第18話:エルフの顔をした悪魔

「それじゃあ、お言葉に甘えて、よろしくお願いします」


「よし、決まりだね。ただ、今日はちょっと用事があるから、明日にしようか」


「これからどこかに行かれるんですか?」

 アイシャがクラルクにたずねる。


「ちょっと一人で、ドラゴン退治にね」


「ドラゴン退治って、確か報酬が金貨五十枚の」

 掲示板の依頼を思い出す


「金貨五十枚を、一人で……」

 エリルが唖然とする。


「金貨五十枚って大金なんですか?」


「一年は遊んで暮らせる金額だ」


「あ、でも一年くらいなんですね」

 少し拍子抜けした。それくらいであれば、たとえドラゴンを狩れるようになっても、毎年凶暴なドラゴンを狩り続けないと生きていけないことになる。それは割に合わない気がする。


「バカ、一つの依頼の報酬額としては、破格だ。普通は複数パーティーで連携して討伐するものだ。それをこのハッピー男は、一人でこなそうというんだぞ」

 エリルは勇者を指差し、嫉妬と羨望が入り混じった表情をした。ハッピー男と称されたクラルクは、気にとめる様子もなくきょとんとしている。


 それから僕と連絡先を交換し、翌朝ダンジョンの前で会う約束をしたクラルクは、協会から出て行った。


「いやー、春一番のように、さわやかに吹き抜けていきましたね」

 クラルクをそう形容し、僕は苦笑いする。


「あんなのがテトラ・リルのトップとは……。不甲斐ない」

 エリルが悔しそうにする。


「ちょっと変わってたけど、いい人だったじゃないですか」


「あの影のない感じが、気に食わん。それに万人受けする勇者などというあたり職業をひきやがって、その隙のない感じも、気に食わん」

 エリルは頑として意見を変えない。それってただのひがみなのでは。


「でもエリルさんだってただ者ではないですよね。女王様、なんてみんなに呼ばれちゃって。そんな偉い人だなんて、どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」


「あれ、エリルさん、まだ説明してなかったんですか」

 アイシャがエリルの方を向いて、首をかしげる。


「私の話は、いい」

 この話を続けたくないのか、エリルは話を打ち切った。


 また来てくださいねー、とアイシャに見送られて、二人は協会をあとにした。


「剣士とは、どういうことだ」

 協会から出てすぐ、エリルがたずねてくる。


「それが、わけありでして。ただ、管理人としての戦い方ってのもまだ分からないので、剣士として戦おうかな、とは本当に思っているんですよ」


「お前には本当に謎が多いな。もう細かくは聞かないが。それで、剣も持ってないのに、どうやって剣士になるつもりだ」


「あっ……」

 武器のことを完全に忘れていた。


「買って……もらえませんかね」


「甘えるな!」


「お願いしますよー。ぜったい返しますからー。ねっ?」


「仕方ない、短剣くらい買ってやろう。そのかわり、将来ドラゴン百頭分にして返せよ」


「それは高すぎませんかね!?」


「短剣以外の貸しも含めてその金額だ」


「馬小屋一泊と短剣一本で、ドラゴン百頭分は、さすがに釣り合いませんって。いまどきヤクザでもそんな暴利つけませんよ」


「命も救ってやったはずだが、それも貸しだよな。お前の命はそんなに安いのか?」


「それを言われると……」


「金が払えないなら、一生を私の下僕として過ごすんだな」


「あなたはエルフの顔をした悪魔だ!」

 抗議をするが、エリルは楽しそうに笑うだけだった。


 二人はそのまま武器屋に足を運んだ。そこで短剣を買ってもらった僕は、用事があるというエリルと別れ、宿屋へと戻った。


「おう、にいちゃん、お帰り。昼飯は食ったか?」

 宿屋の親父が出迎える。


「いや、まだです」


「そうか、よかった。ちょっと遅い昼飯になるが、これ持ってけ」

 そう言って親父が果物と水を差し出す。


「またこれですか」


「エリルさんからは、この分の金しかもらってないからな。でも侮るなよ、この果実、完全栄養果といって、冒険者御用達のすぐれものだぞ」

 果物を指先でころころと転がし、親父が言う。


 昼飯を受け取り、馬小屋へと戻った。まだ二日目だが、この場所がこの世界で一番落ち着く。


 果物をほおばりながら、ステータスのヘルプを押した。


「お疲れさまですーっ。いやー、勇者とお知り合いになるなんて、面白いことになってきましたね」

 すぐにシャインが姿をあらわす。


「あの勇者のこともシャインは知っているのか?」


「もちろんですよ」


「実際、どういうやつなんだ」


「それは守秘義務があるので秘密ですーっ」

 シャインが頬を膨らませ、お馴染みのバツ印を腕で作る。どうやら、ナビゲーターとして、他のユーザの情報は明かせないらしい。


 もうシャインとの会話にも慣れてきて、さくっと話を進める。


「僕は、管理人として、他にどういう魔法が使えるんだ?」


「ステータスを横に滑らせてみてください。私に聞かなくても、自分の魔法は確認できますよ」


「なんだ、そんな機能があるなら早く言えよ」

 シャインに言われた通りにすると、そこには確かにボックの使える魔法が表示されていた。


 既に一度使った『スリープ』の他に、『チェンジディレクトリ』と『リストセグメンツ』の呪文が並んでいる。


 なんだこの、魔法っぽくない、ダサい呪文たちは。

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