第15話:満か数えか

 エリルに案内されたギルド協会は、街を見下ろしたときに見た大きな建物のひとつだった。酒場のようなところを想像していた僕は、圧倒される。神殿や聖堂のようにも見える、荘厳なつくりだ。


 入り口に向かう、石造りの階段をのぼり、二人はギルド教会へと踏み入った。中も、想像以上に広い。屈強そうな冒険者たちが慌ただしく動き回っていた。街でも見かけた、狼や熊に近い容姿をした、獣人の姿もある。


「色々な人がいますねぇ……。獣っぽい人と、魔物とは、もちろん違うんですよね」


「おまっ……なんてこと言うんだ!」

 エリルが慌てて僕の口を塞ぎ、周囲を見渡す。


「あ、また失礼な物言いでしたね」


「血の気の多い獣人になにをされるか分からんぞ。獣人、リザードマン、ドワーフ、エルフ。みんな人間と同じヒトだ」


「僕みたいなのが人間で、他の種族もまとめてヒトって呼ぶんですね」


「間違っても魔物と間違えて斬りかかったりするなよ。お前が、狂人か犯罪者扱いされるだけだ。まぁ、お前なら返り討ちにあうだけだろうが。ここまで面倒を見て、つまらない死に方をされても困る」


「気をつけます。すみません」

 素直に謝る。知らないうちに差別的な発言をしないよう、やはり早くこの世界のことをもっと学ばなければならない。


「お前はここで待ってろ。協会の者と話をつけてくる。ここを絶対に動くなよ」

 そう言いつけて、エリルはギルドの奥へ向かった。


 取り残された僕は、物珍しくあたりを観察する。冒険者たちは、様々な武具を携帯していた。剣、槍、盾はもちろん、杖や角笛のようなものまである。杖を持っているのは魔法使いだろうか。


 大きな壁のそばに、多くの冒険者たちが集まっている。なにがあるのか気になって、ふらふらとそちらへ歩いていった。


 壁一面それ自体が、掲示板になっていた。掲示板には、羊皮紙のようなものがびっしりと貼り付けられている。字を識別できるようになった僕は、そこに依頼内容と報酬が書かれていることがわかった。報酬は、金貨、銀貨、銅貨の枚数で書かれていて、いまいち価値が分からない。


「薬草採集……ゴブリン退治……けっこう普通っぽいのもあるな」

 護衛、貴重品運搬、傭兵としての戦への参加、ペット探し、ダンジョン攻略。本当になんでもある。


 冒険者は基本的にダンジョンに潜るものだと思っていたが、これを見る限り、街の内外で仕事があり、商人や軍が依頼人のものもあるようだ。


 驚くことに、見ている間にも依頼書が勝手に入れ替わっていく。依頼書に赤くバツ印が浮かび、しばらくすると文字が消え、新たな依頼が浮かび出るのだ。これも魔法だろうか。


 電光掲示板のようなものだ。文明レベルは、僕の元の世界の方より低いようだったが、それでも魔法を使って様々な利器は生み出されているらしい。


「ドラゴン退治もある。これぞRPGだな……報酬金貨五十枚って、いくらくらいなんだろう」

 ぶつぶつと呟きながら、興味深く、一つ一つ眺めていく。しかし僕にはドラゴン退治など無縁だろう。まずは身の丈にあった依頼を見つけなければ。


「おい、動くなと言っただろう!」

 気づくと、エリルが後ろに立っていた。


「すみません、おもしろそうで、つい」


「待てもできんのか。犬以下だな! おすわりならできるか?」


「ひどい……」

 言いながらも、もういちいちショックを受けていなかった。これがエリルの普通の物言いだということは分かっていた。不思議なことに、エリルの言葉に、侮蔑の響きはない。


「とりあえず、あっちの奥の受付で話は聞いてもらえることになったから、登録を済ませるぞ」

 エリルに連れられて行くと、接客台の向こうで一人の若い女性が座って待っていた。


「あなたがユウトさんですね。どうぞおかけください」

 そう促す女性の、栗色の髪はくるくるとねじれ、愛嬌のある笑顔を彩っている。優しそうな相手で良かったと、ほっとする。


「私がユウトさんを担当します、アイシャです。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします。担当っていうのは、登録の時だけですか?」


「いえ、普段のご相談も私がお聞きしますよ。どんなご職業で、どんなお仕事が得意か、分かっていた方が適切にご案内できますから」


「ありがとうございます。心強いです」


「それでは早速、登録していきましょう。年齢とご出身をうかがってよろしいですか?」


「年齢は満十八歳です」


「万!? もしかして、不老のヴァンパイヤの方ですか?」


「あ、いや、生まれてから十八年が経ったってことです」


「紛らわしいことを言うな!」

 後ろで聞いていたエリルが、頭をはたいてくる。


「生まれは、ええと、なんていうのかな……アース村です」


「アース村? はじめてききますね」

 アイシャが怪訝そうな表情をする。


「こいつの村は隠れ里のようでな。詳しいことは勘弁してやってくれ」

 エリルが助け舟を出してくれた。


「そうですか。エリルさんのご紹介ですから、それで結構ですよ」


「お前、変なことしたら、私の名に傷がつくからな。肝に銘じろよ」

 エリルがまた僕の頭をはたいた。痛む頭をさすりながらも、エリルを見上げて、小さく頷いた。


 このエルフ、口は悪いが、本当に親切だ。

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