第14話:愛すべきバカ

「ではまた、一人になった時に呼んでください」


「なんだ、また消えるのか。ずっと出現してればいいじゃないか。まだ聞きたいこともあるし」

 去ろうとするシャインを慌てて引き止める。


「いろいろたまってるお仕事があるんですー。それに、あまり他の人に見られないほうがいいですよ」


「他の人に見られたら困るのか?」


「言ったでしょう。ヘルプ機能は、普通の人にはないんです。私のこと、どうやって説明するつもりですか?」


「言い訳はどうとでもなるだろう」


「普通でないことは、知られない方がいいんです。特に、私のような、運営に関わることは隠しておくべきです。怖がられるか、妬まれるか、わかりませんが。とにかく、いい方向には転びませんよ」

 シャインが真剣な表情で言う。 


 確かに一理ある。オンラインゲームのユグドラシルでも、運営に協力するユーザが誰なのかは、非公開だった。以前、不注意で協力ユーザであることを漏らした者がいたが、彼は一般ユーザからの中傷を受け、ゲームをやめてしまった。


 運営が一部のユーザをひいきしている、と一般ユーザからは見えるようだった。人は、自分が許されていないことを享受する他人を見ると、驚くほど残酷になる。ゲームの管理人として、僕はその光景を嫌というほど目の当たりにしてきた。


「たまには、まともなアドバイスをくれるんだな。わかった、シャインの言う通りにしよう」


「私は優秀なナビゲータなんです! 顧客の不利益は避けなければ。あ、それと、職業もできるだけ隠しておいたほうがいいですよ」

 シャインが思いついたように付け加える。


「しかし職業はステータスで見えちゃうからな」


「偽装すればいいじゃないですか」


「偽装なんてできるのか?」

 ステータスはこの世界の根本とも言えるシステムの一つだ。そんなことができるのか。


「自分のステータスに限ってですけどね。書き換えはできませんよ。表示を偽装するだけです。あと、他人のステータスは表示すら変えられませんからご注意を」


「書き換えなんてできたらチートで楽なんだけどな」


「レベル一の管理人がなに贅沢いってるんですか。それと、ステータスに限らず、他人に直接システム的な影響を及ぼすような力は、ユウトさんにはありませんよ」


「管理人なのにか?」


「人は、この世界の中で最も強力に保護されたデータのようなものです。そこにアクセスするためには、それを超えるような並外れた権限を持った管理者でなければアクセスできません」


「でもそれは、レベルを上げていけばいつかは可能ってことじゃないのか?」


「少なくとも今のユウトさんが気にするようなレベルの話ではありませんから。できない、と思っておいた方が間違いないです」

 真面目な話が続く。このシャインという少女、自分が考えていたよりも頼りになる存在なのかもしれない。


「権限といえば、ちょっとそれに関連してお願いがあったんですけど、時間がないのでまた今度お話ししましょう」


「時間がない?」


「エリルさんに、三秒で来いって言われてませんでしたっけ?」


「あ……や、やばい。忘れてたっ」

 僕は慌てて馬小屋を飛び出した。


「遅いっ!」

 宿に入った途端、エリルの怒鳴り声が飛んで来た。


「す、すみませんっ! いろいろありまして……」


「男子が、朝たった一人で、馬小屋で、いろいろね。いったいなにをしていたのやら」

 声をかけてきたのは宿屋の親父だった。


「いや、そんな、大したことでは……」


「理由なんてどうでもいい! さあ、行くぞ」

 エリルは宿屋を出ていった。いってらっしゃい、という親父の見送りを聞きながら、後を追った。


「そもそもギルドって、どいうところなんですか?」


「まあ簡単に言えば、冒険者の組合ってとこだな。ギルドの中で、情報を交換し合ったり、パーティーを組んだりする。さらに、そういったギルドを束ねるのが、今から行くギルド協会だ」


「ギルドに所属しないと冒険者になれないんですか?」


「そんなことはないが、依頼の多くは協会を介して届くからな。少なくとも、ギルド協会に登録をしておかないと、なにかと不都合が多い」


「いいですねー。ギルドって、なんかカッコいいですよね。僕は、エリルさんのギルドに入れてもらえるんですか?」


「私はギルドには入っていない。協会に登録はしているが」


「えっ……エリルさんってもしかして、友達いな……」


「なんか言ったか?」


「いえ、なんでもありません!」

 なにか事情でもあるのだろうか。しかし聞くのも恐ろしく、疑問を飲み込んだ。


「お前も、いきなりギルドに入るのは無理だと思うぞ」


「どうしてですか?」


「ランクゼロの冒険者を受け入れてくれるギルドはない」


「前から気になってたんですけど、ランクってなんですか?」


「おおよそのレベルを示す指標のようなものだな。レベルが百上がるごとに、ランクが一上がる。細かく上がっていくレベルを把握するのも面倒だからな。冒険者はランクで管理されるんだ」


「なるほど」


「ランクごとに受けられる依頼が変わるんだ。だから、ランクゼロが入っても、ギルドにとっては足手まといでしかない」


「ランクゼロってそんなにひどいんですか」


「お前の歳でランクゼロってのは、なにか重大な欠陥があるとみなされる。冒険者たちには見下されるからな、できるだけランクゼロってのは伏せておけ」


「エリルさんも僕のことよくバカにするじゃないですか……」


「私はバカが嫌いではないから、いちいち真に受けて落ち込むなよ」

 謎の理屈をエリルが展開する。

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