第17話:勇敢なる者

「ユウトさん、すみませんでした」

 アイシャが申し訳なさそうにする。


「アイシャさんのせいじゃないですよ」


「そうだな、こいつがランクゼロなのが悪い」

 エリルが僕を指し示す。


「さっきまでの優しさはどこに!? どう考えてもあのタノスって男が悪いでしょ」


「まあ、あいつも言い過ぎなところはあるが。あながち間違ってもいない。ランクゼロが簡単に登録できるとなると、ギルドの質そのものが低いと見られかねない」


「うちの協会は来るものは拒まず的なところがありますからねぇ」

 まさかのアイシャまでが同調する。


「そんなぁ……」


「これからの伸び代に期待されてるってことだ。しっかり励んで、皆を見返してやれ」

 エリルが手のひらで、僕の背中を力強く叩いた。


「が、がんばります」

 痛みに顔をしかめながら、返事をする。手加減をしているのかわからないが、エリルのはたきはけっこう痛い。


「そう、恐れるな、君の未来は輝きに満ちている!」


「誰!?」

 急に、知らない男が会話に割り入ってきて、僕は驚いて声をあげる。


 ようやく話が落ち着いてきたところだったのに、またよくわからない奴がわいて出てきた。この世界にクセのないやつはいないのか。


「勇者様……」

 その男を呼んだのはアイシャだった。


「勇者? この人が? 急に現れて、いったい何者ですか?」

 まじまじとその男を眺める。


 白い麻の服に、紫のマントを羽織ったその男は、大きな剣を背負っていた。黒い髪は重力に逆らうように上を向いている。歳は二十代の後半くらいだろうか。はた目には、確かに勇者に見えなくもない。


 というか、やっぱり勇者っているのか。魔王討伐のない世界だときいたが、そうであれば勇者の役割はなんなのか。


「勇敢なる者、それが勇者だ!」

 勇者と呼ばれた者は髪をかきあげる。あ、だめだ、こいつも話が通じないタイプのやつだ。


「その勇敢なる方が、俺なんかにどんなご用ですか?」


「人は誰しも、生まれ出でた時ランクゼロだ。恥じることはない。それを伝えたくてな!」


「みんなこどもの頃にはランクワンには上がるけどな」

 せっかく勇者がいい感じのことを言っているのに、エリルが余計なことを言う。


「人より歩みが遅いだけさ。君は勇気をふりしぼって、冷たく厳しい外の世界へと踏み出したのだろう。私はその勇敢さを称えたい。そう、もはや君も勇者であるといっても過言ではない!」

 エリルの横やりにもめげず、勇者が僕をなぐさめる。


 この勇者、間違いなく、僕のことを引きこもりかなにかだと勘違いしている。再び心を閉ざして引きこもらないよう、励ましているのかもしれない。


 ダメだ。こういうスーパーポジティブな人、苦手だ。前のめりな勇者に対し、むしろ距離を置きたくなってきていた。


「ありがとうございます。勇者様にそう言っていただけると、ユウトさんもきっと前へ踏み出せます」

 アイシャが勇者に礼を言う。その瞳に、憧れの色が満ちているように見える。


 あれ、もしかして、アイシャも僕のこと引きこもりかなにかだと思って優しくしてくれていた?


 ユウトはランクゼロに対する世間の厳しい目を改めて思い知った。


「アイシャさん、この勇者っていうの、そんなにすごいんですか?」


「とってもすごい人ですよ! なんていったって、ここテトラ・リル唯一の、ランクナインですからね!」


「そんなにすごいのか。こんなのが……」

 ランクナインがどれほどのものか知らないが、唯一というからにはすごいのだろう。


「なーに、君だってすぐに追いつけるさ。なんたって、君も、勇者だからな」

 勇者がさわやかに笑う。白い歯が、キラリと光る。


「いや、それは不可能だろう」

 水を差すのは、またエリルだった。


「不可能なんてものは不可能だ!」

 勇者も全くめげない。


「あのー、よくわからないですけど、本気で励ましてくれているってのは、わかりました。ありがとうございます、勇者さん」


「クラルクと呼んでくれ。勇者というのはただの職業であり、称号だからな」

 そう名乗った勇者が、手を差し出す。


 ユウトです、と名乗りながら軽く手を握ると、振り回されるように力強く握手された。


「用が済んだなら、もういいだろう」

 エリルがクラルクに去るように促す。どうやらエリルも、この熱血漢が苦手なようだった。


「いや、まだだ。まだ早い。ユウトが、不可能は不可能ということを証明するための、第一歩の手助けをしよう」


「手助け?」

 クラルクの言い回しを聞いていると、なにを言いたいのかよくわからなくなってくくる。


「ダンジョンへともに潜ろう。一緒にレベルを上げようじゃないか」


「僕と、クラルクさんが?」


「敬称は不要だ。君と私は対等だからな」

 再びクラルクが白い歯を見せる。


「あー、じゃあ、どうしてクラルクが俺につきあってくれるんですか」


「後輩の面倒をみるのは、先輩の義務さ。私もはじめてダンジョンへ潜った時は、そうやって先輩に助けてもらったからね」


「ユウトさん、断る理由ないですよ。本当に凄い方なんですから。勇者様と一緒なら私も安心ですし、どんな依頼でも斡旋しますよ」

 アイシャが後押しをする。

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