第16話:女王

「では、次にステータスをお見せください」


「ちょっと待ってくださいね」

 アイシャに言われ、ステータスを開いて焦る。しまった、偽装のやり方をまだ聞いていなかった。


「あ、ところで、アイシャさんはどういったご職業なんですか?」

 時間を稼ぐために質問をする。


「私は……その……」

 アイシャが恥ずかしそうに頬を染める。


「あ、言いたくないなら無視をしなくても」


「いえ、その……ギルド看板娘なんです……」


「看板娘?」

 それは職業なのだろうか。


「す、すみませんっ。私ごときが看板娘だなんて。生まれは会計士だったんですけど、将来の役にたつかなとギルドでアルバイトしていたら、いつの間にか新しい適正が出ちゃって……」


「そんなこともあるんですね。でも、ぴったりじゃないですか」

 柔らかい雰囲気のアイシャにであれば、どんな冒険者でも相談しやすいだろう。


 話しながらも、ステータスの画面をいろいろと切り替えていたが、変更画面のようなものは見当たらない。

 

 ものは試しと、職業の欄を指でなぞり、書き換わるように強く念じる。指が通った後には、管理人のかわりに『剣士』の文字があらわれていた。


「はい、どうぞ」

 アイシャにステータスを見せる。


「剣士さんなんですね……うわぁ、本当にランクゼロだ……」


「剣士?」

 エリルが僕を見てくるが、目配せをすると、怪訝そうにしながらも黙ってくれた。


「協会に登録は可能です。しかし、申し訳ありませんが、ご紹介できるお仕事はないですね。薬草集めなどでも魔物と会う可能性はありますし、危険だとわかっているのにお仕事を斡旋するわけにはいきません」


「そこは、ある程度レベルが上がるまで私が付き添ってやるから、大丈夫だ」

 エリルが力強く言う。


「それなら安心ですね。しかしこの方、どういうご関係なんですか。エリルさんほどの方がここまで気にかけられるなんて」


「こいつはだな……」

 エリルが答えようとした時、男の大声がそれを遮った。


「おいおい、本気かよ!」

 隣の接客台の前に腰掛ける男が、こちらを見ている。刀を腰に提げた、赤髪の男だ。


「あ、あの……」

 アイシャがおどおどと間に入ろうとする。


「ランクゼロなんて、まともな教育も受けていない引きこもりだろうが。それが協会に登録? やめてくれよ、冒険者ギルドの評判が下がる」


「ランクゼロの方が登録できないなんて決まりはありませんから……」

 アイシャが必死に相手をなだめようとする。急なことに混乱し、ユウトは何も言い返せずにいた。


「そいつが死んで、支払われる弔慰金は、誰の金だよ。俺たち他の冒険者が稼いだ金だろうが。冗談じゃない。死ぬなら、勝手にその辺でくたばってくれ」

 男は大声で責める。


 ランクゼロがよく思われないとは聞いていたが、ここまで強く拒絶されるとは考えていなかった。思っている以上に、ランクゼロというものは特殊なものかもしれない。エリル、宿の親父、アイシャと、これまで出会った人がたまたまいい人達だっただけだ。


 騒ぎを聞きつけた冒険者たちが集まってきて、遠巻きに僕たちを眺めていた。


「皆も、追い出すならいまだぞ。こいつが協会に登録したら、ギルドの格が下がる。他のテトラのギルドにバカにされるのは、俺たちなんだぞ!」

 男が、机を手のひらで叩き、大きな音をたてる。


 その通りだ、と同調する声が、いくつか群衆の中からあがった。不安そうに成り行きを眺めている冒険者もいるが、まわりの迫力に気圧されて何も言えずにいるようだった。


「私の下僕に、ケチをつける気か」

 男に言い返したのは、エリルだった。いや、ちょっと待て、いま俺のこと下僕って言ったか、このエルフ。


「じょ、女王だ……」

 群衆の一人が声を漏らす。女王、女王、と呟く声がざわめきのように広がる。


 女王様? エリルが?


 頭に疑問符が浮かぶ。街ゆく人も、これまでエリルのことを敬う様子はみせなかった。それにエルフの女王が、供も連れず一人で出歩くものだろうか。しかし、間違いなく、ギルドの冒険者たちはエリルに一目置いているようだった。


「女王様ともあろうものが、ランクゼロを飼うってのか。落ちたもんだな」

 赤髪の男は物怖じせずに続ける。


「どうしようが私の勝手だ。少なくとも、お前のようなつまらん男を飼うよりは、こいつのほうがいくぶんか面白みがある」

 エリルは男を睨みつける。ほめられているのかどうかよくわからないが、エリルが僕をかばっているのは間違いなかった。


「あの……あまり無理しないようにして、少しずつ皆さんのお役に立てるようがんばりますから……」

 ようやく僕自身が会話に割って入った。


「お前も男なら少しくらい言い返してみろよ」

 けなされても弱腰なままの僕を見て毒気を抜かれたのか、男はつまらなさそうな表情をした。


「まあいい。とにかく、こいつを受け入れるのであれば、その責任はお前が取れよ、エリル」

 男はどうやらエリルと知り合いのようだった。


「タノスに言われるまでもない。他人の事情に首を突っ込んでいる暇があったら、とっとと依頼の一つでもこなしてきたらどうだ」


「そうだな。ランクゼロのせいで、テトラ・リルの評判も下がるだろうから、俺が高難度の依頼をこなして、少しくらい評判を戻しておいてやろう。感謝するんだな」

 言い捨てると、タノスと呼ばれた男は、乱暴に席を立ち協会を出て行った。


「ほら、お前らも、散れ!」

 エリルに言われ、群衆も去っていく。


 ギルド協会は何事もなかったかのように平静を取り戻した。

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