「その技がすごいのは分かりましたが、さっきから魔物を一体も減らせていないんですが。そろそろ、倒しちゃってもいいんじゃないですかね」


「バカなことを申すな。合気は敵を倒すためのものではない。世界を和合し、全ての生物を一家たらしめるものじゃ」


 僕では理解が追いつかない、超人の領域の、謎の理論をモリべが展開する。このじいさん、一体なにを言っているのか。


「それじゃあ、いつまで経ってもこの繰り返しなんじゃ……」


「わからんやつじゃな。相手を傷つけては、合気ではない」

 メアの顔をした老人は平然と言ってのける。


 完全にメアの人選ミスだ。なぜこんな魂をチョイスしたのか。


 僕も先ほど魔物に同情したばかりだが、これではらちがあかない。


「エリルさん、なんとかなりませんかね」

 助けを求めると、エリルは頷いて、一歩前へ出た。


 エリルが魔力を込め、十数本の十字架が現れ、魔物を磔にする。相手を失ったメアは、その場に立ち尽くす。


「コンビクション・フレイム!」

 詠唱とともに、魔物たちが燃え上がった。


 十数本の火あぶり。阿鼻叫喚だった。悲痛な叫びをあげ、魔物たちが消えていく。


 一人が魔物を傷つけない老人を降霊したかと思えば、一人は大量の魔物を一瞬で消し炭にする。


 もっとちょうどいい魔法は、ないのか! こう、もっと、RPGっぽい、ちょうどいい魔物の倒し方はないのか!


 なんとも言えない気持ちになるが、役立たずだった自分が口を挟めることではない。それに、自分をスライムにしてしまうようなやつも十分に極端か。

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