第19話:魔法の使い道

「なあ、もっと普通の魔法はないのか。ファイアとかヒールとか。魔法っていったら、何か得意属性があって、炎とか氷とか雷とか、かっこよく使いこなすもんだろ」


「だから、そんなの使う管理人はいませんって」


「せめて召喚魔法とか」


「使えません」

 シャインが首を振る。


「管理人ってハズレ職業なんじゃ……」


「そんなことないですよ。とってもすごい職業です。自信を持ってください」


「それなら、他の呪文はスリープみたいに役立たずなものじゃないだろうな」

 なにしろ、はじめて使えたのが、前代未聞の自分が眠る魔法だ。他にもあまり期待は持てない。


「試しに使ってみたらどうですか?」


「気づいたらまた翌朝、ってことはないよな」


「それは大丈夫です」

 シャインが保証し、僕はよしと頷き、魔法を使おうと身構えた。


「リストセグメンツ!」

 唱えると、薄く光る白いもやのようなものが現れた。


 その光は、何か四角い建物のようなものを立体的に描いている。その四角の中には、青い小さな光が灯っている。


「これは?」


「この馬小屋のマップですね」


「これも攻撃魔法じゃないのかよ!」


「そもそも管理人って、むやみやたらに攻撃する役割じゃありませんからねぇ」

 シャインがしたり顔でいう。いや、確かに管理人はそうかもしれないが、RPGの世界で攻撃魔法も持たずにどう生きていけばいいのか。


「こんな呪文どう使えっていうんだ」


「ダンジョンで役にたつと思いますよ。ユウトさんの周辺の生き物とか、アイテムとかを表示してくれる魔法ですから」


「それは確かに、スリープよりかは役に立ちそうだな」

 探知魔法のようなものだろうか。おそらく表示されている青い点が、僕自身だろう。正直あまり期待していなかったが、少しは有用な魔法もあるようだ。


 しかし自己睡眠と探知だけではどうしようもない。最後の呪文に、全てがかかっている。息を整え、残り一つの呪文をとなえた。


「チェンジディレクトリ!」

 唱えると同時に、視界がゆがんだ。


 次の瞬間、自分の視点が高く変わっているのに気づいた。馬小屋の天井近くから、下を見下ろせる。さっきまで目の前にいたシャインが、下方でぱたぱたと飛んでいる。


 もしかして浮遊の魔法か。心躍らせたその時、重力を感じた。


「う、うわああぁ」

 落下する。腕をバタバタと動かすが、どうにもならない。


 藁の束の上に落下し、その衝撃で、ぐへっとカエルのように呻き声をもらした。


「シャ、シャイン、これはどういうことだ?」


「移動魔法です」


「なんで上に移動するんだよっ」


「それはユウトさんが場所を指定しないからですよ」


「だからそういうのは先に言って!」

 抗議するが、シャインは素知らぬ顔をする。


 自己睡眠、探知、移動。あれ、やっぱり攻撃魔法がない。しかし探知と移動ができれば、逃げることはできるだろうか。


「移動魔法はどれくらいの距離を飛べるんだ?」


「さっきのが最大距離ですね」


「いや、すぐそこだったぞ」

 これでは魔物から逃れることもできない。


「文句ばっかりですね。移動魔法は貴重なんですよ」


「いや、普通、街から街へ移動したりとか、そういう便利なものじゃないの?」


「ユウトさんのレベルでそんなことできるわけないじゃないですか」


「でもこの魔法でどうしろっていうんだよ!」

 腹立ち紛れに、今度は水平方向を意識し、チェンジディレクトリを発動する。口に唱えずとも、魔法を使うことはできた。


 馬小屋の端から端まで、瞬時に移動していた。振り返ると、シャインが僕をじっと眺めている。


 ダメだ。やっぱりこの距離では、魔物にすぐに追いつかれて殺される。


「レベルが上がったら、他の魔法も使えるんだよな?」

 たずねると、シャインが頷く。


 こうなるとあのハッピー男に自分の命運を託すしかない。最高位の勇者に魔物を瀕死に追い込んでもらって、とどめだけ僕が刺せば、レベルは上がるだろうか。


「管理人でも魔物を倒したらレベルは上がるよな?」


「上がりますよ。魔物を減らすことも、世界の管理には繋がりますから。あ、いまも、魔法を使うだけでもレベルアップしてますね」

 シャインに言われ、ユウトが慌ててステータスを開くと、確かにレベルが四にまで上がっていた。


「どうしてレベルが上がっているんだ」


「いまのレベルが底辺すぎて、管理人魔法を使うだけでも、ちょっとした管理人としての経験値になるみたいですね」


「底辺っていうな、底辺って。これでもちょっと落ち込んでいるんだから」

 僕はヘソを曲げる。協会での出来事に、実は少しだけ傷ついていた。あんなによってたかって、複数人から自分を否定されるのははじめての出来事だった。


「みんなユウトさんの本当のすごさを知らないだけですよ。気にしないでください」


「しかし一人で魔物を倒せないことにはなぁ……」

 困惑する。しかし愚痴ばかり言っていても仕方ない。今できることをするしかない。


 魔法を使うだけでレベルが上がると知った僕は、移動魔法を連続で発動し、馬小屋の中を縦横無尽に飛び回った。僕が姿を現し、消える度に、藁が舞う。


 シャインが僕の姿を捉えようと、きょろきょろと視線を動かし、目を回してふらふらと藁の上に落ちた。


 しかし、すぐに、僕は頭が痛むのを感じて魔法の発動を止めた。

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